1 妖精の仕業
ぷぅ。
なんとも可愛らしい音である。
音源がなんであるのかはすぐに察した。
部屋には私と彼女しかおらず、私が犯人でないことは私が承知している。
私が犯人であるならば、こんなに可愛らしい音を出すことはなかっただろう。オフィスや電車内といった公共の場であれば話は違ってくるが、ここはプライベート空間の極みである私の部屋だ。誰になにを遠慮しようか……いや、いかなる場所であったとしても彼女には遠慮しよう。私が犯行にいたれば、かならずといってよいほど臭気がともなう。たとえ、それが公共の場であろうともだ。
ゆったりソファーでくつろいでいた私は、となりに座っている彼女をみた。
彼女はお気に入りのぬいぐるみである「くまタン」を抱え、心外だよ~、と言いたげな顔をしていた。
じつに可愛らしい女子である。
このような女子に対して自白を迫るなど鬼畜の所業といえよう。
もっとも、君は勘違いをしている。この程度の犯行で私が嫌悪感を抱くとでも? 私の思い描く理想の恋人像から遠ざかったとでも? 甘いな、愛しの君よ……合格だ。罪も嘘もなにもかも、ぜんぶ合格だ。
私は心やすらかに瞑目した。
いまさら聞こえないふりをするのは不自然。私がやりましたと嘘の供述をしたところで、真犯人である彼女を騙すことは不可能。テレビの音と断ずるのも難しいときている。
「なるほど、妖精の仕業ということか」
私は架空の第三者をつくることで解決を図った。
すべてを理解した男の顔は、さぞかし素敵にみえたことだろう。
存分に惚れ直してもらってかまわない。
『……なんでバレたんや!?』
私の完璧な対応に、彼女ではない何者かが反応した。
いきなりオッサンの声が聞こえては、目を閉じてかっこつけている場合ではない。
ここは私の部屋である。
ここにいるのは私と彼女の二人であって、知らないオッサンがいるはずはないのだ。
私はソファーから立ち上がり、気配を探りながら、驚いている彼女もまた可愛いと感心していた。