7歳編・第51話:静かなる嵐 ― 村に忍び寄る王国の影
翌朝。
レストが去ったその日の空は、不気味なほど澄みわたっていた。
村は平和そのもの。
市場ではおばさんたちの元気な声が飛び交い、子どもたちは畑の脇で走り回っている。
しかし――
リオンの胸には、昨夜のレストの言葉が重く沈んでいた。
(“王都は必ず動く”……か)
どんな形で来るのか。
いつ来るのか。
それは誰にも分からない。
けれど、不意に村の空気に「違和感」が紛れ込んでいるのを、リオンだけは確かに感じていた。
■ 村に現れた“見知らぬ男たち”
午前のこと。
父ダリウスと一緒に畑仕事をしていると、見慣れない2人の男が村の入口付近をうろついていた。
背は高く、旅人にしては武装が妙に整っている。
腰の剣は軽登山用ではなく、明らかに実戦向けのもの。
(……冒険者じゃない。 兵士の動きだ)
リオンの目が鋭く細まる。
男の一人が村人に話しかける声が聞こえた。
「――この村に、“不思議な魔力を使う子ども”がいると聞いたのだが?」
全身が反射的に強張った。
(……来た)
父ダリウスの手が止まる。
男たちは村人から情報を聞き出そうとしているらしい。
「昔から、こういう平和な村ほど監視が甘いものでね。 王都の方から“調査協力”を頼まれている」
(王都の……調査……)
表向きは柔らかい言葉だが、目が笑っていない。
■ 父と子の“警戒”
ダリウスは鍬を置くと、低い声で言った。
「……リオン、今日は家に戻れ」
父の瞳には明確な“警戒”が宿っていた。
「あいつらはギルドの関係者じゃない。 軍……もしくは王家直属かもしれん」
リオンは強くうなずく。
「分かった。母さんとリリィを守る」
ダリウスは息を呑み、まるで息子が7歳であることを忘れたように言った。
「頼んだぞ」
それだけで十分だった。
父は息子の力を信じている。
昨日の決断は、家族全員が共有していた。
リオンは急ぎ足で家へ向かう。
■ 家の中の緊張
家に戻ると、エルナとリリィが物陰から外をのぞいていた。
「リオン!? 来てくれたのね」
「村の人が……変な男の人とお話してるよ……」
リオンは窓際に近づき、2人を手で制して静かにしゃがませた。
「母さん、リリィ、絶対に外に出ないで」
エルナは不安げに、しかし強い意志でうなずいた。
「リオン……あなたの言う通りにするわ」
リリィは唇を噛んで、兄の袖をぎゅっとつかんだ。
「おにいちゃん、たたかわないよね……?」
「まだ戦わないよ。 でも、守る準備はしておく」
リオンはリリィの手をやさしく離した。
その瞬間――
ドン、ドン、と家の外から荒いノック音が響いた。
家族全員が息を止める。
「ごめんくださーい! 失礼しまーす! 王都の調査員でーす!」
調査員。
昨日レストが燃やした任務書が脳裏に浮かぶ。
(やっぱり……レストが動かなくても、王都は来るんだ)
リオンは一歩前へ出た。
震えはなかった。
■ “調査員”の訪問
玄関を開けると、例の男たちが立っていた。
笑顔は貼り付けたように不自然で、目だけが鋭くこちらを観察している。
「こんにちは。 少しお話を伺いたくてね」
リオンは何も言わずに立っている。
男は続けた。
「この家に、少し変わった魔力を持つ子どもがいると……」
その瞬間。
リオンの背後から母エルナの声が飛ぶ。
「うちの子に失礼なことを言わないでください。 魔力があろうと、何があろうと、関係ありません」
母の声は震えていたが、強く張りつめていた。
男は口元を歪める。
「まあまあ、脅しているわけではありませんよ。 国への“協力”をお願いしているだけでして」
(協力=強制、だ)
リオンは一歩前に出て、男たちを見上げた。
「俺は……“普通の子ども”です。 王都に行く気もありません」
男たちは一瞬黙り込む。
視線がリオンの体を細かく、厳しく観察した。
そして――低くつぶやく。
「……なるほど。 報告されていたより、ずっと“安定している”な」
(バレてる……)
男はパチンと指を鳴らし、後ろにいた部下に合図した。
「よし。 連れて行け」
空気が変わった。
殺気。
エルナが悲鳴をあげ、リリィが泣き叫ぶ。
だが――
男たちが動くより先に、リオンの魔力が先に動いた。
(家族に……触らせるわけにはいかない!)
青白い魔力がリオンの足元から噴き上がり、瞬時に家の前へ防壁が展開する。
バンッッ!!
透明な魔力壁に男たちが弾かれた。
「なっ……これは……!?」
男たちは一瞬で表情を変えた。
「やはり……“異能級”か……!」
リオンの声は震えていなかった。
「帰れ。 俺は王都には行かない。 誰にも連れて行かせない」
防壁から立ち上る魔力風が、彼の7歳の姿とは釣り合わない重圧を持っていた。
男たちは一歩、また一歩と後退する。
「……任務外の戦闘は避けろ。 ここは引くぞ!」
部下の一人が叫ぶ。
男たちは舌打ちして踵を返した。
「だが覚えておけ、少年。 次に来るのは我々ではない。 本物の“回収部隊”だ」
リオンは何も言わず、ただ彼らが去るのを見つめた。
防壁はゆっくりと消えていく。
家の中では、母と妹が震えながら抱き合っていた。
リオンは振り向き、2人の元へ歩み寄る。
「大丈夫だよ。 絶対に……誰にも渡さない」
その言葉に、エルナは腕で顔を覆い泣き始めた。
リリィは泣きじゃくりながら、兄の胸に顔を押しつける。
「おにいちゃん……こわい……!」
リオンは2人を抱き寄せ、強く、強く抱きしめた。
(戦う覚悟はある。 でも本当は……こんなこと、したくないのに)
少年の小さな背中は震えていた。
王都の影は、確実に村へ忍び寄っていた。
そしてリオンはまだ知らない。
――この日の夕暮れ、
村の外れで“レストの姿”を見たという証言が
村人の間でひそかに広がり始めることを。
『レストの暗躍 ― 村を守るための裏側』
王都の調査員が撤退した裏で、
レストは密かに村の“結界網”を張り巡らせていた。
自ら任務を放棄しながらも、
彼はリオンの自由を守るために動き続ける。
しかし王都は次の刺客を送り込む準備を始めていた――
回収部隊。
静かな村に、再び波乱の兆しが近づく。




