7歳編・第67話:王都への影 ― 神性魔力報告書
王都アールヴェント。
高い石壁に囲まれた巨大都市は、今日も朝の喧噪と光に満ちていた。
市場では野菜商が声を張り上げ、馬車が石畳を走り、遠くでは訓練場の兵士たちの号令が響く。
しかし――その喧噪から離れた王都中心街の一角。
教会本部の塔の最上階では、世界の根幹を揺るがす報告書が、静まり返った会議室に置かれていた。
羊皮紙には、震える字でこう記されている。
『神性魔力、再確認。
対象:リオン・レインフォード(7歳)
世界基準外の魔力暴走を観測。
即時対応を要す。』
報告書を読んだのは、教会最高位の“啓示官”のひとり、
老齢の男―― ヘルムート・グランシエル。
白い長髪を背中まで伸ばし、皺の深い額を持つが、その瞳は鋭く濁りない。
魔法体系の研究者としても王都で知られ、魔力観測の第一人者である。
「……神性魔力だと?」
彼は報告書に軽く触れ、顔をしかめた。
「この百年、観測すらされていない。そして人間が扱えるものではない。
まして……七歳の子どもだと?」
その呟きに、補佐の司祭が緊張した声を上げた。
「本物なのでしょうか? どこかの魔力暴走を誤認したのでは――」
「誤認ではないな」
ヘルムートはため息をつき、書類に指を滑らせる。
「“空間が一時的に歪んだ”とある。
歪曲は常魔力では起きん。精霊魔力でもない。神性魔力特有の現象だ」
司祭は息を飲む。
神性魔力――それは、神に由来する力。
伝説では、世界の創造に関わったとされるほどの神力の断片。
人間が持つなど、想定されていない。
「問題は……その子どもが生まれた村だ」
ヘルムートは続ける。
「レインフォード家……農家。
魔力の高い血筋ではない。貴族でもない。
神の奇跡か、あるいは……この世界の“バグ”だ」
報告書を閉じた瞬間、部屋の空気が重く変わった。
「これは、王都全体の問題となる。
……いや、“世界”の問題だろう」
司祭は震える。
「どういたしますか?」
ヘルムートは立ち上がった。
「まずは王家だ。
この件は、国を挙げて観測しなければならん」
彼は視線を窓の外へ向ける。
冬の風が塔を揺らし、薄い雲の向こうに太陽が淡く輝いていた。
(七歳の子どもが、神性魔力……。
世界は今、静かに動き始めている……)
そう呟くと、教会はただちに王城への使者を走らせた。
■
王都の別の場所。
魔法学府の巨大な塔――“蒼天の塔”の研究室では、
一人の青年が書類の山と戦っていた。
魔法学府の天才と呼ばれる青年研究者、
アーク・フィンレイ。
「神性魔力の観測? また教会が大袈裟なこと言って……」
彼は呆れた声を漏らしながらも、報告書の内容に目を通した瞬間、表情が変わった。
「……空間歪曲、圧力波、未分類の魔力反応……?
しかもこの規模で、魔素の変動がほぼゼロ……?」
紙を握る手が震える。
「これ……制御不能の暴走じゃない。
完全に“恒常的な魔力無限供給”の特徴じゃないか……!」
アークは椅子から飛び上がった。
「人間じゃないぞ、この魔力……!」
研究員たちがざわつく。
「フィンレイ先生、そんな存在が本当に――」
「……存在してしまったんだよ」
アークは深く息を吐いた。
(もし本当なら……世界の魔法体系が全部覆る。
魔法の根本が変わる。いや――
“人類の扱える魔力の限界”そのものが壊れる)
彼はすぐに荷物をまとめはじめた。
「オレが行って確かめる」
周囲が驚く。
「危険では!?」
「危険? バカ言うな。
こんな歴史級の現象を目にする機会、一生に一度あるかどうかだ!」
興奮気味に彼は笑った。
「七歳の神性魔力……面白い。
その子ども、ぜひ見てみたいね」
彼の瞳には、純粋すぎる好奇心が宿っていた。
■
さらに王都のもうひとつの勢力――貴族社会も、すぐに動き始めていた。
ある貴族たちは恐れ、
ある者たちは利用価値を考え、
ある者たちは神の御子ではないかと噂した。
極めつけは、王城内部。
王国最強の騎士団――“白金騎士団”の団長、
ライナルト・ヴェルンハルトの机の上にも、報告書が置かれていた。
彼は短く息を吐く。
「……子どもが神性魔力を?
