7歳編・第64話:崩壊の光 ― リオンの魔力暴走〈後編〉
白い。
すべてが白一色に染まっていた。
空も、地面も、木々も。
色という概念そのものが消え失せ、ただ“光”だけが世界を満たしている。
リオンはその中心で、膝をついていた。
(……まただ……)
視界の端が揺らぐ。
世界が歪んで迫る。
自分の身体からあふれ出す光が、“外側の世界”を上書きし、塗りつぶしていく。
止めたいのに、止まらない。
手足が震える。
呼吸と同時に魔力が噴き出す。
「はぁ……はぁ……どうして……」
胸の奥から、何か巨大なものが起き上がる気配があった。
熱い。
でも、冷たい。
震えるほどの痛みと、震えるほどの心地よさが同時に押し寄せる。
二つの相反する感覚が、リオンの内側でぶつかり合い、
――砕ける。
脳が焼けるように熱く、身体が軋む。
(やばい……また、僕……)
自分が壊れる。
いや、自分ではなく――
世界のほうが壊れていく。
◆ ◆ ◆
■「リオン!!!」
その声が、白の世界を割った。
光の海の中、細い影が飛び込んでくる。
「リオン!! 聞こえる!? 返事して!!」
フィオナの声。
リオンは反射的に目をそらす。
(来ないで……! フィオナまで巻き込んじゃう……!)
しかし彼女は止まらなかった。
光の奔流で足元が砕けても、
空気が震えて肌が切れても、
彼女はリオンへ向かって一直線に走ってくる。
「どうして来るの!! フィオナ、逃げて!!」
抑えようと叫んだ瞬間、
魔力の波がフィオナへ向けて押し寄せた。
轟ッ!
フィオナの身体が吹き飛ぶ――
……はずだった。
「――任せろ」
低い声が割り込む。
リオンの視界に、分厚い背中が現れた。
「父さん……!」
エルガードが片腕でフィオナを抱え、もう片腕で魔力の奔流を防いでいた。
「リオン。
お前の魔力……本気で国ひとつ沈むぞ……!」
父の腕ごと肌が裂け、血が流れている。
それでも、退かない。
その後ろでフィオナが泣き叫ぶ。
「リオン!! お願い、戻ってきて!!」
その声が、リオンの胸の奥に刺さった。
しかし――魔力の奔流は止まらない。
むしろ、父とフィオナの姿を見たことで、
胸の奥からまた新しい熱が噴き出した。
(……やめろ……! お願いだから!!)
視界の白が、赤に染まる。
耳鳴りがひどくなり、世界の輪郭が崩れ落ちる。
「父さん……逃げて……!!
僕……もう止められない……!!」
エルガードが叫ぶ。
「何を言っている!
止めるのはお前自身だろうが!!」
その瞬間、後ろから別の声がした。
「リオン!! しっかりしなさい!!」
エレナだった。
母の魔力が優しく包み込む。
温かく、柔らかく、懐かしい。
(……母さん……)
母の手がリオンの頬に触れた瞬間――
暴走は“ほんの一瞬だけ”弱まった。
しかし母は苦しそうに息をつく。
「だめ……あなたの魔力、強すぎて……全部……飲まれ……」
バチッ!
エレナの身体を雷のような魔力が走る。
「母さん!!」
リオンが叫んだ瞬間、魔力が逆流し、
胸の奥で何かが弾けた。
◆ ◆ ◆
■崩壊の予兆
――ズンッ。
世界がひずんだ。
空気が割れ、地面が波打つ。
セラウスが遠くから絶叫する。
「全員退避ぃぃ!!
リオン君の魔力が“凝縮”を始めている!!
あれは……あれは暴走の最終段階だぞ!!」
最終段階。
光が収束し、球状にまとまり始める。
重力が狂い、周囲の岩や木々が空へ吸い上げられる。
バキバキバキバキッ!
地面が上へ引きちぎられ、空気がねじれ、
空間そのものが悲鳴を上げていた。
父エルガードが娘リリィを抱きしめながら叫ぶ。
「こ……これは……王都大崩壊の時の記録に残っていた現象……!
七歳で……これを……!!」
フィオナは震えながらリオンを見つめていた。
「リオン……あなた……こんなに苦しかったの……?」
彼女は涙を流し、震える手で光の中心に触れようとした。
「離れろ、フィオナ!」
「自殺行為だ!」
「それ以上は……!」
みんなが叫ぶ。
しかしフィオナの表情は、決意で固まっていた。
「リオンが一人で苦しんでるなら……私が行くべきなの!!」
彼女は光の壁に手を当てた。
ズッ。
指先が焼ける。
皮膚が焦げ、魔力の反動で腕が震える。
それでも離さない。
「リオン……あなたの魔力がどれほど暴れても……
私は絶対に離れない……!」
透明な光の膜の内側で、リオンが叫ぶ。
「来るな!! フィオナ!!
僕は……僕はまた誰かを――!!」
フィオナの瞳が揺れた。
「……傷つけたくないんでしょ?」
リオンの胸に、プツンと音が走る。
誰にも届かない場所に、ずっと閉じ込めてきた気持ち。
怖かった。
傷つけるのが怖かった。
暴走するのが怖かった。
失うのが怖かった。
父も、母も、リリィも、フィオナも。
「僕は……もう嫌なんだ……!!
みんなを傷つけるのは……もう……!!」
フィオナはそっと微笑んだ。
「なら、戻ってきて。
リオンは……ひとりぼっちじゃないから」
その言葉が、最後の鎖を断ち切った。
◆ ◆ ◆
■光が収まる
胸の奥に、深い深い場所にある“核”――
暴走の原因となった核に、意識が触れた。
(戻れ……!
僕は……僕自身を……取り戻す!!)
手を伸ばす。
掴む。
全身の魔力が逆流し、
流れがひっくり返り、
暴走していた光が一気に収縮する。
キィィィィィィン……!
鋭い音とともに、光の球が小さくなり――
――チッ。
空気が弾けた。
世界が元の色を取り戻す。
リオンは倒れ込み、息を荒げた。
「はぁ……はぁ……っ……!」
フィオナが駆け寄る。
「リオン!! 大丈夫!? 返事して!!」
「うん……ちょっと……疲れただけ……」
父エルガードが安堵の息を漏らし、母エレナは涙を流す。
セラウスはその場に崩れ落ちた。
「……生きてる……
いや、生きてるのが奇跡だ……
国を一つ消し飛ばせる暴走を七歳で止めるなど……」
リオンは薄く笑う。
「……みんなのおかげだよ」
そして目を閉じた。
(フィオナ……)
最後に見えたのは、泣き笑いのフィオナの顔だった。
◆ ◆ ◆
続く。
「残された痕跡 ― 破壊された大地と、目覚めた“力”」
暴走は収まった。
だが、その爪痕はあまりにも深く、そして――
リオンの内側では、まだ“別の変化”が続いていた。




