6歳編・第12話:旅立ちの道と、出会いの街
春の陽気が村を包み、空気にほんのりと草の匂いが混ざり始めた頃。
リオンは父・ダリウスと共に、初めて“外の街”へ出ることになった。
村で採れた作物と、母・エルナが作った乾燥野菜や木の実の菓子を、行商人の集まる街へ運ぶのだ。
「リオン、荷車の縄をもう一度締めてくれ」
「うん!」
朝日が昇る。
荷車の上には、干した芋、麦、乾燥果実、蜂蜜の小瓶が並ぶ。
まだ見習いの手仕事ばかりだが、村にとっては貴重な商品だ。
「……これを売って、鍬の刃を新しくできるといいな」
父の言葉に、リオンは笑った。
「僕、頑張って売るよ!」
◆1.初めて見る外の世界
街までの道のりは、徒歩で半日ほど。
だが、村の外へ出るのはこれが初めてだ。
道中、草原には小さな花が咲き、遠くには青い森が見えた。
「うわぁ……村よりもずっと広い」
リオンは目を輝かせる。
途中、行商の荷馬車とすれ違うたびに、父は帽子を取って挨拶した。
「こんにちは、ダリウスさん! そちらは坊やか?」
「はい、息子のリオンです。今日が初めての街です」
「ははっ、初陣だな。しっかり父上を助けるんだぞ」
リオンは胸を張って答える。
「うん! 任せて!」
行商人たちの笑い声が、春風に混じって消えた。
◆2.街への到着
昼を過ぎるころ、石造りの門が見えてきた。
そこが、村人たちが“西の街”と呼ぶ小さな交易の町――バルンだった。
門の前では荷馬車が列をなし、商人たちが品物を見せて入場の許可をもらっている。
「お父さん、ここが……街……!」
リオンは息をのんだ。
人の声、金属の音、香辛料の匂い――村では感じたことのない熱気が渦巻いている。
「リオン、目を離すなよ」
「うん!」
市場の中はまるで迷路のようだった。
野菜、果物、肉、革、鉱石、薬草――あらゆる物が並んでいる。
そして、リオンの目を引いたのは、露店で売られていた一冊の本だった。
「……本だ」
見慣れた紙と文字。
けれど、それは異世界の文体で、彼にはすべて読める。
(……僕、こっちの文字が読めるんだ)
不思議な感覚だった。
前世の日本語とは違うのに、意味が自然に理解できる。
まるで頭の中に“翻訳モジュール”でもあるような感覚。
◆3.少年との出会い
露店の一角で、リオンは一人の少年に出会う。
薄茶色の髪に青い瞳。
背丈は同じくらいだが、服装がどこか上品だ。
「君、それ読むの?」
「うん、ちょっと気になって」
「へぇ、珍しいね。村の子ってあんまり文字読めないのに」
リオンは照れたように笑う。
「お父さんに教わったんだ」
少年は興味深そうに彼を見た。
「僕、カイル・メルティス。商人の家の子なんだ」
「ぼくはリオン・レインフォード。農家の息子だよ」
「リオン……ふーん。いい名前だね」
カイルは笑って、手を差し出した。
「君、気に入ったよ。今度うちの屋敷にもおいでよ」
リオンは少し驚いたが、その手を握り返す。
「あ、ありがとう!」
その時――市場の奥で、小さな悲鳴が上がった。
◆4.市場の小事件
「盗賊だ! 子どもが金貨を盗まれたぞ!」
人々がざわめき、走り回る。
リオンとカイルは顔を見合わせた。
「リオン、行こう!」
「うん!」
路地を駆け抜けると、痩せた少年が袋を抱えて逃げていた。
リオンは足を滑らせながらも追う。
「ま、待って!」
袋をつかもうとした瞬間――
少年が振り返り、石を投げつけた。
「うわっ!」
リオンは避けようとしたが、足がもつれ……
案の定、盛大に転んだ。
「いててて……またやった……」
だが、その転倒の勢いで少年の足に引っかかり、二人まとめて転ぶ。
袋が地面に転がり、中から金貨が散らばった。
警備兵が駆けつけ、少年は捕まった。
◆5.罪と赦し
「……ごめんなさい、ぼく、お腹が空いて……」
泣きじゃくる少年を見て、リオンの胸が痛んだ。
「おじさん、この子、悪い子じゃないよ」
「だが、盗みは盗みだ」
リオンはうつむきながらも、袋の中を見た。
金貨は三枚。
カイルの家の紋章が刻まれている。
「僕の家のお金だ。けど――いいよ。今回は見逃してあげて」
カイルがそう言った。
兵士は渋い顔をしながらも、少年を放した。
少年は涙をぬぐい、二人を見つめる。
「……ありがとう」
「お腹、空いてるんでしょ。これ、うちの蜂蜜干し芋」
リオンは袋から菓子を差し出した。
少年は驚いた顔をし、やがて泣き笑いした。
「ありがとう、兄ちゃん」
◆6.帰り道と芽吹く友情
日が傾く頃。
リオンは父と共に帰路についた。
荷車には、売れた分の代金と、新しく買った鍬の刃が載っている。
「初めての街は、どうだった?」
「すごく楽しかったよ。友達もできたし、少しだけ人を助けられた」
父は目を細めた。
「そうか……それは立派なことだ」
リオンは空を見上げる。
遠く、夕日に染まる雲の間に、鳥の群れが飛んでいた。
(この世界は、広い……まだまだ知らないことがたくさんある)
そう思うと、胸の奥がわくわくと熱くなる。
◆7.夜の決意
村に戻ると、母と妹が迎えてくれた。
リリィが小さな手を伸ばす。
「おにいちゃん、まち、どうだった?」
「すごかったよ。いつかリリィも一緒に行こうね」
妹を抱きながら、リオンはそっと心の中で誓う。
――いつか、この村の外に出て、もっとたくさんの人と出会いたい。
そして、この世界を“もっと生きやすい場所”にしてみせる。
春の風が吹き抜ける。
夜空には、前世で見た星々とよく似た光が瞬いていた。
藤堂亮介の存在が消えたことで、複数の基幹システムが異常を起こす。
“rion_”と名のつく謎のファイル群が世界中で同時にエラーを吐き、
やがて“re:rion_”という復元コードが動き出す――
神が消し、システムが甦る。二つの世界が、静かに共鳴を始める。
次回――幕間:現世の混乱。