確かめる必要があるな」
王家は警戒と興味を両立させる方針を選ぶ。
「団長、どう動かれますか?」
「少数精鋭で行く。
だが警戒しろ。
万が一、その子どもが暴走すれば――村ごと消える可能性がある」
静まり返る騎士たち。
世界は知らぬ間に、ひとりの少年へ視線を向けはじめていた。
■
その頃――
当の本人であるリオンは、というと。
村の裏庭で、妹のリリィと一緒に雪玉を作っていた。
「リオンおにいちゃん、これ見て! まんまるだよ!」
「すごいねリリィ! じゃあ僕のも――って、わぁっ!?」
ドジを踏んで雪に頭から突っ込む。
「おにいちゃん、またこけたー!」
「うぅ……」
世界が自分を見つめはじめているなど、リオンは夢にも思っていなかった。
ただ、胸の奥に宿る“光”だけが、
何かを察したように、静かに脈動を続けていた。
(……また何か起きるの……?)
リオンにはまだ理解できない。
だが、この“光”――
神性魔力の根源である存在は、静かにリオンへ囁いていた。
「大丈夫。君は君のままでいい」
世界の重圧が忍び寄る中、
少年は雪玉を握りながら、無邪気に笑う。
この時、世界の運命が動き始めていることを知る者は、
まだ村には一人もいなかった。
王都アールヴェント。
高い石壁に囲まれた巨大都市は、今日も朝の喧噪と光に満ちていた。
市場では野菜商が声を張り上げ、馬車が石畳を走り、遠くでは訓練場の兵士たちの号令が響く。
しかし――その喧噪から離れた王都中心街の一角。
教会本部の塔の最上階では、世界の根幹を揺るがす報告書が、静まり返った会議室に置かれていた。
羊皮紙には、震える字でこう記されている。
『神性魔力、再確認。
対象:リオン・レインフォード(7歳)
世界基準外の魔力暴走を観測。
即時対応を要す。』
報告書を読んだのは、教会最高位の“啓示官”のひとり、
老齢の男―― ヘルムート・グランシエル。
白い長髪を背中まで伸ばし、皺の深い額を持つが、その瞳は鋭く濁りない。
魔法体系の研究者としても王都で知られ、魔力観測の第一人者である。
「……神性魔力だと?」
彼は報告書に軽く触れ、顔をしかめた。
「この百年、観測すらされていない。そして人間が扱えるものではない。
まして……七歳の子どもだと?」
その呟きに、補佐の司祭が緊張した声を上げた。
「本物なのでしょうか? どこかの魔力暴走を誤認したのでは――」
「誤認ではないな」
ヘルムートはため息をつき、書類に指を滑らせる。
「“空間が一時的に歪んだ”とある。
歪曲は常魔力では起きん。精霊魔力でもない。神性魔力特有の現象だ」
司祭は息を飲む。
神性魔力――それは、神に由来する力。
伝説では、世界の創造に関わったとされるほどの神力の断片。
人間が持つなど、想定されていない。
「問題は……その子どもが生まれた村だ」
ヘルムートは続ける。
「レインフォード家……農家。
魔力の高い血筋ではない。貴族でもない。
神の奇跡か、あるいは……この世界の“バグ”だ」
報告書を閉じた瞬間、部屋の空気が重く変わった。
「これは、王都全体の問題となる。
……いや、“世界”の問題だろう」
司祭は震える。
「どういたしますか?」
ヘルムートは立ち上がった。
「まずは王家だ。
この件は、国を挙げて観測しなければならん」
彼は視線を窓の外へ向ける。
冬の風が塔を揺らし、薄い雲の向こうに太陽が淡く輝いていた。
(七歳の子どもが、神性魔力……。
世界は今、静かに動き始めている……)
そう呟くと、教会はただちに王城への使者を走らせた。
■
王都の別の場所。
魔法学府の巨大な塔――“蒼天の塔”の研究室では、
一人の青年が書類の山と戦っていた。
魔法学府の天才と呼ばれる青年研究者、
アーク・フィンレイ。
「神性魔力の観測? また教会が大袈裟なこと言って……」
彼は呆れた声を漏らしながらも、報告書の内容に目を通した瞬間、表情が変わった。
「……空間歪曲、圧力波、未分類の魔力反応……?
