7歳編・第2話:東の森の来訪者
春の終わり、まだ夜の寒さが残る早朝。
リオンは丘の上で、ひとり地図のようなものを描いていた。
草原の土に棒で線を引き、そこに小石を置いて方向を示す。
「東の森……異常信号の発生源、たぶんこのあたりだ」
彼の目には、薄く青白い光が残っている。
それは“鑑定眼”が稼働している証だった。
前世のプログラマー時代、無数のシステムログを見続けていた癖が、今もなお残っている。
(異常波が“創造波”ってことは……俺と同じスキルの持ち主?)
村の誰もが知らない世界の変化。
ただ一人、リオンだけがそれを感知していた。
◆1.森への出発
朝食を終えた後、母のリーナが声をかけた。
「リオン、今日は畑の手伝いお願いね」
「うん、でもちょっとだけ外を見てくるよ。すぐ戻る」
「外って……まさか森じゃないでしょうね?」
リーナの眉がぴくりと動く。
リオンは笑顔でごまかす。
「違う違う、丘のあたり。ちょっとだけ」
母の視線をかわしながら、リオンはリュックを背負って家を出た。
中には、前世の知識をもとに作った簡易コンパスと、小瓶に詰めたポーション。
そして、彼が試作した“創造式護符”が入っている。
(もしもの時は、これで防御壁を張れるはず……多分)
不安と興奮が入り混じったまま、リオンは東の森へと歩き出した。
◆2.森の気配
森に近づくにつれ、空気が変わった。
冷たく重い。まるで空間そのものが息をしているようだ。
風が止み、鳥の声も聞こえなくなる。
(この感じ……魔素が濃い)
リオンは手のひらをかざす。
薄く青い粒子が空中に浮かび、光の筋を描く。
まるでネットワーク回線の可視化のようだ。
『解析結果:魔素濃度 通常値の280%。周辺に高魔力生命体の存在を検知。』
re:rion_coreの声が響く。
「高魔力生命体……魔獣か?」
『正確には不明。ただし創造波を伴っています。』
「……ってことは、やっぱり“人”の可能性があるってことか」
リオンは深呼吸し、木々の間を進んだ。
足音を消し、周囲の気配に意識を集中させる。
やがて、微かな泣き声が聞こえた。
◆3.出会い
「う、うぅ……」
木の根元に、小さな影が座り込んでいた。
薄汚れた服。
金色の髪が泥にまみれている。
年の頃はリオンと同じくらい――七歳ほどだろうか。
「……君、大丈夫?」
声をかけると、少女がびくっと肩を震わせた。
怯えた瞳が、リオンを見つめる。
その目には、どこか“この世界の人間ではない”違和感があった。
「こ、ここは……どこ……? さっきまで、道路で……」
リオンは息を呑む。
(“道路”?)
「君、名前は?」
「……み、三浦……沙月……」
――その名を聞いた瞬間、世界が揺らいだ。
空気が歪み、リオンの頭の中に無数の映像が流れ込む。
【Signal resonance detected】
【同系統存在確認:rion_β-core】
「まさか……!」
◆4.もう一人の“転生者”
リオンは彼女の前にしゃがみ込み、優しく声をかけた。
「落ち着いて。ここはもう“日本”じゃない。異世界なんだ」
沙月は混乱したように首を振る。
「そんな……だって、信号で……トラックが……」
「それで気づいたら、ここにいたんだね」
彼女は涙をこらえながら頷く。
リオンは静かに言葉を選んだ。
「僕も同じだ。前の世界では――“藤堂亮介”という名前だった」
沙月の目が見開かれる。
「……りょうすけさん? 藤堂亮介? うそ……あの、伝説のSEの?」
リオンは目を瞬いた。
「伝説?」
沙月は震える声で続けた。
「うちの会社、あなたの作った“rionシリーズ”をずっと使ってたの!
消えた時、大騒ぎになったのよ! 全国の基幹システムが止まって……!」
リオンの心臓が止まるような感覚。
(やっぱり……あの“お願い”が、現世に影響してたのか……)
『確認:該当データ、実世界消去時に伴うシステム障害。
被害規模:中枢インフラ32%、商業系47%。』
「……冗談だろ……?」
◆5.二人の“創造核”
re:rion_coreと、彼女の中のβ-coreが共鳴する。
二つの声が同時に響いた。
『統合通信プロトコル開始。接続試験を実行しますか?』
『同期を確認。創造核βが反応しています。』
リオンは息を呑み、沙月の手を取った。
瞬間、二人の間に光の環が広がる。
世界の構造が、透けて見える。
木々の根の流れ、空気の粒子、魔力の波形――
まるでコードのように、世界が“読める”感覚。
「……これが、創造者同士のリンク……!」
沙月は涙を浮かべながら微笑んだ。
「りょうすけさん……じゃなくて、リオンくん……生きてて、よかった……」
リオンは照れくさそうに笑う。
「ありがとう。でも、君も“生きてる”んだ。もう一度な」
二人の間に、確かな“絆”が生まれた瞬間だった。
◆6.再び迫る危機
だが、その直後。
森の奥から重い唸り声が響いた。
地面が揺れ、木々の葉がざわめく。
『警告:高魔力反応接近。距離80メートル。種別:魔獣・ランクB。』
「やばい……!」
リオンは沙月の手を引いて走る。
後方から現れたのは、漆黒の毛並みをもつ巨大な狼――“ダークフェンリル”。
牙が光を反射し、地面を抉りながら突進してくる。
「沙月、下がって!」
「でも――!」
リオンは両手を突き出し、創造パネルを展開した。
「【創造:防壁陣式・第零層展開】!」
青い光が広がり、二人を包む。
衝撃音。地面が裂け、火花が散る。
「ぐっ……重い……!」
『警告:魔力消費率 臨界突破。制限値を超過しています。』
「いい、まだだ……!」
リオンは創造パネルを上書きする。
防御陣の下層に、新たな術式を刻む。
「【融合:氷結陣式+空間反転】!」
光が弾けた。
フェンリルの体が瞬時に凍りつき、空間が反転して霧散する。
森に静寂が戻った。
◆7.再会の証
リオンは肩で息をしながら、膝をついた。
沙月が慌てて駆け寄る。
「大丈夫!?」
「……うん、ちょっと魔力の使いすぎ」
『警告解除。生命活動に異常なし。魔力回路安定。』
リオンは笑った。
「re:rion_core、助かったよ」
『それが私の役目です。』
沙月も自分の胸に手を当てる。
「β-coreも……ありがとう」
『あなたの安全を確認。同期値、安定中。』
二人は見つめ合い、同時に笑った。
その笑顔には、孤独を知る者同士の温かさがあった。
◆8.次なる道へ
森を出る頃、太陽はすでに傾いていた。
リオンは背中の小さなリュックを開け、布を取り出す。
中には、リリィのために作った手作りのぬいぐるみが入っていた。
「沙月、これをあげる」
「えっ……いいの?」
「うん。村まで一緒に行こう。君をひとりにはしない」
沙月は涙ぐみながら、それを受け取った。
「ありがとう……リオンくん」
彼女の声は、森の風に溶けて消えていった。
――二人の“創造者”の旅が、ここから始まる。
リオンが沙月を村へ連れ帰る。
しかし村人たちは、“外から来た子”を受け入れようとはしなかった――。
次回――7歳:ふたりの約束、はじまりの村




