5歳編・第6話:石の痛みと、失われた記憶
初夏の陽射しが、畑を照らしていた。
村の子供たちは学校などというものはなく、昼間は家の手伝いや遊びで忙しい。
リオンも例外ではなかった。
今日は友達のカイルとメル、そして数人の子どもたちと一緒に、丘の上の古い井戸跡を探検していた。
「ここ、昔は水が出てたんだって!」
カイルが胸を張って言う。
「でも、底が深くて、今は誰も近づくなって言われてるんだ」
「じゃあ、見てみようよ!」とメル。
リオンは胸が高鳴った。
(危ないって言われるほど、見たくなるんだよな……)
井戸の縁は崩れかけていた。
石がボロボロで、近づくだけでガラリと音を立てる。
だが、リオンは怖さよりも興味が勝った。
「おーい、下に何か見える?」
カイルが覗き込む。
リオンも身を乗り出して――足を滑らせた。
「リオンっ!!」
瞬間、視界が回転する。
空と地面が入れ替わり、頭の中で何かが弾けた。
鈍い衝撃と、石の冷たさ。
ゴツッ――。
全てが白く霞む。
***
遠くで誰かの泣き声がした。
リリィの声だ。
「おにいちゃああん!!」
まぶたの裏に、光が走る。
懐かしいキーボードの音。
モニターの青白い光。
疲れ切った手が、コーヒーの缶を掴む。
――“藤堂亮介、進捗どうなってる?”
上司の冷たい声。
“納期、明日だ。家に帰るな。”
(あ……俺……また、徹夜か……)
崩れかけた記憶が、断片的に蘇る。
ブラック企業。
深夜のオフィス。
机の下で仮眠を取る同僚。
そして、モニターに映るプログラム名。
「rion_001.exe」
(……これ、俺の、コード?)
画面の奥で、何かが溶けて消えていく。
まるで、データそのものが“削除”されているように。
「ま、待て……やめろ、それは……!」
亮介――いや、リオンの心が叫んだ。
次の瞬間、視界が切り替わる。
青空。
風。
母の声。
「リオン! しっかりして! お願い、目を開けて!!」
エルナの泣き声が耳に届く。
リオンは、ゆっくりとまぶたを開いた。
「……おかあ、さん……?」
エルナの目が見開かれ、涙があふれる。
「よかった……よかった……!」
リリィが泣きじゃくりながら、兄の手を握る。
「おにいちゃん、いなくなっちゃうかとおもった……!」
リオンは、ぼんやりと微笑んだ。
「……ごめんね。もう、大丈夫だよ」
だが、心の奥では混乱が渦巻いていた。
(藤堂亮介……? 俺は……誰だ?)
ふたつの名前が重なり、ふたつの人生が交錯する。
異世界の土の匂いの中に、オフィスの蛍光灯の光がちらついた。
***
夜。
リオンはベッドで天井を見つめていた。
頭の痛みはもう引いていたが、胸の奥がざわつく。
「……前の世界の、俺は……」
何かを作っていた。
プログラム。
無数のシステム。
そのすべてを、神様に頼んで“消してもらった”。
――でも、なぜ?
眠れぬまま、彼は空を見上げた。
窓から差し込む月の光が、頬を照らす。
「リオン……」
あの風の声が再び囁いた。
「おもいだすのは いたみ。
でも それが、きみを つよくする」
リオンは目を閉じた。
痛みの中に、確かな温かさを感じた。
家族の声。
妹の手のぬくもり。
この世界にある“生の感触”。
――もう、あんな過労と孤独には戻りたくない。
彼は小さく呟いた。
「……もう一度、生きてみよう。この世界で」
月光の中で、風がやさしく笑った。
「それでいい。リオン。
きみの旅は、いま はじまったばかり。」
***
――転生者、リオン・レインフォード。
その魂が再び“創造”の炎を灯した夜、
世界は静かに、その胎動を始めた。




