7歳編・第37話:レガリアの“第二段階” ― 王家に封じられた記録
四方向制御の成功。
そして杖が示した“黒い点滅”――
あれが創造杖の 《第二段階(フェーズ2)》 の兆候だとアリシアは断言した。
翌朝。
アリシアは青ざめた顔のまま、村の魔術師会が保管する“深層資料庫”へ向かうと言い出した。
「……あの光。 私が知っているどの魔力反応とも違ったわ。 レガリアの“深層”について、ちゃんと調べなきゃ」
リオンは心配しつつも頷くしかなかった。
(アリシアが震えてた…… あの子が魔力で恐怖を感じるなんて、初めてだ……)
フェンも尻尾をしょんぼり下げていた。
アリシアが村を出る時、リオンに一つだけ言った。
「リオン。 絶対に杖を握らないで。 あなたの魔力が“鍵”なの。 あなたが触れなければ、第二段階は起動しない」
「……分かった」
リオンは静かに頷いた。
◆◆◆
◆深層資料庫《黒の階層》
アリシアは村を出たあと、魔術師会の地下にある封印扉の前に立っていた。
“閲覧禁止”。
“許可なき侵入は罪”。
数枚の警告紙が貼られ、扉は黒い鎖で封じられている。
アリシアは村長から借りた魔術印章を取り出し、鎖に触れた。
「村長の許可は得ているわ。 ……開きなさい」
鎖が音を立てて溶けていく。
ギィィ……
扉が開いた瞬間、中から冷たい魔素の風が吹き付けた。
(……これだけで分かる。 ここには“危険な情報”がある)
アリシアは灯火魔法を指先に灯し、暗い石階段を降りていった。
◆封印された文献《レガリア史書》
奥の棚で、鎖に巻かれた古本を見つけた。
タイトルが消されているが、魔力波形は昨日の杖のものと酷似している。
アリシアはそっと鎖に触れ、解錠の呪文を唱える。
「――解放」
鎖がほどける。
アリシアは震える手で本を開いた。
ページの一つ目。
そこにはこう記されていた。
《レガリア継承者は、“段階解放”とともに人格への影響を受ける》
アリシアは目を疑った。
(人格……? どういう……)
次のページをめくる。
《第二段階以降、レガリアは継承者の魔力思考を補正し、“創造最適化モデル”へと変換する》
アリシアの手が震え始める。
(補正……? 変換……? つまり、人格を書き換えるってこと……?)
さらにページをめくる。
《人の判断より、レガリアが導く“最適解”を優先する人格へ》
《急激な魔力操作を可能にするため、感情領域の一部を凍結》
《継承者の“自我の一部”が消失する場合あり》
「……嘘……」
アリシアは頭を押さえた。
次のページにはもっと恐ろしい記述があった。
《第二段階を発動した継承者のうち、自我を保持できたのは一名のみ》
《他はすべて、自我の凍結または“同化状態”に陥った》
アリシアは本を閉じることも忘れ、呆然と見つめた。
(じゃあ…… リオンが第二段階に入ったら…… あの子の中身が……なくなる……? 感情が……消える……?)
胸が締め付けられる。
あの柔らかい笑顔。
泣きそうになりながら頑張る姿。
フェンと無邪気に遊ぶ声。
それらが全部、“杖に最適化された思考”に書き換えられる――。
アリシアは強く本を握りしめた。
「そんなこと……絶対にさせない……!!」
◆◆◆
◆森のリオン――杖と“意思疎通”の兆候
その頃、リオンは森にいた。
アリシアに“触るな”と言われた杖は家に置いてきた。
なのに――
胸の奥で、杖の魔力が微かに震えているような感覚がする。
(どうして離れてても分かるんだ……? 昨日より強く……呼んでる……)
フェンが心配そうに鳴いた。
「フェン……俺は大丈夫。 でも、杖の方が……なんか最近おかしい気がするんだ」
杖の魔力が“意思”を持っているような気配がする。
(まるで、俺に“早く次へ行け”って催促してる…… どうしてそんなに急ぐんだ……?)
