表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/147

5歳編・第7話:夏の雨と、妹リリィの笑顔

事故から一月。

リオンの頭の傷はすっかり治り、日常が少しずつ戻ってきた。

けれど彼の中では、何かが確実に変わっていた。

時折ふとした瞬間に、前世の記憶の残滓が蘇るのだ。


キーボードの打鍵音。

パソコンのモニター。

焦げたカップ麺の匂い。

そして、あの孤独な夜の光景。


(……あれは夢じゃない。俺は、確かに“別の世界”にいた)


けれど、ここには“家族”がいる。

笑顔で迎えてくれる母。

黙って支えてくれる父。

そして――小さな妹、リリィ。


それが、何よりも嬉しかった。


***


その日、村には夏の雨が降っていた。

空はどんよりと曇り、屋根に当たる雨粒の音がぽつぽつと響く。

エルナは縫い物をしており、父のダリウスは納屋で農具の修理をしていた。


リオンは家の縁側で、リリィを膝に乗せながら外を眺めていた。


「おにいちゃん、あめのにおい、すきー!」

「うん、ぼくもすきだよ。なんか、やさしい匂いがするね」


リリィは小さな指で雨の滴をつまもうとして笑う。

「つかまえた!」

「え、ほんとに? どれどれ……」


リオンは手を伸ばすが、リリィの掌にあるのは水滴ではなく、淡い光の粒だった。


「……え?」


それは、雨に混じるようにして漂う小さな光――まるで“精霊”そのものだった。

淡い青と緑の光が、リリィの周りでふわふわと踊っている。


「きれい……」

リリィの瞳がキラキラと輝く。


リオンの胸にざわめきが走った。

(まさか、リリィも……?)


その瞬間、光の粒たちはふっと消えた。

まるで、彼女の純粋な笑顔に導かれるように消滅したのだ。


「……“癒しの子”……」


風が、確かにそう囁いた。


「癒しの……?」

リオンがつぶやくと、声は消える。


しかしその意味を知るのは、もう少し先のことだった。


***


「リオン、手を貸してくれ!」

父の声が納屋から響く。

「はい!」


彼はリリィを母に預け、納屋に走った。

そこでは、古い鋤の刃が錆びついていた。

「この雨で道具がやられちまった。明日の作業の前に直しておきたい」


リオンは工具を手渡しながら、ふと思った。

(この刃……青銅だ。すぐに欠けるし、磨いても限界がある)


前世の知識が頭をよぎる。

(もし、鉄を精製できたら――もっと効率よく農作業ができるのに)


だが、ここではそんな技術は知られていない。

火を扱う鍛冶屋が一人いるだけで、道具の素材は“神から授かったもの”と信じられていた。


(この世界の常識を壊さないように……でも、いつかきっと改善できる)


父と並んで作業をしながら、リオンはそんな未来を思い描いていた。


「よし、これで当分は使えるな」

ダリウスが額の汗をぬぐう。

「リオン、助かった。お前、ほんとに器用になったな」


リオンは照れ笑いを浮かべた。

(いや、前世でネジ一本締めるのに比べたら、こんなの簡単だよ)


だが、言葉にはしなかった。

今の自分は“リオン”なのだ。


***


夜。

雨はやみ、窓の外には静かな月明かりが差し込んでいた。

リオンはリリィを抱きかかえ、縁側に座る。


「リリィ、今日は楽しかったね」

小さな妹が笑顔でうなずく。


「うん、おにいちゃんと遊べたから、たのしかった!」


リオンはふと、前世の孤独な日々を思い出す。

会社のオフィス。

誰も褒めてくれない成果。

疲れ切った自分。


(あの頃に比べたら、今は……ずっと幸せだ)


雨上がりの空気には、微かな香りが混じる。

森の草や土の匂い、花の香り、そして水の匂い。

その全てが、彼の胸の奥を静かに満たした。


「……これが、生きるってことなのかな」


リリィはリオンの手を握り、柔らかく笑った。

その温もりに、少年は思わず目を閉じる。


「リリィ、約束するよ。おにいちゃん、ずっと守るからね」


「守る……」

風がささやく。

「その力は、やがて世界を変える」


リオンは肩をすくめ、微笑む。

(まだよくわからないけど……でも、なんだか嬉しい)


その夜、縁側に座る二人の影は、柔らかい月光に包まれていた。

世界はまだ小さく、未完成だ。

だが、少年の心には、確かな希望が芽生えていた。

――前世の痛みも孤独も、今ここでは意味を持たない。

この世界で生きる自分、リオン・レインフォードとして、

彼は家族と共に歩むことを選んだのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