7歳編・第6話:消えた湖 ― 魔素の泉 ―
春の終わりを告げる風が、村の谷間を吹き抜けていた。
その風はいつもより乾いており、どこか焦げたような匂いを運んでくる。
「……雨が少ないな」
畑の畝を見つめながら、ダリウスがつぶやいた。
「去年より土が乾いてる。井戸も少し浅くなってきた気がする」
リオンは黙って耳を傾けていた。
魔力の流れ――“魔素”の動きを感じ取る力を持つ彼にとって、
村の地下の“異常な静けさ”は、ただの水不足ではないとわかっていた。
(……魔素が薄い。何かが、流れを塞いでる?)
彼は立ち上がり、空を見上げた。
雲ひとつない空。
けれど、確かに“何かが消えていく”気配がある。
◆1.消えた湖
翌朝。
村の子供たちが大騒ぎしている声で、リオンは飛び起きた。
「たいへんだーっ! 湖が、湖がなくなってる!」
村の北にある“ミルナ湖”。
村人たちが生活水を得ていた源であり、
豊かな作物を育てるための命の池でもある。
リオンと沙月が駆けつけた時、そこに広がっていたのは――
干上がった地面だった。
「うそ……本当に、消えてる」
沙月が青ざめた声を出す。
水は一滴も残っていない。
湖底だった場所は、黒く焦げたようにひび割れている。
リオンはしゃがみ込み、手のひらを地面に当てた。
「……魔素が、吸い取られてる」
◆2.地の底の囁き
村人たちは混乱し、祈りを捧げ、恐怖に駆られていた。
「これは天罰じゃないか」
「神が怒ったんだ!」
しかしリオンはその声を背に、冷静に“データ”を取っていた。
魔力の流れを可視化する鑑定眼を起動すると、地面の下に巨大な渦が映し出された。
「……地下に“泉”がある。それが暴走して、湖の魔素と水を全部吸い込んでる」
沙月が唖然とする。
「そんな……どうするの?」
リオンは苦く笑った。
「たぶん、原因は僕だ」
「え?」
「この前の封印の時、僕の魔力が地下層に流れ込んだんだ。それで魔素のバランスが崩れたんだと思う」
沙月は拳を握る。
「……それでも、放っておけないよね」
「もちろん。取り戻す」
リオンの瞳に、決意の光が宿った。
◆3.地下への降下
夕方。
リオンは創造魔法で“地盤解析”の魔法陣を展開し、湖の跡地にぽっかりと開いた裂け目へと降りていった。
「沙月は地上で見張ってて。何かあったら、魔力で信号を送るから」
「わかった。でも、無茶しないで」
「……努力する」
薄暗い裂け目の中を、青白い光が照らす。
壁は水晶のように透き通り、無数の魔力の流れが見える。
やがて、彼は地下に広がる巨大な洞窟へとたどり着いた。
そこには――空に浮かぶような球体の湖があった。
「……なんだ、これ……?」
水ではない。
純粋な魔力の塊。
それが脈打ち、周囲の岩盤から“生命のエネルギー”を吸収している。
(これが“魔素の泉”……)
だがその中心には、黒い亀裂が走っていた。
◆4.泉の暴走
「これ以上は危険だ……」
そう呟く間もなく、泉が共鳴を始めた。
――ヴォォォォォォン……!!
洞窟全体が震え、無数の魔力線がリオンに襲いかかる。
「っ……くそっ!」
リオンは結界を張るが、紋章が熱を帯び、右腕から激痛が走る。
「封印が……暴走してる!?」
魔力の流入が止まらない。
泉は彼を“主”だと認識し、融合を試みていた。
『創造者、統合開始――』
頭の奥に、機械的な声が響く。
リオンの意識が白く塗り潰されていく。
(だめだ……このままじゃ、僕が――)
その時。
「リオンッ!!!」
上空から光の帯が降り注いだ。
沙月の魔力が、まるで糸のように彼を包み込んでいる。
「戻ってきて! あなたは……ここで生きる人でしょ!」
彼女の声が、意識をつなぎとめた。
「……ああ、そうだね」
リオンは微笑むと、両手を泉にかざした。
「創造魔法・再構成式――“循環”」
青い光が爆発的に広がり、泉の暴走は静かに収束していった。
◆5.再生の夜明け
翌朝。
ミルナ湖には、再び水が満ちていた。
昨日までひび割れていた大地は潤いを取り戻し、村人たちは涙を流して喜んでいた。
「リオン、ありがとう……!」
「お前がいなかったら、この村は終わってた!」
リオンは笑って答える。
「僕一人の力じゃない。沙月が呼んでくれたからだよ」
沙月は頬を染めて、そっぽを向いた。
「もう……調子いいんだから」
その時、リオンの右腕の紋章が微かに光った。
だが、今度の光は穏やかで、優しい。
(……もしかして、神様も少しだけ許してくれたのかもな)
夜、湖のほとりで空を見上げる。
水面に映る星々が、ゆらゆらと揺れていた。
――それはまるで、
かつて失った“現世の記憶”を、静かに慰めてくれているようだった。
湖の再生から一月後、森の奥でリオンが見つけた“古代の建造物”。
そこに刻まれた名――“rion_system_01”。
神のミスが、再び世界を揺らす。
次回――7歳:風の遺跡 ― 記録されし“RION_SYSTEM_01” ―




