7歳編・第54話:影魔獣群、襲来 ― レストの“本気”とリオンの覚醒
森の奥から吹き込む不気味な黒風。
耳元でかすれるような囁き声。
“ギ……ギィィ……”
影魔獣の気配が増えていく。
レストはリオンの肩に手を置いた。
「ここから先は……“数で押すタイプ”が来るよ。君は絶対に僕の後ろから出ないこと。いいね?」
「はい……!」
リオンは喉の奥が震えているのを自覚した。
それでも逃げようとは思わなかった。
(ここで逃げたら、俺のせいで村が危険になる……
父さんも母さんもリリィも……
絶対、守らなくちゃいけない)
拳を握りしめると同時に、黒い影が五つ、木々の間から現れる。
煙のような体が揺れ、赤い眼がぎらりと輝いた。
──ドッ。
影魔獣の足音が地面を叩く。
レストは小さく息を吐いた。
「よし。じゃあ……“僕の本気の半分”くらい見せてあげよう」
その瞬間。
レストの身体がぼんやりと揺れたかと思うと――
影魔獣の背後に一瞬で移動していた。
「っ!!?」
リオンの目には、一切の軌跡も見えない。
ただ、“気づいたらレストが別の場所にいた”
それだけだ。
次の瞬間。
パン。
本当に軽く叩いただけのような動作。
しかし影魔獣は、石を砕くような音を立てて粉々に砕け散った。
「……なに、今の……?」
リオンは呆然とつぶやいた。
レストは首を回しながら笑う。
「僕の《瞬刻歩法》。魔力で筋肉を誤魔化して、一瞬だけ身体能力を“百倍”にするんだよ」
「百倍……!?」
「正確には“百倍以上”だけど……君にはまだ内緒」
レストは片目をつむる。
その軽さとは裏腹に、空気には鋭い緊張が張り詰めていた。
森の奥から新たな影が迫ってくる。
一匹、二匹……
いや五匹、十匹……
二十匹……。
リオンは思わず後ずさる。
「こんなに……!? 全部、俺を探しに来てるの……?」
「そういうこと。
君の魔力は“灯台”みたいなものだからね。
影魔獣は離れていても反応する」
レストは肩をすくめて笑う。
「あーあ、完全に狙われちゃってるねぇリオンくん」
リオンの胸に冷たいものが走った。
(俺、そんな危険な存在なのか……?)
しかし落ち込む暇はなかった。
影魔獣たちが一斉に走り出す。
“ギィィィィ!!!”
黒い影が十数本、矢のようにレストへ突っ込む。
そのとき。
「リオン、よく見て」
レストの声は静かだった。
風が止まり。
空気が震え。
地面から浮き上がる土埃すら動きを止め――
レストは、消えた。
完全に。
影も、気配も、存在の音すらない。
次の瞬間。
“影魔獣たちの身体から、煙の柱が噴き上がった。”
何が起きたのか、リオンにはまったく理解できなかった。
気づけばレストはリオンの横に戻っており、手をぱんぱんと払いながら言った。
「うん、これくらいの数じゃまだ本気出す必要ないね」
リオンは言葉を失った。
(こんなの……普通じゃない……俺なんかが、ついていけるのか……?)
そのときだった。
――ドクン。
胸が熱く脈打った。
自分の魔力が、大きく揺れた。
「っ……!」
身体の奥から、何かが溢れてくる。
レストの表情が変わった。
「……リオン。君……魔力が自分で動き出してる」
「えっ……?」
レストは眉をひそめる。
「昨日の防壁で“臨界点”を超えたんだ。 魔力が君の意思とは別に…… “外へ出たがってる”」
リオンは息を呑んだ。
それはまるで、体の中にもうひとりの自分がいて、外に飛び出そうとしている感覚。
「リオン、絶対にそのままにしないで!」
レストが叫ぶ。
「暴走が始まる!!」
「っ、どうすれば……!」
「さっき教えたろ! “魔力の蛇口”を閉めるイメージ! 今すぐ魔力の流れを止めるんだ!!」
森が揺れる。
影魔獣たちの断末魔の余韻。
その中で、リオンはぎゅっと目を閉じ――
(止まれ……止まれぇぇぇ!!)
胸の魔力に意識を集中させる。
熱い奔流。
嵐のような光。
それを、両腕で抱え込むように――
ぎゅっ、と掴む。
――ドンッ!
地面が震えた。
魔力の流れが、再び止まった。
レストは大きく息を吐く。
「っぶな……!
本当に暴走しかけてたよ……!
あと三秒放置してたら、この森に“穴”が開いてた」
リオンは膝に手をつき、大きく息を吸う。
「は、穴って……世界に、穴が……?」
レストは真剣な目で言う。
「君の魔力量は、そういうレベルなんだよ」
リオンは震えた。
「……俺、怖い……。 俺のせいで誰かが死ぬのは……嫌だ……!」
涙がにじむ。
レストはそっとリオンの頭をなでた。
「怖がっていい。 泣いてもいい。 でもね――」
彼は優しく微笑んだ。
「君は、絶対に“悪い力”にならないよ。だって、守るために魔法を使ってるじゃないか」
リオンの目が大きく開く。
「力はね、意思に引っ張られるんだ。君が守りたいと思う限り、君の魔法は誰も傷つけない」
胸の奥で何かが溶けるように緩んだ。
レストは立ち上がり、森の奥を鋭く見る。
「さて……訓練再開といこうか。本隊が来る前に、君を“制御できる魔術師”にする」
リオンも顔を上げる。
「お願いします……レストさん」
影魔獣の群れは消えた。
だがこれは“序章”。
王都〈クロウズ〉の本隊が来るまで――
あと、わずか。
『レストの過去 ― 異端の魔術師が王都を捨てた理由』
影魔獣の群れを退け、
リオンの魔力暴走を未然に止めたレスト。
訓練の休憩中、
リオンはレストに“なぜ自分を守るのか”と問いかける。
そこで語られるのは、
王都で“天才”と呼ばれながらも切り捨てられ、
異能を理由に追放された少年の物語。
リオンとレストの絆が、
ここで初めて強く結びつく――。




