7歳編・第14話:氷の街の秘密と“消えた住民”
アリシアに案内され、リオンと沙月は氷のドームに覆われた街へ足を踏み入れた。
一歩踏み入れただけで、空気が変わる。
雪原とは違い、結界の内側は暖かい。
けれど、そのあたたかさとは裏腹に――
「……静かすぎる」
リオンが呟く。
沙月は首を傾げながら周囲を見た。
「うん……なんか、人が少ない気がする」
少ない、どころではなかった。
家は整然と並び、街の設備も整っている。
雪国とはいえ活気があっていいはずなのに――
歩いても歩いても、誰ともすれ違わない。
「アリシアさん……この街って、本当はどれくらいの人が住んでるの?」
沙月の問いに、アリシアの足が一瞬止まった。
だが次の瞬間には、何事もなかったかのように歩き出す。
「本来なら、二千人ほど」
沙月とリオンは息を呑んだ。
「に、二千……?」
「なのに、この静けさ……?」
アリシアは淡々と言う。
「ええ。けれど今は……百人もいないと思うわ」
沙月が顔をこわばらせる。
「どうして……?」
「答えは簡単。――消えたのよ。住民が次々と。」
凍りつくような沈黙が落ちた。
リオンが聞き返す。
「消えた……って、どこに?」
アリシアは横目で彼を見る。
「氷の底よ。
この街の地下には、巨大な“氷窟”が広がっているの。
そこへ迷い込み、帰ってこない者が後を絶えない」
「迷い込む……って、事故?」
「いいえ。“引きずり込まれる”の」
その声には、恐怖が混じっていた。
◆1.氷窟へ続く道
街の中心へ進むと、巨大な塔がそびえ立っていた。
塔の根元には、真っ暗な縦穴がぽっかりと開いている。
アリシアはそこを指した。
「この塔は《氷界塔》と呼ばれている。
昔は魔力を安定させるための装置だったけれど……今は違う」
彼女は縦穴の中を見下ろす。
「――“呪いの中心”になっているの」
リオンは冷たい風を感じた。
穴の奥から、何かがこちらを見ているような、そんな気配。
「ここから、住民が消えていく?」
「ええ。塔がうめき声のような音を出す夜、必ず誰かが姿を消す」
沙月は震えた声で言った。
「アリシアさんは……止められなかったの?」
アリシアの表情が曇る。
「……止めるどころか、わたしが“原因”かもしれない」
「え?」
「わたしの力が暴走し始めた頃から、塔の異変が強まったの。
魔力量が増えれば増えるほど、塔が反応し――
氷の底に“何か”が生まれた」
リオンの眉がひそむ。
「何か、って……?」
アリシアはゆっくりと言った。
「――わたしの“影”よ。」
リオンは息を呑んだ。
(影……?)
アリシアは続ける。
「凍界の精霊の力を持つ者は、生涯に一度だけ“影”を生むと言われている。
それは自分の負の感情、罪、恐怖、願望……
そういったものを具現化した存在。
通常はすぐに消えるはずなのだけど」
沙月が青ざめて言う。
「もしかして……その影が住民を……?」
アリシアは静かに頷いた。
「ええ。影はわたしと同じ魔力を持つ。だから、わたしでも止められない」
リオンは決意を込めて言った。
「じゃあ、俺たちで止める。そのために来たんだ」
アリシアはリオンをじっと見つめた。
その瞳の奥に、わずかな希望が宿る。
「……ありがとう。本当にあなたたちは、異界の加護を持つ者なのね」
◆2.塔の異変
塔の横を通り過ぎようとした瞬間――
ゴゴゴ……ッ
低いうなり声のような振動が足元から伝わってきた。
沙月が肩をすくめる。
「なに……今の……?」
アリシアの表情が強張る。
「塔が……動き始めている。こんな早さは初めて」
塔の壁に浮かぶ氷紋がぐにゃりと歪む。
中から黒い影のようなものが滲み出し、地面に落ちる。
影はゆらりと揺れながら形を変える。
人のようでもあり、獣のようでもある。
けれど、共通しているのは――
アリシアと同じ瞳を持っているということ。
沙月が息を呑む。
「アリシアさんの……分身……?」
「影の“端末”よ。本体はもっと深い場所にいる」
影はゆっくりとリオンたちに向き直る。
声なき声が響く。
――……ま……せ……
「……なんて言ってるんだ?」
沙月が不安げに後ずさる。
アリシアは唇を噛んで言った。
「『来ないで』と言ってるの。影はね……“わたしを守るために生まれた存在”だから」
リオンの表情が引き締まる。
(守るため……? でも結果的に、街を壊してる)
影が伸びる。
鋭い氷の腕が沙月を狙った。
「危ない!!」
リオンは咄嗟に沙月をかばう。
ザシュッ!
氷の腕が、リオンの肩を浅く切った。
だが、アリシアは驚いた顔で言った。
「……その傷、凍ってない……?」
本来、影の攻撃を受けたら、触れた部分から身体が結晶化していく。
だが、リオンの血は凍らず、ただ傷があるだけ。
アリシアはリオンを凝視する。
「あなた……どういう魔力構造なの?」
「どういうって……自分でもよく分かんないよ」
その瞬間――
リオンの胸の奥で、何かが微かに光った。
(……? “創造核”の断片……?)
彼が気づくより早く、影の動きが止まった。
まるで、何かに怯えたように。
「……ひいてる?」
沙月が呟く。
アリシアも驚いて言った。
「影が……逃げてる?」
影は塔の縦穴へと吸い込まれ、深淵の闇へ沈んでいった。
塔のうめき声も止む。
やがて、静寂。
アリシアは震える声で言った。
「……あなた、本当に“異界の管理者”なのね」
リオンは無意識に胸に触れた。
(逃げた……どうして?
俺の中の何かが反応した?
たぶん――
“影は、この世界の矛盾を本能で避けた”)
だが、その矛盾の正体は、まだリオン自身もわかっていない。
アリシアは真剣な表情で言う。
「……あなたでなければ、この呪いは解けない。リオン、沙月。お願い。塔の最深部まで一緒に来て。」
リオンと沙月は力強く頷いた。
「もちろん」
「アリシアさんを助けたい!」
アリシアの瞳が揺れる。
「……ありがとう」
こうして三人は、
消えた住民たちの行方――
そして“影の本体”が潜むという
塔の最深部へ向かうことを決めた。
だがアリシアはまだ知らない。
この先に待つのは、“自分の過去が具現化した怪物”だということを。
塔の内部は、記憶が凍りつく“精神の迷宮”。
リオンたちは、アリシアの過去の断片に触れていく。
そして沙月は、ある“最悪の未来”を見てしまう。
次回――7歳:氷界塔・第一層 ― 失われた記憶の檻 ―




