7歳編・第70話:初接触 ― 三者の思惑とリオンの選択
村の中央広場。
普段は収穫祭の準備や子どもたちの遊びでにぎわう場所が、
今は緊張した空気に包まれていた。
白金騎士団、蒼天の塔、そして聖輝会――
三つの勢力が、わずか七歳の少年を前に整列している。
リオンは胸に手を当てた。
内側から響いてくる、あの“光”の呼吸。
神性魔力とも呼ばれるそれは、
まるで何かを警告するようにゆっくりと脈動していた。
隣には母エルナと父ダリウス、そして妹リリィ。
村の大人たちも不安そうに壁沿いから見守っている。
「……本当に緊張しなくていいのか、リオン?」
父が心配そうに囁く。
リオンは苦笑しながら答えた。
「大丈夫だよ。
ぼくのせいで村のみんなに迷惑かけたくないし……」
この言葉に、父は顔をゆがめた。
子どもの優しさが、かえって胸に刺さる。
そんな家族の会話を押しのけるように、
白金騎士団の副団長ディルクが前に出た。
■
「少年、リオン・レインフォード君だな?」
「はい」
ディルクは膝をつき、視線を合わせて言った。
「まず安心してほしい。
われわれは君を捕らえに来たわけではない。
ただ、王都に報告せねばならぬ“力”を君が持っている……
それだけのことだ」
穏やかな声。
兵士というよりも、学校の先生のようだった。
母エルナも少し肩の力を抜く。
「もちろん、強制はしない。
君が望むなら、この村で暮らしてよい。
ただ……もし王都の魔法医師による診断を受けてくれるなら、
国としても安心できるのだ」
(あ……この人、ぼくをこわがってるわけじゃないんだ)
リオンは感じ取った。
ディルクの言葉には、“国の安定”という義務感はあっても、
少年への敵意は一つもない。
■
しかし――その後ろから聞こえてきた声は違った。
「ディルク殿、甘いのですよ」
蒼天の塔の魔導師アークだ。
冷えた目をした青年で、腰には分厚い魔導書が下げられている。
「リオン君、君は“神性魔力”という特殊な力を持っている。
この世界の魔法体系そのものを揺らす可能性がある、非常に稀有な存在です」
青年は一歩前進し、リオンを見つめる。
「魔法学府としては、ぜひ王都で詳細な研究をさせてほしい。
危険ではありませんよ。
君の協力があれば、この世界の魔法文明は大きく進歩するでしょう」
(……この人は、ぼくの“力”に興味があるだけだ)
リオンの胸の光がわずかにざらついた。
好奇心は悪意ではない。
でも――あまりにも“人として”見られていない。
母が息を呑む。
(いや……ぼくが怖いんじゃない。
きっとお母さんは、ぼくが何かの道具にされちゃわないか、心配なんだ)
リオンは手を握りしめた。
■
そして三人目。
白い法衣をまとった聖輝会の司祭、ヘルムート。
彼の姿は柔和で、牧師のような慈愛すら感じさせる。
しかしその瞳は……信奉者が“聖遺物”を見つけたときのような光を宿していた。
「リオン・レインフォード……」
静かに名前を呼ぶ。
「君の中にある光……それは神が選んだ証です。
神の言葉を宿す“器”として、われらは君を歓迎します」
リオンの背筋に、ぞくりとした悪寒が走った。
(……この人、“ぼく”を見てない。
胸の光だけを見てる。
ぼくが何をしたいかなんて、どうでもいいみたいだ……)
ヘルムートは続ける。
「君の力を正しく導くことができるのは、教会だけだ。
王都へ来なさい。
神殿で学び、祈り、導かれるべき道を知るのです」
母エルナが思わずリオンを抱き寄せる。
父ダリウスも低く唸った。
「リオンは、家族だ。
道具にするために連れていかせはしない」
「誤解です、ダリウス殿。
われらは保護を――」
「保護なら、俺たちで十分だ!」
父が声を荒げた瞬間。
広場の空気がぴんと張り詰めた。
■
リオンは一歩前に出る。
「わっ……リオン!?」
母が引き留めようとするが、
少年は静かに首を振った。
「……みんな、ありがとう。
でも……ぼく、自分の口で言わなきゃいけないことがある」
三勢力の代表が少年を見つめる。
光が、また胸の奥で揺れた。
リオンは――
「ぼくは、この村のみんなと、家族と一緒にいたいです。
今すぐ王都には行きません」
三人の視線が重くなる。
しかし、リオンは続けた。
「でも……ぼくの力で、誰かが困ったり、
国が不安になったりするのはいやだから……」
少年ははっきりと言った。
「一年後――ぼくが八歳になったら、
一度、王都に行って診てもらいます。
それまで、ぼくに時間をください」
沈黙。
その場にいた全員が驚いた。
父も母も、呆然としていた。
子どもの言葉ではなかった。
未来を見据え、家族も村も守ろうとする、
大人の覚悟を含んだ提案だった。
ディルクが最初に息を吐き、微笑んだ。
「……見事だ。
わかった。国として、その提案を受け入れよう」
アークは肩をすくめた。
「一年……まあ仕方ありませんね。
その間に魔力の揺れがどう変化するか、観察もできますし」
ヘルムートは、最後まで渋い顔だったが――
「……神は、選ばれし者の自由を尊ぶ。
一年の猶予、認めましょう」
正式に三者が同意した。
リオンは深く頭を下げる。
「ありがとうございます」
■
帰り道。
母が泣きそうな顔でリオンの頭をなでた。
「……リオン、あなた……本当に……」
「おにいちゃん、すごかった!」
父はたくましい手でリオンの肩を抱いた。
「誇りだ。……ありがとうな、リオン」
(……よかった……これで、みんな離れなくてすむ)
少年はゆっくりと空を見上げた。
胸の光は、さっきより穏やかに脈打っている。
(八歳になったら、王都に行く……
ぼくはぼくの意思で、ちゃんと決めるよ)
小さな背中に――
すでに“覚悟”が宿っていた。
『村の平穏と影 ― 魔力と政治、そして動き出す陰謀』
一年の猶予を得たリオンは、
村での生活を守りつつ、魔法の練習を続ける。
しかし、王都へ戻った三勢力の上層部は
リオンをめぐって激しい政治的対立を起こしていた。
その影が、じわりと村へ迫り始める……。




