7歳編・第18話:氷界塔・ 第三層 ― “心臓部の門”とアリシアの影
第二層の霧が嘘のように晴れ、氷の広間の奥に――
“青白い光の階段”が静かに浮かんでいた。
リオン、沙月、アリシアの三人は、慎重にその階段を上がっていく。
階段は、生きているように脈打っていた。
まるで塔の心臓へ向かっていくような感覚。
(胸が……ざわつく)
リオンは自分の胸に宿った“創造核”の脈動が階段のリズムと同調していることに気づいた。
アリシアが前を歩きながら言う。
「第三層は……“心臓部への門”と呼ばれているわ。塔の本来の目的に触れる階層。昔から、誰もその奥まで進めなかったの」
沙月は少し緊張した様子で聞く。
「アリシアさんは……来たことあるの?」
アリシアは足を止めた。
そして――静かに頷いた。
「ええ。一度だけ。 ……わたしの師匠が亡くなった日。 遺言を果たすために、この第三層に来たことがある」
沙月が息をのむ。
「師匠……?」
リオンも驚いた。
「アリシアって、誰かに氷魔法を……?」
アリシアは微笑んだ。
「そう。 “塔の守護者”と呼ばれた人よ。 ……だけど、あの日、わたしは師匠を守れなかった」
その言葉は深い悲しみを帯びていた。
沙月が口を開くより早く、巨大な扉が視界に広がった。
氷で作られた門。
高さは十メートル以上。
扉には一本の線が走り、その中央に“凍った紋章”が刻まれている。
アリシアの表情が変わった。
「……変わってない」
門を見つめるその瞳は、まるで数年前に置き去りにした記憶を見ているようだった。
リオンは扉に近づき、手を伸ばそうとしたその瞬間――
「触っちゃダメ!!」
アリシアがリオンの手首を掴んだ。
「この門は“心臓部”に繋がっている。塔が試練を与える場所よ。あなたの核は……まだ不安定。触れれば、塔に飲まれる危険がある」
(塔に……飲まれる……?)
アリシアはすぐに手を離し、少し顔をそむけた。
「……ごめん。声を荒げてしまった」
リオンは微笑んだ。
「大丈夫。心配してくれたんだよね」
その時だった。
ゴォォォ……
門の紋章がゆっくりと光を帯び始めた。
アリシアが凍りつく。
「……なんで? わたし達はまだ試練を始めていないのに……!」
沙月がリオンの腕を掴む。
「リオン……胸が……光ってる……!」
リオンの胸の創造核が鼓動を強める。
ドクン……ドクン……!
門の紋章と同じ色――白銀の光。
アリシアの声が震えている。
「まさか…… リオンの核が塔の“心臓部”と共鳴して…… 門が勝手に……!」
門が開き始める。
氷が砕け、重い音が広間に響く。
アリシアが振り返った。
「二人とも……覚悟して。 この先は……わたしにとって、逃げ続けてきた場所よ」
その言葉に、リオンはアリシアの横に並んで頷いた。
「なら……一緒に行くよ。逃げ続けたなら、今度は俺が隣にいる」
沙月も二人の後ろから言う。
「もちろん、わたしも一緒」
アリシアはわずかに目を見開いたあと、小さく微笑んだ。
「……ありがとう」
三人は氷の門をくぐった。
◆第三層・“心臓部の門”内部
そこは広い空間だった。
天井は見えず、床には白い霧が流れ続けている。
中央に――
ひとりの女性の像があった。
白髪の女性。
優しい微笑みを浮かべ、冷たい氷の椅子に座る姿。
沙月がつぶやく。
「……この人……誰?」
アリシアが唇を噛みしめる。
「師匠よ。 “エルセリア=ノースグレイヴ”。 塔の守護者だった人……」
リオンは驚く。
「まさか……ここに……?」
アリシアは頷く。
「師匠は、わたしに何も残してくれなかった。
最後の言葉すら……
『氷は全てを写す』
それだけ」
師の像を見つめるアリシアの横顔は、深い悔恨に満ちていた。
そのとき――
像の瞳が光る。
沙月が叫ぶ。
「う、動いてる……!?」
アリシアが前に出る。
「師匠! エルセリア様! 私です! アリシアです!!」
だが――
像は微笑んだまま、静かに言葉を発した。
『試練の継承者へ…… 冷たき心よ、己の影と向き合いなさい――』
アリシアの足元から影が広がる。
そして。
アリシアと同じ姿の“黒い影”が立ち上がった。
リオンと沙月は息をのむ。
「アリシアが……二人……!」
アリシアは歯を食いしばる。
「これが……“心臓部の門の試練”…… わたしの影…… わたしが封じた“弱さ”……!」
黒いアリシアが笑う。
『お前は守れなかった。 師を失い、国を裏切り、望まれなかった氷魔法だけが残った』
アリシアの表情が歪む。
「黙りなさい……! わたしは……そんなこと……!」
影は続ける。
『そして今度は―― “異界の少年”の力に縋った。 また誰かの未来に乗っかるつもり?』
アリシアは絶句した。
リオンはアリシアの肩を掴む。
「アリシア、影の言葉は全部嘘だ!」
だがアリシアは震える。
「違う…… これはわたしの心が知ってる言葉…… 本当に……そう思ってる部分があるのよ……」
黒い影は剣を抜いた。
『弱さを認めない限り、“心臓部”への道は開かれない』
剣先がアリシアへ向く。
アリシアは震えながらも、氷の剣を握り返した。
「わたしは……逃げない。 師匠にも……自分にも……!」
沙月が叫ぶ。
「一人で戦う必要なんてないよ!!」
リオンも声を張る。
「アリシアは仲間だ。 俺たちが支える!」
だが影は笑った。
『この試練は…… “本人だけが乗り越えるもの”』
アリシアは一歩前へ出て、振り返らずに言った。
「……大丈夫。 これは、わたしの戦いだから」
そして。
アリシア対“影アリシア”の激突が始まった。
『影のアリシア――“写し身の真実”』**
アリシアの影が暴き出す“隠された罪”。
そしてリオンの創造核は、影の力に反応し始める――。




