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たびだち 4

「このあたりでよかろう」


 ディーネがそう二人に声をかけたのは、まだ森に十分な明るさがある時間だった。


「今夜の宿はここじゃな」


 街道の横にある大きな木には根元にぽっかりと穴があき、雨よけをするのによい場所だった。ここを訪れた人がここで暖をとった証拠が焚き火のあとに残っている。


「もう少し先まで歩けるよ」


 カリュの言葉に、褐色の魔術師は首を振った。


「森は暗くなりはじめてからが早い。ぬしも知っておろう」

「そうだけど。でも」


 はやくナオミを追いかけないと――言いかけたところに、ぺしんとジニィに頭をたたかれる。


「バカリュ、わがまま言わないの」


 むすっとしてカリュは押し黙った。


「はやる気持ちはわかるが、焦りは禁物じゃ。旅は長い。走っていてはすぐにバテてしまうぞ?」


 覗きこんだ眼差しがカリュを見た。カリュは顔をふせた。

 魔術師がくすりと笑う。その声が耳にとどいて、頭がかっとなった。また笑われた。


「さて、では仕事を分担するか。向こうの小川から水を汲んでくる者と、近くで薪をあつめる者。小川近くには魔物がいるかもしれんから、ぬしら二人で薪を――」 

「ぼく一人でいい」


 うつむいたまま、カリュはいった。


「こら、カリュ。あんたさっきから」


 頭を小突こうとする幼なじみの手をふりはらう。


「ジニィが一緒のほうがよっぽど危ないじゃないか。また腰をぬかされたりしたら迷惑なんだよ」

「なぁんですってえ」


 怒り顔のジニィがつかみかかってくるのをひらりとかわして、駆けだした。


「あ、こら! カリュっ、もう!」


 少年を追いかけようとしたジニィの肩をつかんで、ディーネがひきとめる。


「好きにさせよ」

「でも、カリュ一人じゃあ――」


 やんわりと首を振った。


「あのわっぱは無鉄砲じゃが、考えなしではない。心配なかろう」

「でも」

「わしと一緒にいたほうがぬしは安全、そう思ってのことじゃ。その気概を受け取ってやれ」


 ジニィが顔をしかめた。


「……勝手なんだから」

「男などそういうもんじゃ。諦めよ」


 ジニィはまばたきする。男、という言葉がうまく幼なじみにむすびつかなかった。彼女にとってカリュは弟のような存在だった。


「まあ、それだけでもなかろうがな。おのこなら、一人になりたいときもあろう。そんなときに甘やかすとな、ろくな男に育たん――ぬしも相手を手元に縛るだけでなく、放流させるくらいの気構えを覚えたほうが後々やりやすいぞ? まあ、しっかりと手綱は握っとかんとだが」


 きょとんとして見上げる少女に妖艶な笑みを残し、ディーネは小川へと向かっていった。

 よくわからない。頭をひねって考えながら、ジニィはその後をおった。



 カリュは二人からはなれて、ひとりで薪をひろいあつめはじめた。

 子どものころからやらされていた薪集めだから手馴れている。生木をのぞき、燃やしはじめにつかう軽めの枯れ木と、火が安定してからつかう密度のある木を、それぞれ手ごろな大きさでみつくろった。


 ふと後ろをふりかえる。誰もいない。


「ちぇ」


 カリュは口をとがらせた。ジニィの馬鹿、ほんとに来ないんだもんな。

 相手が追いかけてくることを待っていた自分がすごく子どもっぽく思えてきて、カリュは頭をふってそれを追い出した。


 もくもくと薪をひろう。

 頭ではナオミのことを考えていた。

 ナオミ。それからドラゴン。青い血。ナオミの笑い声。いった言葉。NPC。セッテイ。


「――いったいなんなんだよ」


 頭のなかに次から次へとうかんできて、もやもやしてとれない。特にナオミから聞かされた言葉がしつこく頭にこびりついていた。

 哀れむように、ナオミはいった。


 そうやって生を繰り返す、憐れなあやつり人形なのだから――


 その言葉は、なんだかとても不吉だった。どこまでも上から見下ろされた台詞。いいかえしたいのに、いいかえせない。そんなことをしてしまったら、もっと恐ろしいことになってしまいそうな。そんな予感があった。


