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たびだち 3

 広っぱで気絶していたところを起こされたカリュは、村長や村の人たちに挨拶をしてまわった。

 あわただしく一日が終わって、翌日。


「それじゃ、いってきます」


 家の扉の前で、カリュはうしろを振り返った。父親と母親がそれぞれの表情でたっている。

 無言で父親がうなずき、母親が口をひらいた。


「……怪我に気をつけるのよ」

「うん」


 母親は顔をくしゃりとゆがめると、カリュの隣にたつ魔法使いをみた。


「少ないですけれど、どうかこれを」


 布袋からじゃらりと硬貨の音がなる。魔法使いは首をふった。


「可愛いせがれを預かるだけでも大悪というに、そんなものまで受け取れるかよ」


 そういって、逆に母親の手に何かをのせた。


「それを手にして強く念じるがよい。わっぱが健やかなら、石がほのかに輝く。姿が見えるわけでも、声が聞こえるわけでもないが。それでも、心を休ませる足しにはなるじゃろ」


 掘り出した水晶のような石を受け取って、母親は泣き笑いの表情で頭をさげた。


「ありがとうございます」


 魔法使いが父親をみた。父親は黙ったまま頭をさげただけだった。小さくうなずいた魔法使いがカリュをみおろした。


「いくぞ」


 カリュはこくりとうなずく。


 魔法使いにつづいて歩きながら、カリュは何度も家の前にたつ両親を振り返った。

 生まれ育った家と両親が小さくなる。

 ふいに不安になって、カリュの足が止まりそうになる。

 みあげると、魔法使いは振り返ることなく歩みをつづけていた。置いていかれないよう、カリュは小走りになって彼女の後をおいかけた。


 住みなれた村を歩いているうちに、感傷がわいてくる。

 ――なにを弱気になってるんだ、また戻ってくるんだ。そう約束したじゃないか。

 自分を叱咤して、ふときづいた。


 村の出口に誰かがいた。柵に背をあずけるようにして下をうつむいているのは、カリュと同じ年頃の少女だった。


「――ジニィ」


 呼びかけると、ジニィは怒ったような表情で顔をあげた。

 目元が腫れている。一晩中泣き明かしたとわかるあとだった。


「あたしもいく」


 ジニィはいった。彼女の足元には大きな背負い袋があった。

「なにいってんだよ。そんなのダメにきまってるだろ」


 カリュはいった。


「なんでカリュはいいのに、あたしはダメなのよ」

「それは、だって」


 カリュは魔法使いをみた。フードをかぶった魔法使いは、そ知らぬ顔で遠くをながめている。


「……危ないし」

「そんなの、カリュだっておなじでしょ」

「俺はいいんだ。でもジニィはダメ」

「なにそれ。意味わかんないよ」


 ジニィは魔法使いの前にすすみでて、下からのぞきこむようにしていった。


「お母さんからは、ちゃんと許可をもらってます。一緒に連れていってください。おねがいします」


 ぺこりと頭をさげる。魔法使いがちらりとジニィの荷物に目をやった。


「隣町までの使いか」


 ジニィは目をまるくしておどろいた。


「……うちのお店の仕入れの連絡を、手紙で。ほんとは村に郵便屋さんがくるんですけど、今月はおそいから。それで」

「ふむ。……帰りは送ってやれんが、父親が向こうにいるのなら問題ないか。まあいいじゃろ」


 え、とカリュは魔法使いの言葉をうたがった。


「しかし、黙って連れていっては人さらいと思われかねん。村長らに話をしてくるから、ぬしらはちと待っておれ」

「ちょっとまってよ! そんな、勝手に――」

「ありがとうっ」


 カリュの文句はジニィの声にかきけされた。ちらりと振り返った魔法使いが意地悪くいう。


「嫌なら、ぬしが説得せい。わしが戻ってくるまでにな」


