7歳編・第39話:封印の代償 ― 魔力ゼロからの再起動
レガリア封印から一夜が明けた。
リオンは、布団の中で目を覚ました瞬間――
全身の“空っぽさ”にめまいを覚えた。
(……魔力が……ない……)
体の中心にあったはずの温かい流れが1滴も感じられない。
動こうとしても、指先がじんわり重たく、体が鉛を抱えているようだった。
「……リオン」
そっと襖が開き、アリシアが入ってきた。
彼女は湯気の立つお粥を盆にのせ、不安と安堵が混じるような顔で近づいてくる。
「起きられた? どう、体の状態は?」
リオンはゆっくり身を起こし、苦笑しながら答える。
「うん……なんか、体が…… ふにゃってしてる……」
アリシアは少し吹き出した。
「そりゃそうよ。 魔力ゼロなんて、本来なら昏睡しててもおかしくないもの。 あなた、よく意識を保ってたわね……」
(意識だけでも……守らないと)
そんな言葉が浮かんだが、声に出す前にアリシアがお粥の椀を差し出した。
「はい。まずは朝ごはん。 魔力が枯渇した体は、栄養をしっかり取らないと復元が遅れるわ」
リオンは一口すくい口に含む。
――優しい味だった。
温かくて、少しとろりとして。
胃の奥にしみ込むように広がる。
(……ああ……生きてる……)
思わず、ほっと息が漏れた。
アリシアは穏やかに微笑む。
「ねえ、リオン。 魔力ゼロからの回復には段階があるの。 まずは――“生命魔素”の再生」
「生命魔素……?」
「体が自然と生み出す、ごく小さな魔素よ。 血の中の鉄みたいなもの。 これが増えないと、魔力の器が回復しない」
リオンはぼんやりと自分の胸元を見つめた。
(俺の中の……魔力の器……今は空っぽなんだな……)
アリシアは続ける。
「生命魔素が回復したら、次は“魔力核”の再起動。 ここで魔力を少しずつ扱えるようになる」
「じゃあ…… 創造魔法は?」
アリシアは申し訳なさそうに目を伏せた。
「……しばらくは無理ね。
創造魔法は魔力を高度に扱う技術だから。
あなたは今、赤ちゃんみたいなもの。
まずは歩く前に、座る練習をしないと」
リオンは思わず苦笑した。
「魔法の……赤ちゃんか……」
「ええ。とっても可愛いわ。 私がちゃんと育ててあげる」
へらり、と笑って言うから、リオンは逆に赤くなった。
「育てるって……俺はぬいぐるみかよ……」
「ぬいぐるみより可愛いわよ?」
(……なんでこの人は平然と爆弾落としてくるんだ……)
アリシアの言葉に動揺しながらも、胸の奥がじんわり温かくなる。
その時、襖が勢いよく開いた。
「お兄ちゃーん! だいじょうぶなのー!?」
リリィが飛び込んできた。
後ろからミアおばさんも慌てて追いかけてくる。
「リリィ! 走っちゃダメ! お兄ちゃんは病み上がりなのよ!」
「だって…… おにいちゃん、しんじゃうかもって……!」
リリィの大きな瞳には涙が浮かんでいた。
リオンは胸が締めつけられるようだった。
「大丈夫だよ、リリィ。 死なないよ。ほら、こうして生きてる」
「ほんと……? ほんとにほんと……?」
「ほんとにほんとにほんと」
リリィは安心したようにリオンへ抱きつく。
その小さな体の温かさが、魔力ゼロの体にしみわたっていくようだった。
ミアおばさんは深いため息をつきながら微笑む。
「リオン、本当に…… よかったわね……」
アリシアも小さく頷いた。
「まだ油断はできないけれど、命に関わる危険はもうないわ」
リオンはゆっくり息を吐いた。
(……よかった…… 本当に……終わったんだ……)
だが――その瞬間。
アリシアが眉をひそめた。
「……あれ?」
「ど、どうしたの?」
「……レガリアが……妙ね」
部屋の棚を見る。
封印されたはずのレガリアは確かに静かに置かれている。
だが――
その表面の魔石の奥深くで、微細な光が脈打つように揺れた。
アリシアの表情が険しくなる。
「……おかしい。
魔核反応がゼロじゃない。
封印時の残滓……?
いえ、もっと規則的……」
リオンも杖を見る。
(……まだ……生きてる……?)
だが、声は聞こえない。
干渉も感じない。
まるで深海の底でかすかに光る“何か”を見つめているような、不気味な静寂。
アリシアは振り返り、リオンへ真剣な目で言った。
「念のため、当面はレガリアに触っちゃダメ。 あなたの魔力が戻るまでは、 絶対に、杖と接続しないで」
「……わかった」
アリシアは少し考え、
「リオンの魔力が戻るまで、私たちで“魔力再生の訓練”をやりましょう」
リオンは目を瞬かせた。
「魔力再生の……訓練?」
アリシアはゆっくり頷く。
「ええ。 魔力がゼロでも、日常の“意識の持ち方”や“体の使い方”で回復速度は何倍も違うの。 あなたは天才だから、きっとすぐ戻せるわ」
「天才って……そんな……」
「だって本当のことでしょう? あなたは自覚がないだけで、もう“規格外”なんだから」
リオンは耳が熱くなるのを感じた。
(規格外…… でも今の俺は魔力ゼロの赤ちゃんなんだぞ……?)
そんな自虐を飲み込んで、深呼吸をした。
よし。
やれることをやろう。
アリシアは優しく微笑む。
「今日はまず――“呼吸”。 魔力再生の第一歩よ」
「呼吸……?」
「そう。 意識して息を吸って、 魔素を体に取り込むイメージを作るの」
アリシアはリオンの背に手を添え、優しく促した。
「リオン、ゆっくり吸って…… はい、止めて…… 吐いて……」
優しい声。
規則正しいリズム。
胸に触れる温かい手。
(……なんか……眠くなる……)
アリシアがクスッと笑う。
「寝てもいいのよ? 回復期は眠ることが最も大事なんだから」
「……アリシアが横にいると…… 落ち着く……」
「嬉しいわ。 いつでもそばにいるから。 だから……安心して眠って」
その言葉に、リオンはゆっくりと目を閉じた。
胸の奥に、ほんの小さな火のような何かが灯る。
かすかに、かすかに、“魔素”がゆっくり動き始める気配がした。
(……戻ってこい…… 俺の魔力……)
まるで胎児が最初の鼓動を生み出すような、そんな静かな再生だった。
そして――
部屋の隅のレガリアの魔石がほんの一瞬だけ、青く瞬いた。
誰にも気づかれないほど弱い光で。
封印されたその奥底で、なにかが静かに“目を覚まして”いた。
『リオンの魔力リハビリ開始 ― そして“第二の声”』
魔力ゼロからの回復訓練を始めたリオン。
呼吸法と体操作を覚え、少しずつ魔力が動き始める。
しかしその裏で――
封印されたレガリアのさらに奥、
“創造核”と呼ばれる領域が覚醒を始める。
そこから生まれる
新たな“第二の声”とは……?




