7歳編・第15話:氷界塔・第一層 ― 失われた記憶の檻 ―
氷界塔の縦穴に降りるため、アリシアが魔法陣を展開した。
青白い光が足元に浮かび上がる。
「これは……浮遊転移陣。塔の内部は空間が歪んでいるから、普通に歩いて降りると迷うの」
「空間が歪んでる……?」
リオンが眉をひそめる。
アリシアは簡潔に説明した。
「塔そのものが“精神の迷宮”なの。だから侵入すると、自分の記憶や恐怖が形になって襲ってくる」
沙月の表情がひきつる。
「えっ……めちゃくちゃ怖いじゃん……」
アリシアはうなずく。
「でも安心して。わたしがいる限り、塔はあなた達を敵と認識しない」
その言葉を聞き、リオンは胸の鼓動が少し落ち着いた。
アリシアが手を差し伸べる。
「行くわよ。――第一層、《凍結回廊》へ」
三人が光の柱に包まれ、縦穴の奥へと滑り込んでいく。
◆1.第一層――《凍結回廊》
光が途切れ、三人はひんやりした空間に着地する。
沙月は思わず周囲を見回した。
「わぁ……全部、氷?」
壁も床も天井も、青白い氷で覆われている。
しかし氷の奥には――
「……これ、絵?」
氷の中に描かれているのは、どこか懐かしい風景。
雪原、氷の湖、木造の家。
それらは綺麗に並べられ、まるで美術館のよう。
だが次の瞬間、沙月は目を見開く。
「ねえリオン! これ、ただの絵じゃないよ!」
リオンも凍りついた。
氷の奥に映るのは――
人の形。
「これ……人?」
アリシアは重く頷いた。
「第一層は“凍結した記憶”の層。塔に吸い込まれた人たちの“最後の姿”がここに保存されているの」
沙月の顔が青ざめる。
「まさか……全員……?」
アリシアは氷に触れた。
だが触れた瞬間、氷はふわりと光を放ち、彼女の手を弾いた。
「本体はもっと深い層にいる。ここにいるのは“影に触れた瞬間の記憶”よ」
リオンは深呼吸し、鑑定眼を使う。
【鑑定眼発動】
氷の向こうの影に小さな文字が浮かび上がる。
《精神同調の残像:安定》
《肉体:存在なし》
《魂の所在:未知の下層にて停滞》
《危険度:中》
リオンは眉をひそめた。
(魂が……どこかで停滞? つまり助けられるってことか)
「アリシア、これ……全員まだ消えてないよ。 魂が残ってる。 助けられる可能性はある!」
アリシアの瞳が揺れる。
「……本当?」
「うん。どこかに閉じ込められてるだけだと思う」
アリシアは震える声で言った。
「ありがとう……!」
沙月も小さく笑う。
「じゃあ急がなきゃね。この人たちを助けるためにも!」
しかしその時――
コツ……コツ……コツ……
氷の廊下の奥から、小さな足音が響いた。
三人は自然と身構える。
「誰……?」
現れたのは――
小さな女の子の姿。
青色のワンピース。
透けるように白い髪。
氷の瞳。
沙月が言う。
「子ども……?」
女の子はぼんやりとした表情で、リオンたちを見つめていた。
(……この子、どこかで……)
リオンが鑑定しようとした瞬間――
少女の瞳が、アリシアとまったく同じ色に変わった。
リオンは息を呑む。
(まさか……)
アリシアは青ざめた。
少女はゆっくり口を開く。
「――どうして、わたしを捨てたの?」
空気が凍りつくほどの声だった。
アリシアが震えた。
「……やめて。 あなたは“記憶の影”よ……!」
少女は首を振る。
「いいえ。 わたしは“あなたが殺したいと思った自分”。 五歳のときのわたし」
沙月の顔が引きつった。
「五歳……アリシアさんの……?」
アリシアは後ずさる。
「違う……違うの…… わたしはあなたを殺そうなんて――」
少女は氷の廊下に指を向けた。
すると氷から、アリシアの幼い姿が次々と映し出される。
――寒い。
――逃げたい。
――もういらない。
――こんな力……消えてしまえばいい。
幼いアリシアの恐怖と孤独が、幻として塔の中に響き渡る。
少女は言った。
「あなたはわたしを“嫌った”。 だから影が生まれたの」
アリシアは膝をつく。
「やめて…… そんなこと……思ってない……!」
リオンはアリシアの肩に手を置く。
「アリシア、それは本心じゃないだろ。
子どもの頃の恐怖だよ。
自分の力をコントロールできないときに
そう思ってしまうのは普通だ」
アリシアの瞳が、わずかに揺れる。
「……わたし、怖かったの。
みんなが離れていくのが……
力のせいで、家族さえ……」
沙月がそっと言った。
「ねえアリシアさん。 それって“嫌った”んじゃなくて……ただ“怖かった”だけだよ」
少女の影が揺らめく。
「違う。 あなたは罪を認めない」
リオンは一歩前に出た。
「だったら――俺が証明するよ」
影の少女がリオンを睨む。
「異界の子……あなたは邪魔」
氷の刃が宙に浮かび、一斉にリオンを狙った。
「リオン!!」
沙月が叫ぶ。
しかし次の瞬間――
全部の刃が、リオンの周囲で溶けた。
少女は驚愕する。
「なに……? どうして……力が消えるの……?」
リオンは胸の奥が少し熱くなる感覚を覚えた。
(やっぱり……俺の中の“何か”が、この塔の呪いそのものと干渉してる)
少女の足元の氷がひび割れる。
「あなた……“影の本体”に嫌われてる……?」
リオンは苦笑した。
(嫌われてる……のか?)
アリシアは涙をぬぐい、ゆっくり立ち上がる。
そして影の少女に向けて手を差し伸べた。
「ごめん……
わたしはあなたを捨ててない。
嫌ってもいない。
ただ、怖くて逃げていただけ……
でも、もう逃げない」
少女の影は震え、氷の粒がぽろぽろと落ちる。
「……あったかい……手……」
リオンは穏やかに続ける。
「ここは“記憶の檻”なんだろ? ならアリシア自身が向き合えば、解放できるはずだよ」
少女はゆっくり、アリシアの手に触れた。
次の瞬間――
パリンッ!
氷が砕け、影の少女は光の粒となって消えた。
静寂が訪れる。
アリシアは深く息をした。
「……ありがとう、二人とも。 わたし、多分……初めて自分の過去に向き合えた」
リオンは微笑む。
「よかった」
沙月が胸を張る。
「よし! 次の階行こう! まだまだ助ける人たちがいるんだし!」
アリシアは頷く。
「次は――第二層“深氷回廊”。
そこはもっと危険よ。
影の本体に近づくほど、精神への干渉が強くなる」
リオンは拳を握った。
「行くよ。絶対に助け出そう」
こうして三人は、塔のさらに深い階層へと足を踏み入れる。
だがその頃、リオンの胸の奥で微かな光が脈動していた。
(……なんだろう、この感じ。 “創造核”が……反応してる?)
塔の呪いとリオンの力。
その因果が、少しずつ近づき始めていた――。
塔の深部へ進むリオンたち。
だが第二層で沙月は、
“ある未来視”を見てしまう。
それは――
アリシアを失う未来。
逃れられない絶望に、
三人の心が揺さぶられていく。
次回――7歳:氷界塔・第二層 ― 深氷回廊と“君だけの未来”




