見てはいけないもの
本作は『優しいだけの俺は捨てられた。』の裏側を描く、沙里奈視点の物語です。
少しずつ見えてきた違和感が、形を持ち始めます。
前話から続けてお読みください。
リョウマの様子がおかしいと気づいたのは、いつからだっただろう。
最初は、ほんの些細な違和感だった。
笑い方が、少しだけ変わった。
前みたいに、無神経で明るい笑いじゃない。
――どこか、粘つくような笑い。
「……気のせいよね」
そう思おうとした。
でも、その違和感は何度も目に入るようになった。
ふとした瞬間に見せる、
――下卑た笑み。
背筋が、ぞくりとした。
◇
ある日の帰り道。
私は、少しだけ距離を取って歩いていた。
……後をつけている。
(何やってるの、私)
そう思いながらも、足は止まらなかった。
リョウマは、迷いなく歩いていく。
そして――
見慣れたマンションの前で足を止めた。
「……え?」
そこは、タケシの部屋だった。
タケシは、もうここにはいないのに。
リョウマは当たり前のように鍵を取り出して、
中へ入っていく。
◇
鼓動が、やけにうるさい。
行くべきじゃない。
分かってる。
でも。
気づいた時には、私はその扉の前に立っていた。
――少しだけ、開いている。
中から、声が漏れていた。
「……っ」
聞き覚えのある声。
でも。
聞きたくない。
聞いてはいけない。
そう思うのに、耳が離れない。
震える手で、扉の隙間を押した。
――見てしまった。
そこにあったのは。
見たことのない、りえこの姿だった。
いつも優しくて、清楚で。
あんな風に笑っていたはずなのに。
「……なに、これ」
声が、震える。
頭が、理解を拒否する。
でも。
分かってしまった。
これは――
普通じゃない。
◇
その時。
リョウマが、ふとこちらを向いた。
目が合う。
一瞬。
時間が止まったような感覚。
そして。
ゆっくりと、口角が上がる。
――あの時と、同じ笑み。
背筋が、凍りついた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
沙里奈が見てしまったものは、決して“日常”の延長ではありませんでした。
ここから先、彼女がどこまで踏み込むのか。
引き続き見届けていただけると嬉しいです。




