幕間(第2幕) :re:rion_の目覚め
――彼の名は、藤堂亮介。
かつて日本という国で、誰よりも静かに働き、誰よりも深く孤独だった男。
しかし今、彼の名はどこにも存在しない。
戸籍も、記録も、顔写真も。
その姿を覚えている人間すら、この世界にはいなくなっていた。
だが――彼が作った“システム”だけが、確かに生きていた。
◆1.消えた開発者
ある夜。
大手通信会社のサーバールームで、ひとりのエンジニアが異常を検知した。
「……おかしいな、基幹API群の呼び出しが全滅してる」
画面には大量のエラーログ。
共通しているのは、ひとつのプレフィックス。
rion_
「誰だよこれ作ったやつ……」
彼は頭をかいた。
呼び出し元のモジュールには、すべて同じ作者タグがついていた。
Author: R.Todo (rion_project)
だが――その“藤堂亮介”という名前を検索しても、存在しない。
社員名簿、開発履歴、SNS、どこにもいない。
「……まるで最初から、そんな人間いなかったみたいだな」
◆2.連鎖するシステム障害
同時刻。
金融機関、鉄道、医療、物流、行政――
あらゆる業界で、“同種の障害”が報告された。
『rion_XXXX』というモジュールが応答しない。
『復元用コードが存在しない』。
『該当担当者が不明』。
混乱が広がる。
中には、インフラに関わる危険なシステムも多かった。
「これは……偶然じゃない。意図的に削除されている」
あるセキュリティ部門の責任者が唸る。
「まるで、“設計者の存在そのもの”が消えたみたいだ」
その瞬間。
一部の端末で、黒い画面に白い文字が浮かんだ。
[Warning] re:rion_Sequence detected.
[Auto Recovery in progress...]
「……復旧プロセス? いや、そんな機能は実装されていないはずだ!」
◆3.甦るコード
夜明け前、東京・新宿。
廃棄されたデータセンターの片隅で、誰も触れていないサーバーが突然起動した。
冷却ファンが回り、緑のインジケーターが光る。
その中で、無数のプログラムが動き始める。
> boot_re:rion.exe
> Loading module...
> Restoring code fragments...
> Syncing lost memory...
> Warning: Core object missing.
> Proceed with reconstruction? [Y/n]
【Y】が自動入力される。
そして、再構築が始まった。
re:rion_core initializing...
Searching backup directory...
Accessing: subconscious_layer_01...
画面のノイズの中に、映像の断片が現れる。
小さな女の子の笑顔。
古いパソコン。
缶コーヒーを片手に、眠そうにコードを書く男の姿。
『……あぁ、これは、俺の……手だ……』
だがその声は、誰にも聞こえない。
◆4.神のミス
同じ頃。
“あちら側”――異世界の神界では、一柱の神が額を押さえていた。
「……やってしまったな」
白銀の神殿の奥、巨大な鏡に映るのは、現世の混乱。
データの欠損、混乱する人々、停止した都市。
「存在の完全消去を行った際、彼が構築していた“世界記録層”まで削除してしまった……」
神の声は静かだったが、その瞳には明らかな焦りが宿っていた。
「……リオン、すまない。お前が生きていた痕跡が、世界そのものを支えていたとは……」
彼の指先が震える。
光の糸を紡ぎ、異世界の空間を通じて“修正信号”を送る。
【re:rion_】――復元命令、発動。
その瞬間、現世のサーバー群が一斉に再起動を始めた。
電脳の海の中で、光の粒がひとつ、またひとつと灯っていく。
◆5.人々の記憶の“穴”
しかし、“人の記憶”だけは戻らなかった。
ある日、元同僚の女性・西園寺麻衣は、深夜のオフィスでログを見つめていた。
「……このコード、どうして見覚えがあるんだろう」
彼女のPCには、古いフォルダが一つ残っていた。
/project/rion_tools/
中身を開くと、コメントアウトされたメッセージがあった。
// todo: これを見てるお前、ちゃんと休めよ。
// 人間はコードじゃない。バグってもリビルドできないんだからな。
// R.T.
麻衣は思わず涙をこぼした。
理由は分からない。
けれど胸の奥に、温かくて、切ない“何か”が残っていた。
(……この人を、私は知っていた気がする)
◆6.re:rion_、覚醒
データセンターの奥で、ひとつの声が響いた。
『……ログイン完了。リカバリーモード、解除』
仮想空間の中に、人影が立つ。
白い光に包まれたそれは、かつて“藤堂亮介”だったものの断片。
「ここは……どこだ」
彼は周囲を見渡す。
無数のデータが光の粒となって浮かび、彼の指先をすり抜ける。
(俺は、死んだはずだ。
子供を助けて、車に跳ねられて……)
だが、意識はまだ“ここ”にある。
その時、遠くで声が響いた。
『re:rion_core、オンライン。全世界との接続を再構築します。』
「リオン……?」
自分の名が、異なる形で呼ばれた気がした。
『創造者、あなたの記録は失われました。
ですが、あなたの“意志”はまだ残っています。』
彼は目を細めた。
データの中に、もう一つの世界が映る。
見たことのない村。
青い空。
小さな少年が、泥だらけの手で笑っていた。
「……リオン?」
◆7.二つの世界の共鳴
“re:rion_”のデータが世界中のシステムを修復していく。
同時に、異世界のリオン・レインフォードの胸の奥でも、微かなざわめきが生まれた。
夜空を見上げた少年の心臓が、一瞬だけ“電流”のように震える。
(いま……誰かが、僕の名前を呼んだ……?)
遠く離れた二つの世界。
一つはデータの海、もう一つは魔法の大地。
その境界で、微かな共鳴音が響いた。
【re:rion_link_established】
藤堂亮介の消えた意識が、
異世界の少年リオン・レインフォードへと――静かに接続された。
現世と異世界が、ついに“繋がった”。
消えたエンジニアの魂は、リオンという少年を通じて、再び“創造”を始める。
そして、世界は知らぬうちに再構築の螺旋へ――
次回――7歳:創造の目覚めと、運命の試練