「なんなんだよ、もう」


 いきなり小屋に近づけなくなったり、地面がどろどろになったり。村をでるときにすごく嫌な気分になったのも、多分そのことに関係があるんだ。そうカリュは確信していた。

 ナオミはそのことについて知っている。そして、あの魔法使いも。

 それを早く聞きたかったのに、ジニィが側にいるからそうすることもできない。ジニィをまきこんじゃいけないと、カリュはやはり確信していた。


 理由はない。よくわからない。ただの勘みたいなものだが、絶対にそうだとカリュの全身がそう告げていた。


「――それだっていうのに。バカジニィ」

「なによ、バカリュ」


 ぎょっと後ろをふりむくと、腰にてをあてた幼なじみが立っている。

 カリュはびっくりした表情をそむけて、薪ひろいをつづけた。


「無視しないでよ」


 もくもく。


「無視しないでったら」


 もくもく。


「無視しないでっていってるでふぁいあ」

「ギャー!」


 火の玉を背中にうけて、カリュはとびあがって悲鳴をあげた。


「ば、ば、馬鹿じゃないのっ? 人にむかって魔法うつなんて――」

「無視するのがいけないんでふぁいあ」

「わー!」


 背中をそらしてひょろひょろした火の玉をよける。


「わかった! わかったからやめろよ、火傷しちゃうだろ!」

「ふんだ。あたしの魔法なんか、どうせ服がこげついちゃうくらいだもん」


 言いながら、そこでジニィが半眼になった。


「ただし。にぎりしめたりしなければ、ね」


 ずいと近づいた幼なじみがカリュの手をとった。


「な、なにさ」

「……傷。ないね」

「なんの傷だよ」

「どうして嘘つくのよ。……あたしの魔法、にぎったままゴブリンにぶつけてたって。さっき、ディーネさんから聞いた」


 げ、とカリュは顔をしかめた。


「ほんと、馬鹿なんだから。ディーネさんもいってたよ、あやつはあほうだって。あほうカリュ」

「うるさいなぁ」


 むっとしてカリュは手を振り払おうとするが、ジニィはしっかとつかんではなさなかった。


「なんだよ。はなせよ。痛いって――いや、ほんとに痛い! つめ! つめが立ってる!」

「あほバカリュ。あんまり心配させないでよ」


 声が涙ぐんでいた。いやな気配に、カリュはあわてて明るい口調でいった。


「いや、だいじょうぶだよ。ほら、傷だってないし。お姉ちゃんになおしてもらったから」

「……ふーん」


 一転、ジニィの声がひややかになる。ぽいっとカリュの手が自由になった。


「なんだよ」

「なんでもないわよ」


 わけがわからない。

 カリュは薪あつめにもどった。そのとなりにジニィがかがみこむ。


「水汲みはいいのかよ」

「もう終わったわよ。カリュが遅いから様子、みにきてあげたんでしょ」

「そんなの、誰もたのんでないし」

「さびしかったくせに。あまえんぼ」


 腹がたったカリュはもう口をきかないつもりで、そっぽを向いた。

 カリュのあつめた薪をみたジニィが声をあげた。


「あー。生木がはいっちゃってるじゃない。けむりでちゃうから、乾いてるのにしなさいっていわれてるでしょ」

「うるさいなぁ。いいだろ、ちょっとくらい」

「よくない。そんなだからいつまでたっても――」


 いいかけて、ジニィは首をふった。


「……カリュ」

「なに」

「ありがと」


 カリュはジニィを見た。いつになくしおらしい表情に、びっくりする。


「こないだのこと。ちゃんとお礼いってないから。ごめん。それから、ありがとう」

「……いいよ、べつに。なんだよ急に。きもちわるいな」

「素直じゃないなあ。ほめてあげたんだから、嬉しがりなさいよね」

「当たり前のことやっただけだろ」

「あたしを助けるのは、当たり前?」

「そーだよ」

「そっかあ。当たり前かあ」


 カリュはジニィの様子を横目でうかがった。にこにこと、いつのまにか機嫌がなおっている。なにが気に入ったのかまるでわからない。謎だった。


「ね。ディーネさんって、すんごい魔法使いなのよね」

「うん」

「目の前で見た?」 

「見た。――すごかった」


 いまでも思い出せば鳥肌がたつ。ゴブリンの身体を燃やしつくしたあの炎。カリュは気をうしなっていたが、あの晩、村まわりの森火事を消したのもディーネだといっていた。火だけじゃなく、水とか氷とかの魔法も使えるのだろう。


 ふと疑問におもって、カリュは自分の手のなかの薪をみつめた。


「……あんなにすごい魔法がつかえるのに、焚き火とかするんだな」

「どういうこと?」

「だって、魔法とかで炎とかだせるのにさ。いちいちこんなの使う必要とかなさそうかなって」

「うーん。でも、ずっと長いあいだ魔法を使うと疲れちゃうからじゃない?」

「そういうものなのかな」


 魔法を使えないカリュにはまるでわからない。


「もちろん、あたしなんかより全然たくさん使えるんだとおもうけど、一晩中って考えたら、大変でしょ」


 そういえば、ジニィはだいたい一日に十回くらいで疲れてしまうといっていた。その大事な二回をさっき、あんなことに使うなよなとカリュはおもったが、いったらまたケンカになりそうなので黙っていた。


