7歳編・第50話:決断の夜 ― レストの“本当の任務”
夜。
ルーミア村に静寂が落ちたころ。
レインフォード家の灯りだけが、まだ消えていなかった。
リオンは家族の前に座り、深く息を吸い込む。
(決めなきゃいけない…… 何を守りたいのか。何を選ぶのか)
父ダリウスが、穏やかな声で口を開いた。
「リオン。
王都に行くかどうかは、お前が決めていい。
だが……今日、ギルドの男が言っていた。
“明日中に返事が欲しい”とな」
母エルナが心配そうに目を細める。
「無理に背負う必要はないのよ。 あなたは7歳なんだから……」
リリィは父の膝にしがみつきながら、涙声で言った。
「おにいちゃんは、ここにいて……」
リオンの胸に、じんわりと温かさが広がった。
7歳の小さな胸で、どれほどの葛藤を抱えていたのか。
家族の言葉は、その重さをすべて受け止めてくれた。
リオンは静かに口を開いた。
「俺は……王都には行かない」
家族は息を呑む。
「村を守る。 そして、みんなと一緒に暮らしたい。 ここが……俺の居場所だ」
その瞬間、母の瞳から涙がこぼれた。
「リオン……本当に……?」
リオンは強くうなずいた。
父はゆっくり立ち上がり、リオンの肩に手を置いた。
「分かった。なら、お前の選択を守ろう。 何があってもな」
リリィは泣きながら抱きついてくる。
「ずっと、いるよね……?」
「もちろんだ」
家族の温もりに包まれながら、リオンは心の奥がようやく落ち着いていくのを感じた。
だが――
その静けさは、外から忍び寄る影によって破られる。
窓の外に、淡い“青い光”が揺らめいた。
(……レストだ)
■ レストの訪問
家族が寝静まった深夜。リオンだけは、なぜか眠れなかった。
――ピン……と空気が張りつめる。
外から気配が近づく。
「……リオン。起きているか?」
小さく控えめな声。
レストのものだ。
家族に気取られないよう、リオンは玄関の戸をそっと開けた。
外には月光の下、青白い魔力をまとったレストが立っていた。
(昨日より……魔力が重い?)
レストはリオンの顔を見つめ、弱く微笑んだ。
「君がどんな答えを出すのか…… 少し気になってね」
「レストさん。俺は……王都には行きません」
レストのまぶたが小さく動いた。
「……そうか」
彼はゆっくりと息を吐いた。
「なら、話しておかなければならない。 私の“本当の任務”を」
リオンは固唾をのんだ。
レストは月に顔を向け、静かに告げた。
「私は――王国直属の“特殊監査官”だ。 ギルドは隠れ蓑にすぎない」
(……!)
レストの声は淡々としていたが、その背後に潜む緊張は異様だった。
「君のように“規格外の魔力”を持つ者は、本来であれば王都に連行し、王家の監視下に置くことが義務付けられている」
(連行……!)
リオンは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
レストはうつむきながら続ける。
「だが……私は、昨日君を見て、迷いが生まれた。
君は――村のために、自分の力を使おうとしている。
その姿を見て……強制的に引き離すことが正しいのか、分からなくなった」
(レストさん……)
「だからこそ、君の“意志”を聞きに来たんだ」
リオンは迷いなく答えた。
「俺は……家族といたい。 村のみんなを守りたい。 王都になんて……行かない」
レストの眉がわずかに動く。
風が吹き、彼のマントが揺れた。
「……もし、私が君を連れて行けと言ったら?」
「抵抗します」
レストは、ほんの一瞬だけ目を見開き――
そして小さく笑った。
「言うと思ったよ。 君は、そういう子だ」
次の瞬間。
レストは腰のケースから、一枚の黒い手帳を取り出した。
表紙には王家の紋章。
(これって……)
「これは私の任務書だ。
君を“王都へ連行せよ”と明記されている。
本来であれば、私の手で君を連れて行かなければならない」
息が止まる。
レストはその手帳をリオンに見せ、
次の瞬間――
ボッ
青い炎が静かに手帳を包み込み、跡形もなく燃やした。
(……え!?)
「今日限りで、私は君を“監査対象”から外す。 君が望むなら……村で生きる未来を選んでいい」
月明かりの下で、レストの横顔はどこか寂しげだった。
「ただし――王都は必ず動く。
君ほどの魔力量を、黙って見ているほど甘くはない。
サリムのような者が、また来るだろう」
リオンは拳を握った。
(やっぱり……逃げられないか)
「でも、今だけは……君の“自由”を守りたかった」
レストはリオンの頭を軽く撫でた。
「君が選んだ道を……私は応援する」
そして背を向け、歩き出した。
「レストさん!」
思わず呼び止める。
レストは振り返らずに言った。
「君は――自由だ。 だからこそ、強くなれ。 どんな未来を選んでも後悔しないように」
淡い青光を残し、彼の姿は闇の中へ消えていった。
■ 家へ戻るリオン
家に戻ると、リリィが布団の中で泣き腫らした目をこすりながら起き上がった。
「おにいちゃん……どこいってたの……?」
「ちょっと、外の空気を吸ってただけだよ」
リリィは安心したように、ぎゅっと抱きついてきた。
「おにいちゃん、どこにもいかないよね……?」
リオンは小さく笑い、妹の髪を撫でた。
「うん。 俺はここにいる。 ずっと、みんなのそばに」
リオンの胸には、レストとの約束とは別の、もっと深く強い決意が宿っていた。
(王都が来ても…… 誰が来ても…… 俺は絶対に、この場所を守る)
その夜、
少年は初めて“戦う理由”を手にした。
『静かなる嵐 ― 村に忍び寄る王国の影』
レストが去った翌日。
ルーミア村には一見平和な日常が戻る。
だが、その裏で――
王都はすでに次の手を動かし始めていた。
村人たちの日常の中に、不自然な違和感が忍び寄る。
リオンの決断は、まだ序章にすぎなかった。




