5歳編・第5話:風の声を聴く少年
春祭りから数日が過ぎた。
村は祭りの賑わいを終え、いつもの静けさを取り戻していた。
だが、リオンの心だけは落ち着かなかった。
「……あの日から、ずっと聞こえるんだ」
彼は畑のそばで風を感じながら、小さく呟く。
風が木々をなでる音の中に、確かに言葉のようなものが混ざっていた。
「りおん……」
「きこえて……」
最初は幻聴かと思った。
けれど、毎日、畑に立つたびにその声は鮮明になる。
やがて彼は確信する――これは“風精霊”の声だと。
***
「父さん、風って……喋ること、あるの?」
リオンは夕食の時、ふと思い切って尋ねた。
ダリウスはスープをすくいながら首をかしげる。
「風が喋る? 変なことを言うな、リオン。風は神の息吹だが、人の言葉を持たぬ」
「でも、僕、聞こえるんだ。名前を呼ばれてる気がする」
父は苦笑いを浮かべた。
「お前は夢見がちだからな。春の精が遊んでいるだけさ」
その時、母エルナがそっと口を開いた。
「でも、あなた……私、見たのよ。あの日、リオンの手が光っていたのを」
ダリウスの表情が僅かに固まる。
「……見間違いじゃないのか?」
「違うわ。確かに光っていた。風がリオンの周りを渦巻いていたの」
沈黙が落ちた。
父はしばらく考え込み、やがてリオンの頭を優しく撫でた。
「……お前が何か特別な力を持っているなら、恐れるな。だが、今はまだ人に話すな。
力というものは、知られれば奪われる。――特に、この村の外ではな」
リオンは頷いた。
父の声には、どこか冷たい現実の響きがあった。
***
次の日。
リオンは畑の丘に登り、風の中で目を閉じた。
「……僕に、話しかけてたんだよね?」
「そう……きこえて、うれしい……」
耳元で、透明な声が響いた。
まるで鈴の音のように柔らかい声。
そこに確かな“意志”があった。
「君は……誰?」
「わたしたちは 風のこえ。
きみのなかに、ねむる “創造”のちからを まもるもの」
リオンは息を呑んだ。
創造――それは彼が前世で慣れ親しんだ“ものづくり”という言葉に似ていた。
「僕に、創造の力があるの?」
「ある。けれど まだ ねむっている。
つかうときが くれば、わかる」
風がそっと頬を撫でる。
その温もりに、不思議な懐かしさを覚えた。
まるで、昔パソコンの前で徹夜していた頃――
苦しみながらも“何かを作る喜び”を感じた瞬間のようだった。
***
夕方、妹リリィがリオンを探しに来た。
「おにいちゃーん! ごはんのじかんだよー!」
リオンは笑顔を向け、風に手を振った。
「またね、風さん」
「また……ね、リオン」
風が柔らかく吹き抜け、妹の金色の髪を揺らした。
リリィはきょとんとしながら笑った。
「ねぇ、いま風が笑ったみたい!」
リオンは少し照れくさそうに答えた。
「そうだね。たぶん、春の精が笑ったんだよ」
そして彼の瞳には、決意の光が宿っていた。
(この力……僕にできることがあるなら、村のみんなのために使いたい)
だが――
その“優しさ”が、やがて彼を数々の苦難へ導くことになる。
風は知っていた。
「やさしき創造主は、やがて嵐の中心に立つ」と。




