7歳編・第60話:森の中心 ― 古代の魔力核との接触
森の奥へ入るほど、空気は重くなっていった。
昼間にもかかわらず光は弱まり、代わりに淡い青白い“魔力の粒”が地面近くを漂っている。
リオンは一歩ごとに、胸の奥で魔力がざわつくのを感じた。
さっき抑え込んだはずなのに、近づくほどに“呼び声”のような震えが強くなる。
「レストさん……ここ……普通の森じゃないですよね」
「普通じゃないね。 これは“古代森”特有の魔力だ。 数百年前——いや、もっと前から眠っていた力が、何かの理由で目を覚まし始めてる」
レストの声も固い。
熟練の大人である彼ですら緊張を隠せないほどだ。
リオンの足に絡みつくように、淡い光の粒がふわりと浮き、腕の周囲を漂う。
(……呼ばれてる……でも、なんで俺……?)
森の中心へ近づけば近づくほど、その疑問は強まるばかりだった。
■ ■ “魔力核”の眠る場所
森の奥を抜けた瞬間——
目の前に広がる空間は、まるで別世界だった。
円形に開けた空間。
中央には大きな“青白い結晶の塊”が浮いている。
高さは人の背丈を超え、その中心で淡い光がゆっくりと鼓動する。
まるで心臓のように——音のない拍動を刻む光。
「うわぁ……」
思わず声が漏れた。
リオンの胸の奥が一気に熱くなる。
「ここが……古代の“魔力核”……?」
レストは横目でリオンを確認しながら頷く。
「ああ。 魔素が極端に濃い地域では、自然にこうした“核”ができることがある。 でも……これほど巨大なのは見たことがない」
森の静けさが恐ろしいほど深い。
小さな昆虫の音すら聞こえない。
ただ魔力核だけが、脈動して空気を揺らしていた。
リオンの足が勝手に前へ出る。
「リオン、待て!」
レストが肩を掴む。
だが、リオンは振り返れない。
魔力核から伸びる“声なき呼びかけ”が、頭の奥を震わせている。
近づくほどに胸が熱く、息が浅くなる。
「レストさん……なんか……苦しい……」
「魔力核が君を引き寄せているんだ。 魔力量の多い者ほど共鳴が強くなる。 通常なら意識を失って倒れるレベルだ!」
(俺……そんなヤバい状態なのか……?)
しかし、不思議と倒れそうな恐怖はない。
胸の奥の熱さが、苦しいのにどこか懐かしい。
まるで——
(前世を思い出した時に感じた、あの……)
脳裏に、雪のように小さな欠片がひとつだけ浮かんだ。
——“作業データ消失”
——“rion_XXX空ファイル化”
——“存在の削除”
断片的な映像がチラつき、リオンは頭を押さえた。
「う、うああ……!」
レストが驚く。
「リオン!? 何が——」
リオンは魔力核に手を伸ばしていた。
自分の意思ではない。
核の光に吸い寄せられるように。
レストが止めようとしたその瞬間——
リオンの指先が、魔力核に触れた。
そして——
光が爆発した。
■ ■ 魔力核の“覚醒”
「っ……!!」
真っ白ではない。
青白い、冷たいような熱いような光。
それがリオンの全身を包み混んだ。
まるで“水の中に落ちた”ような感覚。
耳鳴りと、時間がゆっくりになる静寂。
(なにこれ……!? 身体が……魔力に飲まれる……!!)
視界の中心で、魔力核が小刻みに震え始める。
リオンの胸の奥の魔力が、その震えと完全に同調し——
“カチリ”
何かが噛み合うような、かすかな音がした。
レストが叫んでいるが、声は遠い。
魔力核が発光を強め、リオンの中に“何か”が流れ込んでくる。
それは言葉ではない。
映像でもない。
ただ“概念の破片”のような断片。
——大地の記憶
——森の誕生
——魔力の流れ
——外敵の襲来
——守護の意思
——創造の力
そして、その最後に微かに——
——“ようやく戻ったか、器よ”
「……え?」
明確な言葉が脳に響いた。
しかし声は誰のものでもない。
男にも女にも聞こえるし、老いているようにも幼いようにも感じる。
(器……? 戻った……? どういう意味だよ……!?)
リオンが問いかけるより先に、光が一気に収束した。
爆発的な魔力がリオンの身体を通り抜け、全身が電流のように震える。
そして——
「——ぁっ!!」
リオンはその場に倒れ込んだ。
■ ■ “魔力核の沈黙”
光が完全に消えると、魔力核はまるで燃え尽きたように色を失い、石ころのように地面へ落ちた。
レストが駆け寄る。
「リオン!!」
腕を抱き起こすと、リオンの顔は真っ青だ。
だが呼吸はある。
「チッ……無茶をさせすぎたか……」
胸に耳を当てると、心臓の鼓動は強くなっている。
ただし——
その鼓動の“リズム”がさっきの魔力核と同じであることにレストは気づいた。
「まさか…… 魔力核と同調を……?」
ここまでの同調は本来、成人の魔法師でも不可能だ。
核の魔力に耐えられず身体が先に壊れるからだ。
それを、この年齢で——
しかも暴走を止めた直後に——。
レストは唇を結ぶ。
「本当に……とんでもない子だよ……」
リオンは浅い眠りに落ちていた。
その額には汗が浮かび、胸の奥では“知らない魔力の流れ”が静かに循環していた。
魔力核は完全に沈黙している。
しかしレストは直感していた。
——これは終わりではなく、始まりだ。
森全体が静まり返り、風さえもリオンの周囲を避けて吹くようだった。
レストはリオンを背負い、森の出口へ向かった。
「……リオン。 君はこれから、もっと大きな何かに巻き込まれていくかもしれない。 だけど……それでも俺は、君の味方でいるよ」
眠っているリオンは答えない。
ただ、胸の奥で規則正しく、新しい魔力の鼓動が刻まれ続けていた。
——それは、“魔力核の欠片”が宿った証だった。
『帰還 ― 村での異変と“核の影響”』
森から戻ったリオンを待っていたのは、
“魔力核の沈黙”によって生じた、村の環境変化だった。
植物の生育速度、動物の行動、井戸の水質……
リオンの目に見える違和感が次々と現れる。
そして、リオン自身の身体にも——
“ある変化”が起こり始めていた。




