7歳編・第65話 :残された痕跡 ― 破壊された大地と、目覚めた“力”
まぶたの裏に、鈍い光が差し込んでいた。
――生きている。
その事実に気付くまで、数秒かかった。
リオンはゆっくりと目を開く。
最初に視界に入ったのは、見慣れた天井だった。
木造りの梁。
部屋を照らす夕方の光。
城の医務室――。
「……戻ってきた……」
声はかすれ、自分のものとは思えなかった。
身体を起こそうとすると、全身に鈍い痛みが走る。
まるで骨と魔力が別々に動こうとするような奇妙な感覚。
だが、耐えられないほどではない。
(……暴走を止めただけじゃなかった……
体の中で……何かが変わった?)
胸の奥がじんじんと熱い。
それは暴走の名残ではなく、もっと静かで、深い――新しい“核”のような感覚だった。
そこへ、ドアが勢いよく開く。
「リオン!! 起きてるの!?」
フィオナだった。
次の瞬間、彼女は飛びつくようにリオンの胸へ抱きついた。
「う、うわっ……!」
かなり痛い。
けれど、痛みすら愛おしいほどに――その温もりを感じていた。
「よかった……ほんとに……ほんとに死んじゃったかと思った……!」
声が震え、涙がぽろぽろと落ちる。
リオンは苦笑しながら、そっと彼女の頭を撫でた。
「心配かけて……ごめん」
「ごめんじゃない!!
もう二度と、あんな無茶しないでよ……!
私、怖かったんだから……!」
言葉とは裏腹に、抱きしめる腕は離れようとしない。
しばらくして、フィオナはようやく顔を上げる。
赤くなった目で、じっとリオンを見た。
「……本当に、戻ってきてくれてよかった」
「うん。フィオナのおかげだよ」
その瞬間、フィオナは耳まで真っ赤になった。
「な、なにそれ……!
そ、そんなこと言われたら……また泣くじゃない……!」
「え、えぇ……」
そんなやり取りをしていると、今度はゆっくりとドアが開いた。
「騒ぐな、患者がいる」
エルガードの低い声。
だが、その声音にはいつもの厳しさはなく――安堵と、心配と、なにより嬉しさが滲んでいた。
続いてエレナ、リリィ、そしてセラウスも入ってきた。
エレナはベッドの横に座るなり、手を握った。
「リオン……本当に……よかった……」
彼女の目も赤く腫れている。
「母さん……ごめん。心配かけて……」
「もういいの……生きていてくれた。それだけでいいわ……」
リリィは鼻をすすりながら、兄の胸に顔を埋めた。
「にいさま……こわかった……
おそらが……ぜんぶ……われて……
にいさまが、いなくなるとおもった……」
「大丈夫だよ、リリィ。
ほら、ちゃんとここにいる」
ゆっくりと抱きしめ返す。
胸がじんと熱くなる。
(本当に……僕は一人じゃないんだ……)
そんな中、セラウスが眼鏡を押し上げ、真剣な声で言った。
「リオン君。
すまないが、すぐに話し合わなければならないことがある」
「……僕の暴走のこと、ですよね?」
「そうだ」
部屋の空気が引き締まる。
◆ ◆ ◆
■暴走の代償と、“もうひとつ”の事実
「まず……今回の暴走で生じた被害は……想像を絶するものだ」
セラウスは机に広げられた地図を指し示した。
地図には赤い円が描かれている。
「こ、これ……」
「リオン君が暴走した地点を中心に――
“王都外縁区の森が直径三キロにわたり消失”した」
「三キロ……?」
あまりにも広い。
光が放たれたときの惨状が蘇る。
セラウスはさらに続けた。
「ただの破壊ではない。
地表が崩れ、空間そのもののゆがみまで確認された。
あれは通常の魔力では説明がつかん」
エルガードが腕を組む。
「……つまり、あれはリオンだけの問題じゃない。
国の、いや世界規模の問題だということだ」
リオンはうつむいた。
「また……迷惑をかけてしまった……」
すると、フィオナがすかさずリオンの腕をつかむ。
「違うでしょ」
「え?」
「暴走したのは確かにリオンだけど……
止めたのも、リオンなんだから」
その言葉に、セラウスも深く頷いた。
「君がもし完全に飲まれていたら、被害は“二十倍”になっていた。
君が止めたからこそ、世界が残ったんだ」
リオンは驚いて顔を上げた。
父も母も、静かにうなずいていた。
少しだけ胸が軽くなる。
しかしセラウスの眼差しは、さらに深刻な色を帯びる。
「だが、もう一つ……見過ごせない異変がある」
しん、と部屋が静まった。
「リオン君。
君の“魔力の質”が……完全に変わってしまった」
「質が……?」
「暴走前の魔力は非常に純度が高く、流動性の高い“光属性の特異型”だった。
だが今の君の魔力は……」
一拍置いて、セラウスが告げる。
「“神性”を帯びている」
部屋が揺れたような気がした。
リオンは意味がわからず瞬きをする。
「神性って……神様みたいな……?」
「その通りだ。
普通の魔法、どころか古代魔術の領域ですらない。
おそらく――人類史の枠を超えている」
エレナが息を呑む。
エルガードの表情が険しくなる。
フィオナは言葉を失っていた。
「ま、待ってください!