 そのまま歩いていく。


 言われるまでもないことだ。カリュは幼なじみをにらみつけた。


「ジニィ! なにかんがえてんだよっ」


 すました顔でジニィがこたえる。


「だから、お使いよ」 

「そんなの大人にまかせておけばいいだろ。ジニィがいく必要なんてないじゃないか!」

「あら、あたしはカリュとちがって、村をでるのははじめてじゃないわ。隣町にいったことだってあるもん」

「そのときはおじさんと一緒だったんじゃないかっ」

「だから、あの魔法使いさんについてくの。町にはお父さんがいるから、帰るのも一人じゃないし。なにも問題ないわ」


 なにが問題ないだ。おおありだ――わめきたくなるのをぐっとおさえて、カリュは声をおちつかせる。


「……わかった。じゃあ、その手紙あずかるから。俺からおじさんに渡せばいいでしょ」

「ダメよ」

「なんでさ!」

「だって、カリュ、うちの商品のことなにもわからないじゃない。一緒に店番してても抜け出してすぐどこか遊びにいっちゃうし」


 ジニィの家は村で道具屋をひらいている。一緒に店番をしようとジニィから誘われるたびに、途中でつまらなくなってカリュがぬけだしていたのは事実だった。

 そのことと、店にならぶ品目について無知であることは、手紙を渡せばいいだけの今回の一件とはまるで関係ない。それにカリュが気づけなかったのは、ぬけだして遊びにいっていた先が村はずれのナオミの家だったからだ。

 ジニィはナオミのことになるとすぐ怒りだす。カリュがその話題に慎重になるのをみこしたうえでジニィはそういっていた。


 案の定、言葉をつまらせるカリュに、ジニィは駄目押しと近寄ってその目をのぞきこんだ。


「ね、いいでしょ。町までだから。――お願い、カリュ」


 そんなふうに下手にでていわれると、カリュは弱い。

 眉間をしかめてうんうん唸って、観念したようにいった。


「……町までって約束する?」

「するする」


 輝くような笑みでジニィはうなずいた。


「絶対だぞ」

「うん、ぜったい」

「……指きり。ゴブリン百、――二百たたきだからな」

「ん」


 気軽な仕草でジニィは右手をさしだした。歌の調子にあわせながらからめた小指を上下にふって、約束をかわす。


 にこにこと満面の笑みをうかべるジニィに、カリュは大きくため息をつく。

 自分が負けたのだとはっきりとわかったからだった。


 魔法使いはすぐに帰ってきた。

 カリュとジニィの顔をみて、どういう話になったのかそれだけで察したらしかった。なにも聞かずに自分の荷をもって、二人にいった。


「さて、いくか」


 しぶしぶとカリュが、嬉しそうにジニィがうなずく。



 町の出入り口の門をぬけたところで、ふと気づいたように魔法使いが足をとめた。


「そういえば、まだ名前もいっとらんかったな」


 自分をみあげる幼い二対の眼差しに、にこりと笑む。


「わしの名は――ディーネじゃ。よろしくの」 


 フードの奥からでも人を魅了してやまない表情だった。

 おもわずみとれてしまうカリュに、ジニィがむっとして肘鉄をくらわす。


「ぐえ。……カリュ。フィート、です」

「ジーニアス・ラプランテです。よろしくお願いします」

「うむ。ではいこう。町までは二日ほどか。野営の場所まで、明るいうちについておきたいのう」


「はい」


 声をはもらせて答えて、一歩。

 おぼえのある奇妙な感覚にカリュは全身をふるわせた。


 昨日、家で感じたのとおなじ、そこがぬけるような気色のわるい感覚。足元からつたわって頭と手のひらのさきまでふるわせるその震えをのみこもうと、ごくりと唾をのんだ。


「? どうかしたの、カリュ」


 少し先をいくジニィがふりかえってたずねる。

 彼女の顔色は普通だった。


 ――ジニィは感じないんだ。この気持ちわるいのは、ぼくだけ?