「でも、そっかあ。そんなにすごい魔法使いの人なら、なにか習ってみたいな」

「なにかって。魔法?」

「ほら、回復魔法とか使える人が村にいたら、やっぱり便利じゃない? そういうの使えたら、あたしもカリュについていって――」


「なに、いってるんだよ」


 とたんにけわしい表情で、カリュはジニィをみた。


「ジニィがついてくるのは町までだろ。約束したじゃんか」

「……そうだけど」

「遊びじゃないんだ。そんな気持ちで、おばさんを心配させるなよな」


 それを聞いたジニィが眉を吊り上げた。


「そんなの、カリュがいわないでよ! ばか!」


 ばしん、と薪をカリュになげつけて、ジニィは去っていく。どすどすとふみしめる足音がものすごくおこっていた。


 幼なじみをみおくって、ふと手元に目をおとしたカリュは顔をしかめた。せっかく持ち運びしやすいようにあつめた薪が、ジニィの投げつけた薪のせいで崩れてしまっている。


「なんだよ。邪魔しにきただけじゃんか」


 ぶつぶつと文句をいいながら、カリュは薪あつめを再開した。



 ひろいあつめた薪をもって大木の根元に帰り、火をおこす。

 とはいっても、火そのものはディーネがひとことつぶやくだけで生まれたから、いつものように種火から慎重にそだてる必要はなかった。


「魔法だけで、焚き火をな」


 組みあげた焚き火を調整しながら、カリュはさっきの疑問をたずねてみた。ディーネはこたえた。


「できるぞ」

「できるの?」

「うむ。造作もない」

「じゃあ、どうして」


 そうしないの? 不思議に思って首をかしげるカリュに、褐色の魔法使いはいった。


「カリュ。ぬしは魔法の火がどうして燃えるかしっておるか?」


 カリュは首をふる。視線をむけられたジニィもおなじ動作をした。

 ディーネが手をもちあげた。なにかをうけとめるようにひろげて、


「いま、わしの手のひらのうえになにがある」

「……なんにも」


 雨もふってないし、落ち葉があるわけでもない。


「そうじゃな。しかし、ここにはマテルがある」

「マテル……?」

「そう。マテルはどこにでもある。火にも水にも、空気にも、土にも。わしたちのなかにもある。魔法使いは、そのマテルで魔法をつかう」


 ディーネが人差し指をもちあげた。そこに音もなく火が生まれる。


「いま、この火はマテルを燃やしておる。マテルは万変の素子。燃え、凍り、吹き、いかようにでも姿をかえる。魔法の火は、普通の火とは異なる。カリュ、ぬしが先日、手でにぎりしめても火がきえなかったのもそのためよ」


 カリュは自分の手をみた。そこにはもう火傷のあとはのこっていない。


「この火が燃え続けるということは、マテルを使い続けるということじゃ。いったいどこからそのマテルが使われておると思う」

「ディーネさんの、なか?」


 視線でとわれたジニィが、自信なさそうにこたえた。


「それが普通じゃな。しかし、身体のなかのマテルには限りがある。疲れてしまう。もう一つ、やりかたがある。この大気中のマテルを使う。そうすれば大気の全てからマテルがなくならない限り、火は燃え続ける」

「疲れない、んですか?」

「疲れん。わしのなかから使うマテルは最初だけじゃ。そういう式を組んでしまえばいい」


 カリュとジニィは顔をみあわせた。

 考えている疑問はおなじだった。――どうして、そうしないんだろう。


 二人を等分にみて、ディーネはほほえんだ。


「マテルは膨大じゃ。この世界すべてがマテルでできているといっていい。しかし、だからといって決して無限ではない。わしがそのあたりに燃え続ける火をつくったところで気にもとめんかもしれんが、そんなことはせんな。できるということと、するということは別じゃ」

「便利なのに?」

「便利の果てにあるのは死よ。それをもとめ、あがくところに生がある」


 カリュは顔をしかめた。難しい言葉はよくわからない。


「たとえばな。わしがそれで火をつくっておったら、さっきのぬしたちの会話はなかったろうよ」


 ジニィがびくっと身体をふるわせた。


「聞いてたんですかっ」

「聞いておらんから安心せい。まあ、いまの反応でどんな会話だったかわかるがの?」


 大声をだすジニィに、にやりとディーネが笑う。ジニィは真っ赤になった顔をおおった。


「なんでもできるからといって、それをやったところで虚しいだけじゃ。友も会話もなく、ただ己だけの存在で、いったい誰がわしの存在を認めてくれる」


 魔法使いがカリュをみた。

 笑顔のまま、そのまなざしがなにかいいたげだった。


 カリュはナオミをおもいだしていた。

 ディーネは彼女のことをいっているのだと、なんの根拠もなくそう思った。


 

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