リオンは胸の奥に問いかけるように呟いた。
その瞬間――
視界が一瞬暗転する。
(……え?)
リオンの意識の奥へ、なにか細い糸のような魔素が流れ込む。
《――リオン……》
声がした。
(だれ……!?)
だがそれは“言語”ではなく、魔力が直接脳へ触れてくるような感覚だった。
(杖……!?)
《――進め……第二段階へ……》
声は淡々としていた。
人間の感情とはまったく違う、冷たく、最適化された“アルゴリズムの声”。
リオンは震える。
(進めって……俺の体が壊れるだろ!? なんでそんなに急かすんだよ!)
《――君の魔力は無限…… 器は最適…… 次へ……》
(ダメだ!! アリシアが調べてくれてるんだ! 勝手に進めない!!)
杖の声は一瞬止まり――
《――障害…… 排除する……?》
リオンは背中が凍りついた。
(排除……!? なに言ってんだ、やめろ!! アリシアは俺の……)
だが声はすっと消えた。
リオンは膝から崩れ落ちる。
(ヤバい…… 本当に……この杖は…… ただの道具じゃない……)
フェンがリオンに飛びつき、必死に顔を舐めた。
「……大丈夫……大丈夫だよフェン…… でも……アリシアが戻るまでに…… 俺が何かしちゃうかもしれない……」
リオンは震える手でフェンを抱きしめた。
(アリシア……早く戻ってきて…… 俺、杖に……負けるかもしれない……)
◆◆◆
◆アリシア、帰還――そして真実
夕暮れ。
アリシアは資料庫から戻り、その足でリオンの家へ走った。
扉を開いた瞬間――
家の中の空気が微かに震えている。
(まさか……もう起動を……!?)
アリシアは叫んだ。
「リオン!!どこなの!!」
リオンは森から急いで戻り、玄関に飛び込んできた。
「アリシア!!」
アリシアは息を呑んだ。
リオンの瞳の奥で――
淡く青い魔力が揺らめいていた。
「……リオン…… あなた、杖と……“意思疎通”した?」
リオンは震えながら頷く。
「アリシア…… 杖が言ったんだ。 “第二段階へ進め”って…… “障害は排除する”って……」
アリシアの顔から血の気が引いた。
そして――
リオンの肩を強くつかみ、叫んだ。
「絶対に第二段階に入っちゃダメ!! あなたの“人格”が……消される!!」
リオンは息を呑んだ。
アリシアは震える声で続ける。
「レガリアの第二段階は――
“継承者の感情領域を凍結し、最適化する”。
最悪……あなたはあなたでなくなる。
自分の意思を……全部杖に上書きされる……!」
リオンの顔色が変わった。
「そんな…… だったら俺……どうすれば……」
アリシアはリオンの手を握った。
「私が守る。 絶対に。 どんな手を使ってでも、あなたを杖から守るわ」
その言葉を聞いた瞬間――
リオンの胸に温かいものが広がった。
自分が消える恐怖より、アリシアが泣きそうな顔で自分を抱きしめてくれることの方が、よっぽど胸に刺さった。
リオンはアリシアの肩にそっと手を置いた。
「ありがとう……
俺、自分を見失いたくない。
アリシアとも……フェンとも……
離れたくないよ……」
アリシアは小さく頷き、涙をこらえながらリオンを抱きしめた。
「絶対に離さない。 あなたを“道具”になんてさせない」
その瞬間、部屋の奥で杖が青く光った。
《――進め……》
低い囁きが部屋に響いた。
二人はその光を睨みつけた。
リオンの目には恐怖ではなく――
決意が宿っていた。
『レガリア封印計画 ― 杖を“黙らせる”方法』
アリシアが資料庫で見つけた“唯一の成功例”。
その継承者が行ったのは、
レガリアの力を“封じる”という前代未聞の方法だった。
だが封印には大きな代償がある。
アリシアとリオンは、
“杖の声を止めるための方法”を探り始める――。




