5歳編・第4話:初めての春祭りと小さな奇跡
春。
村の中心にある大きな楡の木が若葉をつけ、空気が柔らかく香っていた。
村中が笑い声に包まれ、花飾りと香草の匂いが漂う。
今日は年に一度の春祭りの日だ。
「リオン、はぐれないようにね」
母エルナが笑顔で手を引く。
リオンは頷きながら、胸を高鳴らせていた。
この祭りは、冬を越えて春の恵みを神々に感謝するもの。
人々は歌い、踊り、屋台では焼きパンやスープ、果実酒が並ぶ。
村の中央広場では子どもたちの遊び競技が始まっていた。
「おーい! リオン!」
カイルが手を振る。
「次の競技、玉投げだぞ! 一緒に出ようぜ!」
「うん!」
リオンは母に手を振り、友達の輪に加わった。
***
玉投げは、木製の輪に向かって小石を投げ入れる単純な遊び。
だが、リオンは力加減が難しく、最初の一投で思い切り外した。
「うわっ! カゴじゃなくておばさんのスカートに入っちゃった!」
「こら、リオン!」
笑いとどよめきが起こる。
顔を真っ赤にしたリオンは、深呼吸して二投目を構えた。
――大丈夫、落ち着け。
(こういうのは、前の世界でやったプレゼンと同じ。集中して、狙いを定めるんだ……!)
両目を閉じて、風の流れを感じる。
そのとき、不思議な感覚が走った。
空気が手のひらの周りで“渦”を巻いているような……そんな感覚。
「……え?」
投げた瞬間、小石が光の尾を引いて飛び、木の輪をくぐり抜け――そのまま空中でくるりと弧を描いた。
ピタリ。
輪の真ん中に、完璧な軌跡で落ちた。
「うわああっ! 入った!!」
「な、なんだ今の!?」
村人たちが一斉にざわついた。
風が静まり、春の陽光の下でリオンの掌が一瞬だけ青く光る。
「……風、が……動いた?」
彼自身も信じられなかった。
だが、確かに自分の中で“何か”が反応したのを感じた。
(これ……まさか、魔力……?)
この世界には“精霊術”と呼ばれる力があると聞いた。
だが、それは訓練を積んだ大人がようやく扱えるもので、子どもが触れるものではないとされている。
それなのに――自分の中の空気は、確かに息づいていた。
「リオン、すげぇ! まるで風の神様みたいだったぞ!」
カイルが笑いながら背中を叩く。
「う、うん……でも、なんか変だったな……」
メルが首をかしげて言う。
「もしかして、リオン、精霊さんに好かれてるのかも?」
リオンは苦笑いを浮かべながらも、胸の奥が熱くなった。
懐かしい感覚――“努力が報われる”という幸福。
だが、どこかで声が囁く。
――その力は、また君を別の道へ導くだろう。
***
夕暮れ。
祭りの終わり、母エルナがリオンを抱きしめた。
「あなた、今日は本当に輝いてたわね。村のみんな、びっくりしてたのよ」
「……でも、ちょっと怖かったんだ。手が勝手に光って……」
リオンは不安げに言う。
母は微笑んで、彼の頬を撫でた。
「大丈夫。リオンは優しい子だもの。どんな力でも、きっと良いことに使えるわ」
その言葉に、リオンの胸がじんわりと温かくなる。
風が静かに吹き抜け、祭りの灯が揺れた。
そして、母の腕の中で、リオンは眠りに落ちた。
彼の知らぬところで、空の上の風精霊たちが小さく囁く。
「……目覚めたね、レインの継承者が。」
***
――その日、小さな村に吹いた春風は、やがて世界を変える“嵐”の前触れだった。




