7歳編・第52話:レストの暗躍 ― 村を守るための裏側
王都の調査員が村を離れた翌朝。
村人たちはすっかり日常に戻っていたが、リオンの家だけは重苦しい空気に包まれていた。
母エルナは眠れぬ夜を過ごし、リリィは兄のそばから離れようとしなかった。
そしてリオン自身も――
昨日、自分が展開した防壁の感触を反芻していた。
(……あれだけの魔力を瞬時に使ったのは初めてだ。 レストが言っていた“暴走の兆し”……これがそうなのか?)
自分の力が、味方になるのか、敵になるのか。
まだ分からない。
だが――
村を守るためなら、家族のためなら、使わざるを得ないとリオンは理解していた。
■ レストは“その瞬間”を見ていた
そのころ、村の外れ。
森の中で風に髪を揺らしながら、白髪の青年レストが一人、木にもたれていた。
「やっぱり使ったか……。 あんな明確な防御魔法を即展開…… ただの“天才”で済むレベルじゃないねぇ」
彼は耳に触れ、指先で魔力を軽く弾く。
ぱちん。
その微細な波動は、村の周囲に張り巡らされた“簡易結界網”を通って広がった。
「昨日の調査員、二人とも“表の人間”だった。 つまり、まだ本命は来ていない。 だったら僕がやることは……」
レストは口角を上げた。
「――“外から誰も入れないようにする”。 これに尽きるよねぇ」
彼は森の中を歩きながら、木々の根元、石の裏、地面の下へと次々と魔符を埋め込んでいった。
■ 魔符の正体
レストの魔符は、小さな紙片のように見えるが、ただの結界札ではない。
「ふふ、王都式結界を“逆回路化”した超レアもの。 本来は都市の外に貼ると“不審魔力を遮断する”やつなんだけど…… これを“細工”すると、なんと」
魔符が淡く光り、空気が揺れる。
「“王都の魔力を弾く”という、 とんでもない結界に化けまーす」
つまり次に調査員が来たとしても、王国騎士が来たとしても、“村の結界に阻まれて入れない”ということだ。
王都にバレれば、即死刑級の大罪。
だがレストは軽い声で笑う。
「どうせ僕、任務放棄して逃走中の身だしねぇ。 今さら首が飛んでも問題ないよ」
彼の表情には迷いが一つもない。
「リオンくんは守る。 この世界で、僕が守るって決めたんだ」
そうつぶやいた瞬間――
遠くから風が不穏に揺れた。
「……来たか」
レストの表情が鋭くなる。
■ “黒い手紙”
一方そのころ、リオンの家。
朝食を終えたころ、家の扉にコトン、と何かが置かれる音がした。
父ダリウスが外へ出てみると、そこには“真っ黒な封筒”が落ちていた。
手に取ると、冷たい魔力の波動が走る。
「……これは……王都の……!」
その声に、リオンも駆け寄った。
封筒を開くと、中には一枚の紙。
《王都魔術管理局・回収部隊〈クロウズ〉による査察を通知する》
《対象:未登録魔力量保持者》
《本通知より三日以内に被対象者を保護・引き渡さない場合》
《家族・村全体に対し責任を問う》
震えるエルナの声。
「……ひき……わたし……?」
「村全体……に責任……?」
リオンの胸に、冷たい怒りが湧き上がる。
(脅迫か…… 俺だけならともかく、村全体を……?)
父は紙を握り締めて言った。
「リオン、お前は絶対に渡さん。 相手が誰だろうと関係ない」
エルナも強くうなずく。
「あなたは私たちの子よ。 誰にも触らせない」
リオンは唇を噛んだ。
(父さん母さん……ありがとう。 でも、相手は〈クロウズ〉。 あいつらは……)
前世の記憶が蘇る。
王都史に僅かに記載が残っていた。
“回収部隊〈クロウズ〉は、異能者を殺さずに捕らえることに特化した暗部組織”
逃げるだけでは無理だ。
戦わなければならない。
だが――
(勝てる相手じゃない)
リオンは自分の小さな拳を見つめる。
魔力はある。
才能もある。
でも、戦闘経験は、圧倒的に足りない。
そのとき。
窓の外から声が落ちてきた。
「やあ、回収部隊から“招待状”が届いたみたいだねぇ」
全員が振り向く。
そこには、いつの間にか屋根の上に腰かけているレストがいた。
「……レストさん!」
リリィがぱっと表情を明るくする。
レストは軽く片手を上げて言った。
「家の前、結界で守っといたから。 もう王都の魔力は侵入できないよ」
父と母は目を見開く。
「ま、そんなわけで――」
レストはニヤリと笑った。
「リオンくん。 そろそろ“戦う練習”しようか?」
空気が一気に変わった。
リオンの心臓がどくん、と跳ねる。
「……戦いの……練習……?」
レストはひらひらと手を振った。
「もちろん本番は避けたいよ? でも、相手は〈クロウズ〉。 逃げても“必ず見つけてくる”連中だ」
リオンはごくりと唾を飲む。
レストの声が低く落ちる。
「だからリオン。 君には“使い方”を教える。 その魔力の、本当の使い方をね」
リオンの胸の奥で、熱く静かな炎が灯る。
「……教えてください。 俺は……守りたい。 この村も、家族も……全部」
レストは満足そうに笑う。
「言うと思った。 じゃあ、今日から始めよう」
その瞬間――
森の奥から、不気味な気配が漂ってきた。
“黒い鳥の鳴き声”のような、干からびた魔力の音。
レストが顔を上げる。
「……おや。 思ったより早いね。〈クロウズ〉の“影魔獣”がもう放たれたか」
リオンはぞくりと背筋を震わせた。
三日後のはずだった“査察”は、もう始まっていた。
『影魔獣襲来 ― レストの秘密訓練開始』
村の外周に、漆黒の“影魔獣”が現れ始める。
王都〈クロウズ〉の先遣隊として、
標的であるリオンの魔力を探知するための“嗅覚兵器”。
村に近づけさせないため、
レストはリオンを森の奥へ連れ出し、
本格的な魔力操作の訓練を開始する。
そこで明かされる、
レスト自身の“異能”と、
リオンが秘めた“危険すぎる特性”。
静かな村に、戦いの影が迫る――。




