7歳編・第38話:レガリア封印計画 ― 杖を“黙らせる”方法
創造杖レガリアがリオンの人格へ介入しようとしている――。
その恐るべき事実を知った夜、
リオンとアリシアは家の奥の小部屋にこもり、魔道灯を最小限だけ灯して静かに向かい合っていた。
「アリシア…… 本当に“封印”なんてできるの?」
リオンの声には不安だけではなく、どこか“覚悟”も宿っていた。
アリシアは魔術師会の古文書から写してきた羊皮紙を広げると、深く息を吸い込んだ。
「封印はできる。ただし――成功すればレガリアは静かになるけれど、失敗した場合……あなたの魔力が逆流して、一時的に魔法が使えなくなる可能性が高いわ」
「一時的って……どれくらい?」
「……長ければ一年。魔力回復を間違えると、二度と魔法が使えなくなる」
リオンの息が止まった。
(魔法が使えなくなる……? この世界で……? 俺が……?)
アリシアは続ける。
「封印には三つの手順が必要よ」
羊皮紙に描かれた図を指し示す。
◆封印の三手順
①《魂素の同期》
杖の魔力波形とリオンの魔力波形を重ねる。
この段階で暴走する可能性が高い。
②《精神層の遮断》
杖が直接“心”に干渉する回線を切る。
一歩間違えると人格の一部が消える。
③《魔核の固定》
レガリアの“自動最適化機能”そのものを凍結する。
成功すれば、杖はただの“高品質な創造杖”に戻る。
失敗すれば魔力が逆流し、リオンが倒れる。
リオンは羊皮紙を見つめた。
「……全部……俺の命に関わるじゃん……」
「ええ。でも――」
アリシアはリオンの手を握る。
「杖に人格を書き換えられる方が、はるかに取り返しがつかない」
その目は強かった。
怖がっているはずなのに、その奥には揺るがない意志があった。
「私はあなたを救いたい。どんな危険があっても……あなたをあなたのまま守りたい」
リオンの胸がぎゅっと締めつけられた。
(アリシア…… どうして俺なんかに……)
するとアリシアは少し顔をそらし、ぽつりと呟いた。
「あなたは…… 私の人生を変えてくれた人だから」
リオンは思わず固まる。
アリシアの耳が赤く染まっている。
(……なんでそんな顔されると……変なふうに意識しちゃうんだよ……)
だが――次の瞬間。
部屋の奥で、青白い光がふっと瞬いた。
二人は息をのんだ。
◆◆◆
◆レガリアの“拒絶反応”
家の奥の棚に置いているはずのレガリアから、青い光が脈動するように明滅していた。
アリシアが低く呟く。
「……気づかれた。封印を計画していることを察したのよ」
リオンはたまらず叫んだ。
「なんで分かるんだよ!? 俺たち何も触ってないのに!」
アリシアは拳を握りしめる。
「レガリアは継承者の魔力を常に観測しているの。
魔力の“揺れ”や“思考の流れ”まで解析して……
未来予測に近いことをする」
「つまり…… 俺が封印を怖がったせいで……?」
「そう。あなたの感情の波が、杖に“危険”と判断させた」
リオンは奥歯を噛みしめた。
(俺のせいで……封印が危険になった……?)
すると――
ゴォォォ……
レガリアの魔力がさらに強まる。
アリシアが叫ぶ。
「リオン、下がって!! レガリアが“強制起動”を試みている!!」
「強制!? なんでそんな……!」
「あなたを第二段階へ進めるためよ!!
拒否されることを嫌って、
“先に進む権限を奪おうとしてる”!!」
リオンの全身に悪寒が走った。
(ふざけるなよ……俺の人生は俺のもんだ!!)
アリシアは杖へ向き直り、大声で叫んだ。
「リオン!! 今すぐ“魔力の流れを完全停止”させて!! 体の魔素をゼロにするの!!」
「そんなこと……できるのか!?」
「できる!! あなたならできるわ!!」
リオンは深く息を吸った。
(魔力を……止める…… もう、何も流さない……)
胸の奥の魔力の“川”を、すべて閉じるように意識する。
だがレガリアの声が脳へ刺さる。
《――進め…… 進化せよ…… 同調せよ……》
(うるさい……! 俺は……俺が決めるんだ!!)
