7歳編・第62話:揺れる村 ― 魔獣の活性化と新たな脅威
朝の空気は澄んでいるはずなのに、どこかぴりついていた。
リオンは家の前に立ち、村をゆっくり見回す。
視界に入る畑は相変わらず豊かすぎるほどに実り、井戸の水は朝日を反射して静かに光っている。
——どれも、自然の姿とは違う。
(昨日より……さらに魔力が濃い……)
風に乗って流れる魔力の流れが、まるで“村全体で脈打っている”ように感じられた。
「リオン、起きてたか」
背後から声がして振り向くと、レストが軽く片手を上げていた。
「レストさん。村……まだおかしいままです」
「むしろ昨日より悪くなってる。 魔力の流れが落ち着くどころか、暴れている」
レストは空を見上げ、眉をひそめた。
「……嫌な、風だ」
そして歩き出す。
「リオン、ついてきてくれるかい。 見せたいものがある」
「はい」
二人は村外れへ向かった。
■ 魔獣避けの結界石の“異常”
村と森の境目に置かれた結界石。
普段は淡く薄い光を放つ程度だが——
「……え……?」
リオンは声を失う。
通常の三倍は輝いていた。
まるで内側に溜まった魔力が“溢れそう”になっている。
レストが石に手を近づける。
「触るなよ。刺激すると壊れる」
「こんなに光ること……あるんですか?」
「ない。これは“魔獣の圧”だ」
レストは低く続けた。
「森の魔獣が……活性化している。 まるで何かに怯え、追い立てられたように」
リオンの背筋が凍る。
(魔力核……? 核が沈黙した影響で、森のバランスが狂っている……?)
レストはさらに言う。
「昨日、森の奥で核が消えた瞬間……森全体の“縄張り”が崩壊したんだ。 強い魔獣が弱い魔獣の領域へ、弱い魔獣はさらに外側へ……」
「つまり……」
「“村の方へ押し出されてくる”」
その言葉に喉が鳴った。
(俺のせいで村に……危険が……)
胸の奥で小さく魔力が揺れる。
レストがリオンの肩に手を置いた。
「落ち込むな。 君は核を暴走から救ったんだ。 結果として森に負荷はかかったけど……この先の対処次第で、村は守れる」
「……俺も手伝っていいですか?」
「手伝ってもらうつもりだよ」
レストはふっと笑った。
「そのために、もうひとつ見せたいものがある」
二人はさらに森寄りへと歩いていく。
■ 異常な“足跡”
森に近い畑の外れ。
そこに、見慣れない跡が残っていた。
「これは……」
リオンは思わず身を乗り出す。
土を深く抉った巨大な足跡。
幅は大人二人分ほど。
深さは子どもの膝まで埋まるだろう。
「こんな足跡……村の周りにいませんよね?」
「普通ならね。でも今は“普通じゃない”」
レストは跡を観察し、指で輪郭をなぞる。
「これは……本来なら森の奥にいる《アースバイソン》だな」
「アースバイソン……? そんなの聞いたことないです」
「当然だ。高ランク魔獣で、成人の冒険者でも一人じゃ倒せない」
リオンの心臓が跳ねる。
「そんなのが……村に来てるんですか?」
「まだ入ってはきてない。 村に近づいたけど……結界石を見て引き返したらしい」
レストは目を細める。
「だが問題は“ここに来た理由”だ。 本来、奴らがこの辺りまで来ることは絶対ない」
リオンは足跡から目を離さず、唾を飲み込む。
「森の奥で……何が起きてるんですか……?」
「分からない。 だが“魔力核の沈黙”と無関係ではないはずだ」
レストはリオンの横にしゃがみ込み、土の感触を確かめるように手を沈めた。
「足跡が浅い。 これは“本気で走った時のもの”じゃない」
「じゃあ……どういう……」
「アースバイソンが“何かに追われていた”」
リオンは凍りついた。
森の奥で魔力核を吸収した存在——
あの“声”の主の気配が蘇る。
(あれが……関係してる……?)
レストが立ち上がり、村の方へ振り返った。
「今この瞬間も、森の中では勢力図が変わっている。
今日明日にも魔獣が村へ流れ込むかもしれん」
「……俺、戦えます」
リオンは迷いなく言った。
「昨日のことは……怖かったけど……逃げたら、もっと悪くなります。 村を守れるなら、俺——」
レストはほんの少しだけ目を見開き、優しく笑った。
「……頼もしいな」
そして真顔に戻る。
「でも、まずは“魔力の扱い方”を覚えるべきだ。 君の魔力は普通じゃない。 暴れれば村に影響が出る」
リオンは拳を握りしめる。
「訓練、お願いします」
「もちろん。 今日の午後から始める」
レストがそう言った時だった。
——グォォォォォォォッ!!
森の奥から、震えるような咆哮。
鳥たちが一斉に飛び立ち、地面がかすかに揺れる。
リオンは反射的にレストを見た。
「い、今の……?」
「ああ……まずい」
レストの顔が、はっきりと“危険”を示す。
「アースバイソンの咆哮じゃない。 もっと……ずっと強い」
咆哮の余韻が森を震わせる。
「リオン……今日は訓練どころじゃなさそうだ」
リオンの喉が乾く。
「何が……来るんですか?」
レストが低く答える。
「森の奥から……“新しい強者”が出てきた。 魔力核が消えた今、奴らを抑える存在はどこにもない」
森の奥で風が渦巻く。
そして木々がなぎ倒されるような音。
——ドォンッ!!!
リオンは息を呑んだ。
(来る……! 村に……!)
魔力核の光の残響が、胸の奥で震え始めた。
(守らなきゃ……! ここは俺の村なんだ……!!)
次の瞬間、森の闇が何か巨大な影で揺れた。
『第一撃 ― 森から来る“異常個体”』
森の奥から姿を現したのは、
本来この地域に存在しないはずの魔獣。
しかもその身体は“魔力核の余波”により変質し、
通常より数倍の力を持つ異常個体へと変わっていた。
レストですら危険視する魔獣に、
リオンは初めて“新たな魔力”を使う覚悟を決める。
しかし、その結果は——。




