幕間(第3幕) :現世 ― 消えた少年の痕跡
藤堂亮介という“存在ごと消えた男”の余波が、いよいよ日本全土へ広がり始める――。
◆1.霞が関・異常報告会議
「……では次。内閣サイバー庁から」
薄暗い会議室に重苦しい空気が漂う。
モニターには“緊急:全国基幹システム障害”の文字。
担当者は震える手で資料をめくった。
「原因は依然として不明ですが――
“rion_xxx”というタグ名のシステムが全国で同時に消失しています」
「消失……? バックアップは?」
「すべて、空の箱になっています。コードもデータも、完全に……跡形もなく」
会議室がざわついた。
「そんなことがあるか! 誰かが同時にハッキングしたのか?」
「いいえ。ログにアクセス履歴がありません。“触られた形跡そのものが消えている”状態で……」
沈黙。
室内には、冷房の音だけが響く。
「“rion”…? 藤堂亮介……?」
ある官僚がぼそりと言った。
「その名前……最近やたらと報告書に出るな」
「実在する人物なのか?」
「それが……戸籍にも社会保険にも、痕跡がありません。どうやら“もともと存在しなかった人物”らしく……」
再びどよめき。
「だが、彼が作った“はずの”システムは全国にある。どう説明するんだ?」
官僚は言いよどむ。
「……説明できません」
◆2.ブラック企業の崩壊
都内某所、かつて藤堂亮介が働いていた会社――
アストレア・システムズ。
社員たちが青ざめながら、巨大なエラー画面を見つめていた。
“システム起動不可。開発者が存在しません。”
部長が怒鳴る。
「どういうことだ!! 誰が消したんだ!? また新人か!?」
新人が泣きそうな声を出す。
「ち、違います! 私たち、何も触ってません!」
別の社員が震えながら言う。
「部長……“rion_xxx”って…… あの、藤堂さんがつけてた名前じゃ……」
「藤堂? 誰だそれ」
「え……? 3年前まで……」
「ああ!? 新人か? うちにそんなやついないだろ!」
社員たちは言葉を失う。
(……みんな、藤堂さんを覚えてない……?)
だが、確かにそこにいた。
優しく、怒らず、深夜まで仕事して、あの無茶苦茶なプロジェクトを一手に支えた人。
名前を呼べば笑ってくれた。
「なぜ……消えてる……?」
会社全体が異様な沈黙に包まれた。
そして翌日、この会社は全基幹システムが消滅したことで取引を失い、倒産する。
“藤堂亮介”に最後まで寄りかかっていた代償だった。
◆3.反対に、救われた企業
一方で、かつて藤堂が趣味で助言していた小さな工務店。
老夫婦だけで切り盛りしていたその会社のパソコンには――
re:rion_001
re:rion_002
re:rion_003
謎のファイルが自動復元されていた。
老主人が首をかしげる。
「ばあさん……これ、ワシらがずっと作れなかった施工図じゃないか?」
「それどころか……予算計算も見積りも、全部自動で……」
「おかしいな…… あの時助けてくれた“冴えない若いエンジニア”に名前聞いておけばよかった……」
二人は顔を見合わせ、自然と笑顔になる。
「まあ、ええか。助かったわい」
彼らは知らない。
それを作ったのは、“存在を消された男の優しさの残滓”だったことを――。
◆4.家庭という“空白”
東京都内のあるマンション。
一人暮らしの女性がアルバムを広げていた。
(……あれ?)
古い写真。
旅行。
飲み会。
レストラン。
そのどれにも、“ひとり分の空白”がある。
「なんで……? なんでいつも三人で行動してたはずなのに…… 一人、写ってないの……?」
女は震える。
(確かにいた。優しすぎるくらい優しい人だった)
(でも……名前が、出てこない)
アルバムの最後に、一枚の白紙だけが残っていた。
――何も写っていない写真。
女性はそれを見つめながら涙をこぼした。
「どうして…… どうして、忘れちゃったんだろう……」
誰も答えられない。
藤堂亮介は、“人の心の中の記憶”からも消されてしまったのだから。
◆5.世界の綻び
霞が関の最高機密会議。
内閣府の分析官が重い声で報告する。
「現在確認されている“rion_xxxシステムの消失”は全国で493件。
医療・金融・物流・行政にも影響が発生し、
一部では社会インフラが停止しかけています」
「原因は?」
分析官は、しばらく沈黙した後に言った。
「……“存在してはいけない人物の存在消失”が原因だと考えられます」
会議室がざわめく。
「誰だ? その人物は?」
分析官は首を振った。
「わかりません。しかし……その人物が“いなかったこと”が原因で社会が不安定化しているのは事実です」
「そんな馬鹿な……!」
だが――
この時点での現世の混乱は、まだ序章にすぎなかった。
◆6.唯一の“記録”
同じ頃、古びたレンタル倉庫。
毎月使用料だけが自動引き落とされ、誰も開けたことがない部屋。
そこで、ひとつのパソコンが突然起動した。
黒い画面に文字が浮かぶ。
「Backup_rion.exe を実行しますか?」
数秒の沈黙。
YES
自動で選択される。
大量のログが流れ始める。
“藤堂亮介:存在情報欠落”
“矛盾検出:本来あるべき人物個体の不在”
“原世界に不可逆の異常が発生しています”
最後の行。
“――あなたは誰ですか?”
モニターの前には誰もいない。
だがその言葉は、まるで“消えた彼自身”が残した問いのようだった。
そして――
画面は自動的に閉じる。
藤堂亮介に関する記録は、これをもってすべて消失した。
◆7.世界は知らないままに
世界は知らない。
ひとりの男が、家族を守るために“自分の存在そのもの”を捨てたことを。
その代償として、社会に“誰も説明できない穴”だけが残された。
藤堂亮介を覚えている者は、もう誰もいない。
だが――
異世界では、その男の魂が“リオン”として歩いている。
彼は知らない。
自分が現世に遺した余波が、今も国家レベルの謎として騒ぎになっていることを。
現世の混乱は、これからさらに広がっていく。
そしてついに――
“本物の創造核”に関わる存在が、現世で動き始めるのはもう少し先の話だ。
ついにリオンと沙月は第四遺跡を越え、
北方の雪の街へ。
そこで待ち受けるのは、
“魔力を凍らせる女”との邂逅。
次回――8歳:雪原の街と“氷の魔女”




