7歳編・第66話:神性魔力の正体 ― 世界の理に触れる少年
静寂は、森のどんな獣の唸り声よりも重かった。
暴走した魔力の余韻が、まるで世界の皮膚そのものをひりつかせるように残り、空気は電気を帯びたように震えていた。
リオンは地面に座り込み、肩で息をしていた。
意識はある。しかし自分の体がどこまで自分のものなのか、わからなかった。
胸の奥――鼓動ではない、もっと異質な震えがまだ残っている。
(……あれは……何だったんだ?)
魔力暴走。
この世界では子どもが魔力に目覚める際、度々起こると言われている現象だった。
とはいえ、一般的な暴走はせいぜい周囲の小石が浮いたり、少し風が吹いたりする程度のもの。
だがリオンの暴走は、森そのものを傾けた。
森の奥深くにまで衝撃が届き、魔力の圧に怯えた魔獣たちが逃げ惑った。
本来なら村を襲うほどの魔獣でさえ、彼の魔力に触れた瞬間、悲鳴を上げて逃げ出したほどだ。
それだけで理解できる。
――これは、普通の魔力ではない。
(僕の魔力、無限なのは知ってた……でも、あれは……本当に僕のものなのか?)
息を整えようとするたび、胸の奥からわずかに光が瞬いた。
それは痛みではない。熱でもない。
ただ――“震えていた”。
体の内側で光が生き物のように蠢く。
「……リオン」
声がした。
振り返ると、森の入り口に立つダリウスがいた。
父の足元には、村の大人たちが数人。
みな怯えている。
が、ダリウスだけは違った。
恐怖ではなく、確かに“心配”の目で息子を見ていた。
「大丈夫か……? 怪我は?」
リオンは弱々しくうなずく。
「だい、じょうぶ……ごめんなさい。村とか、森を……壊して……」
ダリウスは首を振った。
そして、ゆっくりリオンに近づく。
大人たちは止めようとした。
「危険だ! あの光は、まだ……!」
「離れてください、ダリウスさん! 近づくのは――」
だがダリウスは、まったく動じなかった。
彼はリオンに手を伸ばし、その肩に触れた。
すると。
――光は、止まった。
リオンの胸の奥の光が、静かに沈黙する。
まるで、父の手のひらが信号となって収まっていくようだった。
(お父さん……?)
「リオン、お前は……まだ7歳だ。謝る必要なんてどこにもない」
やさしい声。
前世では聞いたことのなかった種類の“優しさ”。
胃が締め付けられるように胸が痛む。
ダリウスはリオンを抱き寄せた。
「何が起きたか、わからん……だが、怖いなら、怖いと言っていい。泣きたいなら泣いていい」
その瞬間、リオンの中で張り詰めていた何かが切れた。
「……こわかった……おとうさん……こわかったよ……!」
静かに泣き声を漏らすリオン。
ダリウスは優しく背中を撫でた。
大人たちはやっと安心したように息をつく。
だが――その様子を木陰から見つめる影があった。
■
草を踏みしめる音を最小限に抑えながら、黒いフードをかぶった人物が森の奥へと消えていく。
彼は震える声で呟いた。
「……あれが、神性魔力……? 本当に、この村に……?」
興奮を抑えきれない声音。
「空間が歪んだ……あれは間違いなく、存在の階梯が違う魔力……。まさか、人間の子どもが持つなど……!」
フードの人物は、懐から羊皮紙を取り出し震える指で記録を書いた。
『観測結果:
対象 ― リオン・レインフォード
年齢 ― 7歳
発現魔力 ― 神性魔力(確定)
危険度ランク ― 人類基準外(測定不能)
即刻、王都へ報告すべき。』
書き終えると、男の目に狂気じみた喜びが宿った。
「……神は、やはり、人の形で降臨する……!」
■
村へ戻る道。
父に抱かれながら、リオンは胸の奥に残る光に語りかける。
(ねえ……君は何?)
返事はない。
だが、わずかな脈動が返ってきた。
(僕は……怖いよ。こんなの……扱えないよ)
胸の奥の光は、ほんのわずかに温かく脈打つ。
(……励ましてくれてるの?)
その瞬間、脳裏に一瞬だけ、あの神の姿が浮かんだ。
前世の死の後に出会った神。
明らかにどこか抜けていて、どこか神らしくなく、しかし人間以上に優しさを持った存在。
――『ごめんね、君の“存在を消す”願い、ちょっとミスしちゃって……。
でもね、代わりに……君が幸せになれる力だけは、ちゃんと渡しておいたから』
記憶の断片が、確かに語りかける。
(……まさか……この光って……)
胸の奥の光が、穏やかに、静かに答えるように脈動した。
それはまるで、
「君は大丈夫。もう一人じゃないよ」
と語りかけてくるようだった。
リオンはそっと胸に手を当て、涙を拭った。
(僕が……この力を悪いことに使わなければ……きっと怖くないよね)
父の背に揺られながら、少年は心に決めた。
――この力で、人を守ろう。
――家族を守ろう。
――村を守ろう。
いつかこの力が何をもたらすのかは、まだわからない。
だが、リオンはゆっくりと目を閉じた。
胸の奥で光が、ゆっくり、静かに、優しく動いていた。
(神さま……ありがとう。僕、がんばるよ)
その光は、まるで彼の決意に応えるかのように、温かく震えた。
『王都への影 ― 神性魔力報告書』
リオンの魔力暴走を密かに観測していた“謎の観測者”は、ついに王都へ急報を送る。
その内容は、この世界の魔法体系を覆すほどの衝撃を持つ「神性魔力」の存在。
王都、教会、魔法学府、さらには貴族たちが動き出す。
まだ何も知らない少年に、静かに――だが確実に、世界の目が向けられ始めていた。