「……ううん。なんでもない」


 ジニィの向こうで、銀髪の魔法使いはやはり立ち止まらず、後ろをふりかえることもしない。

 負けるもんかと歯を食いしばって、カリュはさらに一歩をふみだした。



 カリュにはディーネに聞きたいことがたくさんあった。

 ナオミのこと、ドラゴンのこと。「せってい」やら、「えぬぴーしー」という言葉について。けれど、そばにジニィがいるせいで全くそのことを質問できなかった。


 気にしないでたずねればいいのかもしれない。しかし、それは駄目だと誰かがカリュの頭のなかでささやいていた。ジニィには、このことをきかせちゃいけない。

 だから、ジニィにはついて来てほしくなかった。

 説得できなかった、というより向こうに説得させられてしまったのはカリュだったから、今さら文句もいえない。ただ、やっぱりそのことをおもいだすと、カリュはすこしずつ不機嫌になってしまう。

 そんなふうに不満に思いなが歩くカリュの前で、ジニィとディーネは二人でおしゃべりしながら歩いている。


 とても仲がよさそうだった。

 それがまた、カリュにはおもしろくない。いったい自分がどちらの笑顔をみてそう思っているのかは、よくわからない。ただなんとなく、つまらなかった。

 ちらりとディーネがカリュをみた。からかうような視線。


 ――読まれた。

 かっと気恥ずかしさが頭にのぼり、カリュはあわてて視線をはずした。

 心を読むなんて反則だ。卑怯だ。そんなことを思いながら、それさえも読まれてしまっているのだと思ってなにも考えないようにする。


 森の風景が視界にはいった。

 たくさんの人が通るたびに自然とつくられていった街道。ララパタの村と隣町を結ぶ重要な道だが、決して整備されているとはいいがたい。もともとの人通りが多くないから仕方がなかった。

 町側になれば、ほんの少しだけ舗装されているが、町を出てごくわずかなあいだだけ。それでも一応、馬車がとおれるくらいの間隔は確保されている。それも嵐などがくれば、横にたおれた木なんかでふさがれてしまうこともよくあった。


 このあたりの土地は草原か、森か。穀物や家畜を育てるのに草原は必要で、木の実や野生の動物を捕まえるのに森は有益だった。

 森のそばに村をかまえるのは当然だが、森にはモンスターがやってくるから、当然、危険もある。


 街道を歩いていて、のらモンスターとであうことは決してすくなくない。一昨日のカリュとジニィのように、木の実拾いにでて遭遇することも。

 それでも街道をつかうのは、森を迂回すれば町まで四日以上かかってしまうからだ。森のなかをいくというのは問題外。


 だから、街道をいくときはモンスターにでくわしてもいいように、護衛をやとったり、集団をつくって向かうのが普通だった。

 そんな時、護衛に雇われるのは冒険者とよばれる人たちだ。彼らはこの世界にたくさんいて、そういう依頼を受け持つことを仕事にしている。


 ナオミもその一人だった。ディーネも。

 文字通り冒険をして生きる彼らは、とても強い。魔法を使える人達も多いし、剣や斧、そういう武器の扱いにもたけている。依頼によっては、たくさんのモンスターや凶暴な相手と戦うこともあるからだった。


 けれどララパタ村はとても田舎だから、彼らがくることはほとんどなかった。

 それに、冒険者はいい人ばかりでもない。

 昨日、ジニィがカリュにいったように、彼らのなかには振る舞いに問題がある者も多かった。たいした依頼でもないのに大金をまきあげたり、途中で依頼をうちきったり、約束をやぶったりしたりもする。

 それでいてまるですまなそうにしなかったりするから、村でも冒険者を嫌う大人は決してすくなくなかった。


 村のはずれに住みついたナオミがさけられていたのは、そうした冒険者に対する偏見があったのも要因だ。それだけでもなかったけれど。


 ……ナオミは今ごろ、なにをしているだろう。どこにいるのだろうか。

 そういえば、ディーネはナオミを探すようなことをいっていたけれど、なにかあてがあるのか。だいたい、まず隣町にいって、それからどこにいくんだろう。


 自分がまったくなにも、これからのことを相手にきけていないことをいまさらのように思い出して、でも近くにジニィがいてはナオミやドラゴンのことを伏せるしかない。

 それらを伏せてききだすなんて、どうやったってそんなことはできそうにないので、カリュはいらいらと前から流れてくる楽しそうなおしゃべりを聞きながら歩くしかなかった。


 二人のうしろを歩きながら、カリュの不機嫌はましていく。



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