海と空に浮かぶ満ちた月
私は夕暮れ時の海辺、砂浜に佇んでいた。
オレンジ色やピンク色に空や海、周りが染まる。ざざんと波が打ち寄せる音と時折、うみねこの声と。私の息の音だけが響く。ぼんやりと暮れゆく水平線を見つめた。
風が吹き、初秋特有の冷たさが頬を撫でた。
(……ちょっと、体が冷えてきたかな)
そう思い、砂浜から離れようと踵を返す。私には彼氏と言える異性はいない。両親は遠方に住んでおり、一人暮らしだ。ペットも飼っていないから、本当に独りきりで。まあ、親友はいるからな。そんなに寂しく感じた事は無いけど。
砂浜に繋がるコンクリートの階段で肩に提げていたトートバッグを降ろした。中から、足拭き用のタオルを出す。
段差に腰をおろし、海水やらで汚れた両足を拭う。ざっとやってから、右手に持っていた靴下を履き、さらにスニーカーも同じようにした。ちなみに今は淡い水色の長袖シャツに黒のスラックスといった服装だ。九月の下旬だから、こう言う軽装で大丈夫だけど。十月になったら、カーディガンみたいに羽織れる物が必要になる。つらつらと考えながら、タオルをバッグに戻した。段差から立ち上がり、帰路につこうとしたのだった。
階段を上がってアスファルトの道路に出る。周りをまた見回すと、日は沈んでいた。もう、暗くなりかけている。トートバッグを持ち直し、海に目線をやった。そこには夜闇を照らす満ちた月が浮かぶ。あ、今は何時?
急いで、バッグからスマートフォンを取り出す。既にスイッチを押してついた画面には。午後六時と時刻が出ていた。
「やば、早く帰らないと!」
独り言をぼやきながら、月から背を向ける。速歩きで自宅を目指す。夕食用に何かを買おうと考えたのだった。
帰宅して中に入る。途中で寄ったスーパーにて購入した割安のお弁当やお惣菜類が左手にあった。スニーカーを脱ぎ、上がる。
「ただいま!」
つい、言ってしまったが。しんとして静かだ。仕方ないか。もう、私も四十路だ。ちょっと、落ち込みながらも。台所に向かい、冷蔵庫に購入済みのお惣菜類やスイーツ、パン類を仕舞う。お弁当は食べるから、テーブルに置いた。
シンク台に行き、お箸や愛用のマグカップを軽く洗う。手もざっと洗い、タオルで拭いた。
洗ったお箸などもキッチンペーパーで同じようにする。テーブルに行き、椅子を引く。座り、いただきますと呟いた。お弁当の蓋を開け、夕食にした。
済ませるとテーブルに置いていたスマートフォンが鳴る。着信音から、電話だと分かった。急いで手に取り、操作をする。
「はい、もしもし」
『あ、花凛?私、沙奈だけど』
「沙奈!久しぶり!」
『うん、久しぶりだね。ちょっと、あんたと喋りたくなってさ。電話したんだよね』
「そうなんだ、けどさ。いきなり、どうしたの。沙奈から掛けてくるのは珍しいよね」
私が言うと、沙奈は少しだけ口ごもった。けど、気を取り直すように言う。
『……あの、花凛。明日、一緒に出掛けない?』
「いいよ、どこに行く?」
『うん、あんたん家の近くに喫茶店があるでしょ。そこで落ち合おうよ』
「あー、あそこね。フルールって言ったっけ、分かった。何時に行ったらいい?」
『そうだな、お昼の一時頃ならどう?』
「一時頃ね、りょーかい。遅れないように気をつけるね」
沙奈は『だね!』と笑いながら言う。そのまま、別れを交わして。電話を切った。
翌日を楽しみにしながら、スマートフォンをテーブルに置く。明日、何を着て行こうかと考えた。自室に向かった。
翌朝、いつもよりは早起きする。自室の布団から出て目覚まし時計を見た。まだ、午前六時過ぎだ。ちょっと、息をつく。朝特有のひんやりした空気の中、部屋から出る。廊下を通り、洗面所に向かった。ざっと歯磨きや洗顔して。髪も軽くブラシで梳かした。髪の毛はショートにしているから、これで十分だけど。終わるとまた、自室へ行く。喫茶店にて待ち合わせだから、外出用のワンピースを出した。ストッキングやカーディガンもだ。ワンピースは秋だからと深みのある朱色の長袖タイプにする。丈は足首までになるが。
カーディガンは淡いオレンジ色のニット素材のものだ。薄手になる。それをクローゼットから出し、ハンガーに引っ掛け、壁の方に掛けた。
ストッキングは椅子の背に置く。朝食を済ませに出た。
軽く済ませて着替えた。ワンピースを着るのは久しぶりになる。たぶん、半年ぶりになるか。考えながら、袖を通す。カーディガンも羽織り、ストッキングを履いた。ちょっと、新鮮な気持ちになる。スマートフォンの画面を見たら、午後十二時半になっていた。髪を全身鏡で確認する。大丈夫そうだ。とりあえず、用意したショルダーバッグにお財布などが入っているかも見る。スマートフォンも入れ、チャックを閉めた。
自室を出る。玄関に行き、ブラウンのパンプスを履く。近くの喫茶店、フルールを目指して出たのだった。
カツコツとパンプスの踵を鳴らしながら、喫茶店へと進む。今日はよく晴れている。沙奈は既に来ているかも。急いで、向かった。
フルールと片仮名で書かれた看板が見えてくる。入口にたどり着く。カランカランと音を鳴らしながら、店内に入った。
「……花凛!こっちこっち!」
明るく声を掛けてきた女性に目をやった。そこには濃い赤毛を肩まで伸ばし、奥二重ながらに穏やかそうな笑顔の沙奈が窓際の席にいる。濃いめのブラウンのハイネックの長袖シャツに黒のスラックスと派手じゃないシンプルな服装だ。ちょっと、めかし込んだ私とは対照的で。恥ずかしい心地になる。それを押し込み、普通に頷く。
「ごめん、遅れちゃった?」
「ううん、約束した時間ぴったりだよ。花凛、昔からそうだったよね」
「そっか、沙奈が早く来ていたからさ。一瞬、遅刻したかと焦ったよ」
「あはは、ごめん。私、意外とせっかちだからさ。待ちきれずに早めに来ちゃったよ」
「あー、そうだったわ。沙奈、短気だったね」
苦笑いしながら、席に向かう。沙奈の向かい側に座った。その後、互いにカフェオレとクランベリーのタルトやフルーツたっぷりのクリームが使われたロールケーキを頼む。それを食べながら、会話に花を咲かせたのだった。
――終わり――




