5歳編・第8話:村の小川と冒険の始まり
夏の朝、太陽はまぶしく、草の香りが空気を満たしていた。
リオンは今日も元気いっぱいだ。
妹のリリィがまだ寝ているのを確認すると、彼は静かに家を抜け出した。
(今日は、昨日見つけたあの小川の先を見に行こう)
リオンの家の裏手には、森へと続く細い獣道がある。
前世の知識では「危ない」「勝手に行くな」だが、好奇心の方が勝っていた。
足元の土はまだ朝露で湿っており、滑らないよう慎重に進む。
だが、案の定――
「うわっ!」
盛大にすべって、見事に転んだ。
泥にまみれた顔をしかめつつも、リオンは笑う。
「……またドジった。でも、まぁ、痛くないからよし!」
前世でも、仕事でケアレスミスが多く、同僚に笑われていた。
それでも彼は諦めなかった。
その癖は転生後も健在らしい。
小川は村の外れを流れている。
透明な水が太陽を反射して、きらきらと輝いていた。
リオンは膝をつき、両手ですくって口に運ぶ。
「冷たい……けど、うまい!」
その瞬間だった。
水面の上に、淡い光がふわりと浮かび上がった。
まるで、水そのものが応えているかのように。
(な、なんだこれ……?)
恐る恐る手を伸ばすと、光は彼の掌に吸い込まれた。
胸の奥が温かくなり、視界の端に薄い文字が浮かぶ。
【鑑定眼:一部覚醒】
「え……?」
思わず目をこすったが、そこにはもう何もなかった。
けれども、不思議な感覚が残っている。
周囲の草を見れば、その種類や生育状態が頭に浮かぶ。
石を見れば、硬度や含まれる鉱物まで見える。
「すごい……これ、魔法……?」
村では10歳にならなければ魔法は使えないと聞いていた。
つまり、リオンのこれは異例中の異例だ。
(やっぱり……前世の何かが関係してるのかも)
だが、リオンはまだ魔力という概念をよく理解していない。
そのため、使い方も知らず、ただ“なんとなく使える”という曖昧な状態だった。
小川のほとりで夢中になって遊ぶうちに、太陽は真上に昇っていた。
腹の虫が鳴く。
リオンは川辺の石の上に腰をおろし、パンを取り出してかじった。
「はぁ……。こういう時間、好きだな」
彼はふと、前世の職場を思い出す。
朝から晩までパソコンの前に座り、心がすり減っていった日々。
昼休みに外に出る余裕もなく、ただタスクを消化するだけの毎日。
――今は違う。
空は青く、風は涼しく、命が息づいている。
リオンは深呼吸をした。
それは、彼が“この世界で生きること”を初めて実感した瞬間だった。
そのとき、背後で草むらがガサリと音を立てた。
リオンはびくっとして振り返る。
「な、なに!?」
そこから飛び出してきたのは――小さなウサギのような生き物だった。
ただ、耳が長く、背中にほんのり光の羽がある。
「かわいい……」
リオンが手を伸ばすと、ウサギはぴょんと跳ね、彼の肩に乗った。
光の羽がひらりと舞う。
【スピリット・ラビット:幼体】
鑑定眼がまた発動した。
どうやら、この小動物は精霊に近い存在らしい。
リオンはそっと微笑んだ。
「君、名前つけていい?」
ウサギは小さく鳴いた。
「じゃあ……“ピィ”でどう?」
ピィは嬉しそうに彼の頬を舐める。
リオンは笑いながら抱きしめた。
その瞬間、光がふわりと広がり、二人の間に何かが結ばれる感覚が走る。
【契約成立:精霊ピィ】
(け、契約!? そんな簡単に!?)
驚きつつも、胸の奥が温かく満たされる。
ピィはリオンの頭に乗り、嬉しそうに耳をぴくぴくさせていた。
「ふふっ……これからよろしくね、ピィ」
その後、家に帰ると母エルナが腰に手を当てて待っていた。
「リオン! どこ行ってたの!?」
「ご、ごめん……小川見に行ってただけで……」
泥だらけの姿を見て、母は呆れながらも息子を抱きしめた。
「もう、心配したのよ……」
(あぁ……あったかい)
リオンはその胸の中で思う。
自分にはもう、孤独な夜はない。
この世界には家族がいて、仲間がいて――光がある。
その夜、枕元には小さなピィが丸まって寝ていた。
リオンはその温もりを感じながら、深い眠りに落ちていった。
――そして翌日、彼は“魔法”という力に本格的に向き合うことになる。
小川で偶然に芽生えた“鑑定眼”。
その力はリオンの運命を大きく動かし始める。
新たに出会った精霊ピィとともに、少年は魔法の世界へ一歩を踏み出す。
だが、未知なる力には必ず“代償”がある――。