そんな大げさな――」
「大げさではない」
セラウスは淡々と、しかし確信を込めて言った。
「君の魔力核は、暴走の過程で“進化”した。
いや、正確には……何かが目覚めたんだ」
「何か……?」
フィオナが小さく尋ねる。
「……それはまだ言えん。
確証がない以上、軽々しく言えばリオン君を追い詰めるだけになる」
セラウスは優しく頭を下げた。
「だがただ一つ言える事がある。
リオン君。
君はもう――“普通の魔術師”ではいられない」
胸の奥がざわつく。
重い。
怖い。
でも――どこかでわかっていた。
暴走した瞬間から、何かが変わったのだと。
セラウスは続けた。
「これから君は、魔力制御の訓練をさらに厳しく受けなければならない。
暴走を二度と起こさないために、そして……」
視線がリオンの胸の奥を貫く。
「君が持つ“新しい魔力”を、この世界が受け止められるようにするためだ」
その言葉に、リオンは静かに息を吸った。
「……わかりました。
僕、やります。
怖いけど……逃げない」
フィオナがそっとリオンの手を握る。
「リオンならできる。
だって、あれだけの暴走を自分で止めたんだから」
その励ましに、力が湧いた。
◆ ◆ ◆
■残された大地へ
数日後。
リオンは父母、フィオナ、そしてセラウスと共に、
暴走の跡地へ向かっていた。
王都外縁の森――だった場所。
到着した瞬間、リオンは言葉を失った。
「……ここ……全部……?」
地面がえぐれ、巨大なクレーターが広がっている。
直径三キロ、深さは場所によって五十メートル以上。
岩は溶け、樹木は影すら残らない。
空気がわずかに震え、魔力の残滓が刺すように痛む。
これが――自分の暴走の残した結果。
リオンは拳を握った。
「僕……こんな……」
フィオナがそっと隣に立つ。
「リオン。
怖がらなくていい。
これが“過去のあなた”のものなら、
“未来のあなた”が上書きすればいいの」
その言葉に胸が熱くなる。
未来の僕。
そうだ――終わりじゃない。
セラウスが前に出る。
「リオン君。
ここからが本当の訓練だ。
君が持つ“神性魔力”が、どんな意味を持つのか……
これから一緒に解き明かしていこう」
父が大きな手で肩を叩く。
「逃げるなよ、リオン」
母が微笑む。
「あなたならできるわ」
リリィが袖を引っ張る。
「にいさま、がんばって……!」
フィオナが手を重ねる。
「一緒にやろう」
リオンは深く息を吸い、頷いた。
「うん。
もう……暴走なんてしない。
僕は――僕自身の力と向き合う」
その瞬間、胸の奥の“新しい核”が静かに脈打った。
まるで応えるように。
◆ ◆ ◆
続く。
『神性魔力の正体 ― 世界の理に触れる少年』
リオンの内側に眠る“神性”とは何なのか。
そして、暴走の際に一瞬だけ現れたあの声――。
世界の深層が、ついに開かれる。