しかもこの規模で、魔素の変動がほぼゼロ……?」
紙を握る手が震える。
「これ……制御不能の暴走じゃない。
完全に“恒常的な魔力無限供給”の特徴じゃないか……!」
アークは椅子から飛び上がった。
「人間じゃないぞ、この魔力……!」
研究員たちがざわつく。
「フィンレイ先生、そんな存在が本当に――」
「……存在してしまったんだよ」
アークは深く息を吐いた。
(もし本当なら……世界の魔法体系が全部覆る。
魔法の根本が変わる。いや――
“人類の扱える魔力の限界”そのものが壊れる)
彼はすぐに荷物をまとめはじめた。
「オレが行って確かめる」
周囲が驚く。
「危険では!?」
「危険? バカ言うな。
こんな歴史級の現象を目にする機会、一生に一度あるかどうかだ!」
興奮気味に彼は笑った。
「七歳の神性魔力……面白い。
その子ども、ぜひ見てみたいね」
彼の瞳には、純粋すぎる好奇心が宿っていた。
■
さらに王都のもうひとつの勢力――貴族社会も、すぐに動き始めていた。
ある貴族たちは恐れ、
ある者たちは利用価値を考え、
ある者たちは神の御子ではないかと噂した。
極めつけは、王城内部。
王国最強の騎士団――“白金騎士団”の団長、
ライナルト・ヴェルンハルトの机の上にも、報告書が置かれていた。
彼は短く息を吐く。
「……子どもが神性魔力を?
確かめる必要があるな」
王家は警戒と興味を両立させる方針を選ぶ。
「団長、どう動かれますか?」
「少数精鋭で行く。
だが警戒しろ。
万が一、その子どもが暴走すれば――村ごと消える可能性がある」
静まり返る騎士たち。
世界は知らぬ間に、ひとりの少年へ視線を向けはじめていた。
■
その頃――
当の本人であるリオンは、というと。
村の裏庭で、妹のリリィと一緒に雪玉を作っていた。
「リオンおにいちゃん、これ見て! まんまるだよ!」
「すごいねリリィ! じゃあ僕のも――って、わぁっ!?」
ドジを踏んで雪に頭から突っ込む。
「おにいちゃん、またこけたー!」
「うぅ……」
世界が自分を見つめはじめているなど、リオンは夢にも思っていなかった。
ただ、胸の奥に宿る“光”だけが、
何かを察したように、静かに脈動を続けていた。
(……また何か起きるの……?)
リオンにはまだ理解できない。
だが、この“光”――
神性魔力の根源である存在は、静かにリオンへ囁いていた。
「大丈夫。君は君のままでいい」
世界の重圧が忍び寄る中、
少年は雪玉を握りながら、無邪気に笑う。
この時、世界の運命が動き始めていることを知る者は、
まだ村には一人もいなかった。