リオンは叫びながら精神を集中させた。
バチィィィッ!!
全身を走る強烈な痛み。
魔力の川が急激に止まる反動で、胸が焼けるようだった。
アリシアは震える声で叫んだ。
「リオン!!!」
しかし――次の瞬間。
レガリアの光が――
ふっと消えた。
沈黙。
アリシアは目を見開いた。
「……魔力……ゼロ……? 本当に……全部止めたの……!?」
リオンは息を切らしながら膝をついた。
「……やっと……静かになった……」
アリシアは駆け寄り、リオンを抱きしめた。
「よく頑張った……! よく止められたわ……!」
リオンは、自分の胸に耳を当てて泣きそうになっているアリシアをそっと抱き返した。
(こんなに……本気で心配してくれる人が……俺のためにこんな顔してくれる人が……この世界に……いるんだ……)
胸が熱くなる。
その時だった。
アリシアがふと顔を上げた。
「……今なら……封印できる……!」
「え?」
「レガリアは、あなたの魔力を前提に動いてる。今、その魔力が“ゼロ”になった。これは“最大の隙”よ!!」
リオンは驚いた。
(魔力ゼロが……隙になる……?)
アリシアは立ち上がり、杖へ手を伸ばす。
「リオン。 これから言う呪文を、私と一緒に唱えて。あなたの声が必要なの」
リオンも立ち上がり、杖の前に並んだ。
アリシアは手を差し出し、リオンの手を握った。
「行くわよ……!」
リオンはうなずく。
アリシアは杖を見据え、高らかに呪文を唱え始めた。
「――《アスト・レミア・シグナ》!」
「――《アスト・レミア・シグナ》!」
「《レガリア・マキナ……封印・位相固定!!》」
「《レガリア・マキナ……封印・位相固定!!》」
杖が激しく震えた。
ゴゴゴゴゴゴ……!!
床の魔法陣が光り、空気が揺れ、部屋全体の魔素が唸りをあげる。
アリシアは叫んだ。
「リオン!! あと少しだけ!! 耐えて!!」
リオンは必死に耐えた。
頭の中で杖の声が響いた。
《――拒否…… 封印拒否…… 最適化……必要…… 進化……拒絶できない……》
(うるせぇ!!!)
リオンは吠えた。
「俺の心を勝手に決めんな!! 俺の人生は……! 俺が決めるんだぁぁぁぁ!!!」
渾身の力で呪文を叫ぶ。
「――《封印完了!!》」
アリシアも叫ぶ。
「《封印完了!!》」
次の瞬間――
パァァァァァン!!
杖の魔力が弾け、部屋を青い光が包み――
光が収まり、静寂が戻る。
そこに残ったのは――
ただの、一本の杖。
アリシアは肩で息をしながらリオンの手を握ったまま呟いた。
「……やった…… 本当に……成功した……」
リオンは呆然と杖を見つめた。
杖からは、もう“声”は聞こえない。
ただの静かな木と魔石の感触。
「……本当に……終わったんだ……」
アリシアは微笑んだ。
「ええ。 あなたの心は……あなたのものよ」
その言葉に、リオンの胸が熱くなった。
アリシアが守ってくれた命。
アリシアが守ってくれた心。
その全てを抱きしめるように、リオンは小さく呟いた。
「……ありがとう、アリシア」
アリシアは照れたように笑った。
「これからも守ってあげる。ずっとね」
その言葉に、リオンは小さく頷いた。
胸の奥が暖かく――
怖かった“声”は、もうどこにもなかった。
『封印の代償 ― 魔力ゼロからの再起動』
レガリア封印は成功した。
しかし代償として、リオンの魔力は完全にゼロ。
創造魔法はおろか、
生活魔法さえ使えない状態に。
魔力が戻るまでどれほどかかるのか――
再起までの“魔力再構築の日々”が始まる。
そしてその裏で、
封印されたレガリアの“奥底”で静かに起きる異変とは……?




