7歳編・第53話:影魔獣襲来 ― レストの秘密訓練開始
森の奥から漏れ出した異様な気配は、ただの魔物ではありえない“冷たさ”を帯びていた。
獲物を狙う獣の気配とも違う。
闇が動くような――
生命の温度を持たない不気味な波動。
レストは屋根から軽く飛び降りると、家族の前に着地し、真剣な眼差しで言った。
「まずいね……〈クロウズ〉が“影魔獣”を先に放つなんて。 本隊が来る前に、リオンくんの位置を特定するつもりだ」
影魔獣――
王都の魔術管理局が秘匿している特殊魔物。
黒い霧のような体を持ち、“未登録の膨大な魔力”に反応する。
つまり、リオンを探しに来ている。
父ダリウスは鍬を握り、震える声で言った。
「レスト殿……あれは危険なのか?」
レストは短く答えた。
「最悪だね。 村に入られたら――子どもから大人まで、無差別で襲うよ」
エルナはリオンを抱き寄せ、震えた。
「リオンを連れていく気なの……?」
「連れていくのは“守るため”だよ。 逆に言えば、ここにいたら守れない」
レストの声は柔らかいが、その奥に熱く鋭い意志があった。
リオンは一歩前へ出る。
「行きます。 ここで家族を危険に晒すぐらいなら……俺が動きます」
エルナの手が強く震えた。
だがリオンは微笑む。
「俺、大丈夫だよ。 レストさんが一緒なら」
レストは少し照れたように鼻をかく。
「信頼されるのは嬉しいけどねぇ……まあ、任せてよ」
■ 森の奥へ
レストに連れられ、リオンは村の裏手に広がる森へ走った。
木々のざわめきに混じって、遠くから黒い鳴き声のようなものが響く。
“ギィ……ギィ……”
あれが影魔獣の独特の「探査音」。
レストは歩幅を合わせながら言った。
「リオン。君には基礎が欠けてる。魔力量は規格外だけど、“使い方”を知らない」
「……使い方……?」
「そう。 君の魔力はただ溢れてるだけ。 水の入った樽をひっくり返し続けてるようなもの。 だから暴走もしやすい」
リオンは昨日の防壁を思い出す。
あのとき胸に走った“異様な熱”。
「暴走って……どうなるんですか?」
レストの足が止まった。
風がびゅっと吹き抜ける。
そして彼は振り返り、静かにこう言った。
「君自身が、魔力に飲まれる。 意思とは関係なく、魔法が発動し続ける」
リオンの背筋に冷たいものが走る。
「最悪の場合、周囲の魔力を全部吸い取る形で…… “世界に穴が開く”よ」
「……!」
冗談ではない。
笑顔のまま語られる内容ではない。
だがレストの目は真剣そのものだった。
「だから今から教えるのは―― “魔力を使う”のではなく、“魔力を制御する”方法だよ」
■ レストの異能
木々に囲まれた開けた場所に入り、レストは指を鳴らした。
パチン。
その瞬間、空間が薄く波打ち――
レストを中心に透明な魔力の泡が広がった。
「……な、にこれ?」
「僕の能力。《魔力領域》だよ」
魔力が風のように渦を巻く。
「この中では――」
レストの瞳が淡く光る。
「――君の魔力も、僕の魔力も“裸”になる」
「裸……?」
「隠しようがなくなるってことさ。 魔力の流れが全部見える。 君自身にもね」
たしかに、リオンには自分の身体に何か流れている感覚が伝わる。
血流とは違う。
温かい光の川が、全身を巡っている。
「これが……魔力……?」
「そう。 これを“掴める”ようになれば、君の魔法は一変するよ」
レストはリオンの手を取った。
「まずは流れを止めてみよう。 水道の蛇口を閉めるイメージだよ」
蛇口。
その言葉で、リオンの脳裏に前世の記憶がよみがえる。
(前世…… 俺、システムエンジニアで…… 水流制御のテストをした時の……)
レストは微笑んだ。
「思い出してきたね。 その“感覚”を使うんだ」
リオンは深呼吸し、体の中を流れる魔力に意識を集中させる。
温かい光。
全身を巡る流れ。
(止まれ……止まれ……)
次の瞬間――
レストの目が見開かれた。
「……!」
魔力の流れが、ピタリと止まったのだ。
「……やっ……た?」
「いや、ちょっと待って…… 君、本当にこの歳でやったの? 普通は数年かかるんだけど……」
レストは呆れたように笑った。
「天才通り越して、化け物じゃん」
リオンは照れて頬をかく。
そのとき――
森の奥から黒い霧が吹き出した。
「っ!!」
“ギィィィィィ……”
低い、鳥とも獣ともつかない鳴き声。
レストはリオンの肩を押す。
「リオン、魔力を解放して! 場所がバレるけど、こっちの準備が優先!」
「は、はい!」
リオンは魔力の蛇口を解き、身体に力をめぐらせる。
影が木々から伸び上がり、黒い獣の形を成していった。
影魔獣――
その姿は狼に似ているが、体は煙のように揺らめき、目だけが真っ赤に光っていた。
レストは腰を落とし、構えた。
「よし、リオン。 初めての“実戦訓練”だ」
「……!」
「だけど僕が全部守る。 君は“見て”、そして“学ぶ”。 それだけでいい」
影魔獣が跳んだ。
黒い稲妻のように、レストへ一直線。
「うおおおおお!!」
リオンの叫びが森に響く。
次の瞬間――
レストの姿が一瞬だけかき消え、影魔獣の背後に回り込んでいた。
「遊びは終わりだよ」
彼の足が地面を蹴る。
たった一撃。
軽く払っただけなのに――影魔獣は煙のように散った。
リオンは息を呑んだ。
レストは振り返り、笑った。
「さ、次のやつも来るよ。 今日はいっぱい学んでもらうからね」
闇の奥から、さらに複数の黒い影が揺れながら迫ってくる。
リオンの戦いの一日が、始まった。
『影魔獣群、襲来 ― レストの“本気”とリオンの覚醒』
次々と現れる影魔獣。
レストはそのすべてを一撃で粉砕するが、
リオンは彼の身体能力と魔力操作の異常さを間近で目撃する。
レストの過去、
彼が王都から追われる理由、
そして“リオンを守る”と決めた真意が
少しずつ明かされていく。
追い詰められる中で、
リオンの魔力に新たな変化が――。




