7歳編・第40話:魔力リハビリ開始 ― そして“第二の声”
翌朝。
リオンはまだ体の重さを引きずりながらも、なんとか食堂へ歩いていった。
「お兄ちゃん、大丈夫……?」
リリィが心配そうに覗き込む。
「うん、昨日よりはちょっとマシになったよ」
そう言うと、リリィは本当に嬉しそうに笑った。
テーブルに並べられたミアおばさんの朝食は、いつもよりずっと優しい味だった。
スープは薄味で、パンも柔らかく焼かれている。
(……ありがたいな)
大人たちが、村全体が、自分を気遣ってくれているのを感じた。
魔力ゼロになって初めて、リオンは“この世界で生きている”実感を強く味わっていた。
朝食後――
アリシアがリオンを家の裏手の広場へ連れ出した。
「まずは基礎。 魔力リハビリの最初の訓練を始めるわね」
「魔力リハビリって……なんか、 じいちゃんがやるやつみたいだな」
「ふふっ。その通りよ。 魔力ゼロは立派な大怪我だから。 焦らずゆっくり、ね?」
そう言ってアリシアはリオンの胸に手を当てた。
「じゃあ、始めるわよ。 まずは昨日やった“呼吸法”から。 はい、吸って……止めて……吐いて……」
アリシアの声は、小川のせせらぎみたいに優しい。
リオンは言われた通り呼吸に集中する。
ひゅー……
すー……
はぁ……
呼吸に合わせて、胸の奥に
小さな光の粒が吸い込まれ
ゆっくり循環していくような感覚があった。
(魔力……戻ってきてる……?)
アリシアが頷いた。
「そう。今のは“空気の魔素”よ。 周囲に当たり前のように存在してる魔素を取り込むことで、生命魔素が生産されるの」
「へえ……すごいな……」
「あなたが知らないだけで、この世界は“魔素”で満ちているのよ。 あなたは吸って、流して、溜めていく。 それで魔力が作られるの」
その説明はシステムエンジニア時代の“電流”や“メモリ”の概念に少し似ていて、リオンは妙に理解が早かった。
(魔力はエネルギーで、魔核がCPUで……生命魔素は電源みたいなものか)
思考の中で勝手に図式化されていく。
アリシアは気づいて、くすりと笑った。
「やっぱり飲み込みが早いわ。 あなた、教えてて楽しいもの」
「褒めすぎだよ」
「本当のことよ。はい、次——“歩行法”。 歩きながら魔素を取り込む練習をしましょう」
訓練は午前いっぱい続いた。
歩くたび、空気の粒が胸に吸い込まれ、血管に沿って駆け巡る。
ゆっくりと……
確かに魔力らしきものが体へ戻ってくるのをリオンは自分で感じていた。
(……戻ってきてる……本当に……)
夕方になる頃には、リオンはひとりで立つのも楽になっていた。
「アリシア……ありがとう。 本当に助かったよ」
「お礼を言うのはまだ早いわよ。 魔力核の再起動は、これからなんだから」
そう言って彼女は指先でリオンの額をつつく。
「あなたの魔力核は規格外。 普通より何十倍も複雑で、本来なら子どもの体じゃ絶対扱えないもの。 だから無理はしないで」
「……うん」
言いながら、リオンはふと胸騒ぎを覚えた。
(なんだろ…… 胸の奥が……ざわざわする……)
アリシアが心配そうに近づく。
「痛む? 苦しい?」
「いや……違う。なんか……」
言い終える前に。
――ピッ……。
頭の奥で、何かが点灯したような感覚が走った。
(……え?)
もう一度。
ピッ……ピッ……
(……なんかの、信号?)
デジタル的な、機械的な、どこか懐かしい“電子音”に似ていた。
リオンが眉をひそめた瞬間——
――【起動……確認……】
「!?」
今度は、はっきりと“声”だった。
だがレガリアの声とは全く違う。
冷たい。
機械的。
温度を感じない、無機質な音声。
(誰だ……?)
アリシアが気づいて寄ってくる。
「リオン? どうしたの?」
「い、いや……なんか…… 変な“声”が……」
アリシアの表情が固まった。
「まさか……レガリアの残滓?」
「違う……もっと……機械みたいな声……」
リオンの視界が揺れた。
まるで、脳内に“ウィンドウ”が開くように。
■■■■■■■■■■
【創造核 再起動】
■■■■■■■■■■
(……創造核?)
次の瞬間、脳内に無機質なシステム音声が響き渡った。
――【使用者認証……】
――【記録照合……】
――【不一致——データ欠落】
――【補完領域を開放します】
(やばいやばいやばい!?)
「アリシア!!」
リオンは叫んでアリシアへ縋る。
アリシアは驚きながら抱きとめた。
「リオン!? どうしたの!? どこが痛いの!?」
「頭の……中で……なんか……勝手に……!」
――【補完開始】
――【創造領域“rion_####”の破損を確認】
――【修復プロセスを開始します】
胸が締めつけられた。
“rion”
それは――
(俺が……前世で作ってた……システムの残骸……?)
封印前のレガリアとは全く別の、前世に由来する“異物”が魔力核の再起動に干渉している。
アリシアは状況を悟った。
「……リオン。 あなた、意識を保てる?」
「わからない……」
アリシアは強く抱きしめた。
「大丈夫。私がそばにいる。 離れないから……!」
リオンは震える手でアリシアの腕を掴んだ。
(負けるな……俺……!)
――【補完完了】
――【起動準備……完了】
直後。
胸の奥から小さな光が“脈打つ”ように弾けた。
ぽん。
「っ……!」
視界が白く染まる――
(……あれは……)
どこか遠くで、レガリアではない別の声が呟く。
――【使用者を補助します】
――【あなたは、独りではありません】
(……誰だ……?)
声は続いた。
――【私は“第二の声”。あなたが生み、そして忘れたもの】
白い光が消える。
アリシアの叫び声が聞こえた。
「リオン!!」
リオンはゆっくり瞼を開く。
そこには泣きそうなアリシアと、驚いたリリィたちの姿。
胸の奥には……ほんの少しだけ戻った魔力の温もり。
(生きて……る……)
そして脳内に、小さく確かに残る。
――【起動完了】
“第二の声”の存在が。
それは、レガリアとは違う。
敵ではない。
しかし——
味方とも限らない。
前世で作られ、消されたはずの“欠片”。
それが今、リオンの魔力核の内部で静かに動き始めていた。
『第二の声の正体と、創造核の危険性』
前世の“消えたはずのプログラム”が、
魔力核の中で復活してしまった。
それは味方か、敵か――
リオンは自分の体に潜む新たな“存在”と向き合う。
そしてアリシアは、
リオンの魔力核の異常を王都へ報告すべきか迷い始め……?




