5歳編・第2話:妹リリィと最初の絆
リオン・レインフォードが石に頭をぶつけてから、三日が経った。
額の包帯が痛々しいが、本人はもう元気そのものだった。
母エルナは心配して何度も寝かせようとしたが、リオンは聞かない。
「だいじょうぶだよ、かあさま! ほら、こんなに元気!」
と跳ねて見せた瞬間、足を滑らせて机に小指をぶつける。
「……いったぁぁ!」
エルナは深いため息をつきながらも、笑って頭を撫でた。
「リオン、本当に落ち着きがないわね……。でも元気で何よりだわ。」
家の中には穏やかな空気が流れていた。
薪がぱちぱちと燃え、煮込みの香りが鼻をくすぐる。
木の壁からは外の冷たい風がしみ込んでくるが、
その分、家の中のぬくもりがいっそう際立って感じられた。
リオンはふと、布団の上で眠る小さな妹――リリィを見つめる。
生後三か月。
まだ言葉も話せないが、寝顔を見るだけで心が落ち着く。
前世では、この光景を見たことがなかった。
会社のモニターの明かりしか知らなかった自分にとって、
この“命の温かさ”は、まるで奇跡のようだった。
リオンは、そっとリリィの手を握った。
小さな指が自分の親指をぎゅっと握り返してくる。
「……かわいいなぁ」
その声に、母エルナが笑いながら近づいた。
「リオン、お兄ちゃんになった自覚が出てきたのね。」
「おにいちゃん、かぁ……」
口に出してみると、不思議と胸が熱くなる。
彼は思わず真剣な顔になり、リリィの小さな頭をなでた。
「おれ、リリィをまもるよ。」
エルナは驚いたように目を見開き、そして優しく微笑んだ。
「頼もしいわね。じゃあ、お母さんと一緒にリリィのお世話、お願いしてもいい?」
リオンは胸を張って「うん!」と答えた。
***
その日から、リオンは妹のお世話を手伝い始めた。
母が洗濯をしている間は、布団のそばで見守り、
おむつを替えるときは布をたたむのを手伝った。
だが――もちろん、ドジは健在だった。
「リオン! おむつの向きが逆よ!」
「えっ、こっちが表じゃないの!?」
「お湯が熱いから気をつけてね」
「うん!」
(直後に手を突っ込んで「あっちぃぃ!」)
母は苦笑しつつも、決して怒らなかった。
その温かさに包まれながら、リオンは少しずつ“人の中で生きる”ことを学んでいく。
***
ある夜、リリィの泣き声で目が覚めた。
エルナは疲れて寝込んでいたため、リオンが起き上がる。
「どうしたの、リリィ……おなかすいたのかな」
小さな手を握りながら、寝かしつけようとする。
だが、抱き方が下手で、逆にリリィはもっと大きな声で泣き出した。
「え、ちがうの!? ど、どうしたらいいんだよ~!」
慌てるリオンの頭の中で、かすかな“記憶の断片”が浮かんだ。
――前の世界で、夜泣きの赤ちゃんをあやす映像をネットで見た。
確か、揺れをゆっくりにして、子守唄を――
「ねんね、リリィ……おにいちゃんがいるよ……」
ぎこちない声で歌を口ずさむ。
メロディも音程もバラバラ。
それでも不思議なことに、リリィの泣き声が次第に小さくなり、
やがてすうすうと寝息に変わった。
「……すげぇ」
リオンは感動して、その小さな額をそっと撫でた。
母に報告したくて飛び起きようとした瞬間――
「いってぇぇ!!」
机の角に足の小指をぶつけた。
泣き出しそうな痛みに耐えながらも、
彼の顔には笑みが浮かんでいた。
「これが、“家族”ってやつなんだな……」
月明かりが窓から差し込み、
母と妹の寝顔を優しく照らしていた。
***
失われた世界の知識はまだ断片だけ。
それでも、少年の胸には確かに“幸せ”が灯り始めていた。
――リオン・レインフォード、初めての家族の夜。




