6歳編・第9話:霧の中の影
秋が深まり、朝の空気が白く曇り始めた。
リオンの村に、少しずつ異変が忍び寄っていた。
「なんだか最近、空気が重いね……」
「ぴぃ(うん。森の方から“魔素の濃い霧”が出てる)」
霧は朝だけでなく、日中にも残るようになっていた。
遠くの木々が白くかすみ、いつもの牧歌的な風景に、不気味な輪郭が混ざっていく。
「森で何か起きてるのかな」
リオンは首をかしげた。
だが大人たちは口を揃えて言う。
「まぁ季節の変わり目だろう。冬が近いからな」
そう笑う父ダリウスも、夜には小さく咳き込むようになっていた。
◆1.異変の兆し
翌朝。
リオンは村の井戸で水を汲んでいた。
すると――井戸の水面が、ぼんやりと紫色に光った。
「……え?」
【鑑定眼:発動】
【対象:井戸水】
【状態:軽度魔素汚染/原因不明】
「魔素汚染……?」
ピィが羽を震わせる。
「ぴぃ、それ、森から流れ込んでるね。魔獣の気配が混ざってる」
リオンは顔をしかめた。
(魔獣……? でも、ここから森までは1キロ以上あるのに)
霧は、風下にある村へと少しずつ侵入してきていた。
その中心には――黒い影が蠢いていた。
◆2.父の異変
「リオン、畑の手伝いを――」
声が掠れていた。
振り向くと、父ダリウスの顔が青白い。
額には汗、そして目の下にうっすらと黒い影。
「父さん!? 大丈夫!?」
「少し、頭が重いだけだ……。すぐ治るさ」
そう言って笑うが、足取りはおぼつかない。
【鑑定眼】
【対象:ダリウス・レインフォード】
【状態:魔素中毒・初期】
リオンの心臓が早鐘を打つ。
(やっぱり……! 霧が原因だ)
「ぴぃ! 魔素を浄化する方法、知らない?」
「ぴぃ……自然には抜けるけど、時間がかかる」
(そんなの待てない……!)
リオンは決意した。
「ぼくが、治す」
◆3.創造パネルによる“魔素浄化装置”
夜、リオンは風車小屋に籠った。
ランプの明かりの下、創造パネルを開く。
【設計モード起動】
【目的:魔素を吸着し、空気を浄化する】
「素材は……この前拾った風石、あと井戸の水を通す導管……」
前世の知識を思い出しながら、彼は必死に描き続けた。
“フィルター”、“循環”、“排気”。
まるで空気清浄機のような魔導装置を、脳内で再現する。
「創造魔法!」
青白い光が弾け、小さな円盤状の装置が生まれた。
風石を中心に、淡い光を放つそれは、まるで鼓動しているようだった。
「……できた」
リオンはそれを父の枕元に置いた。
すぐに光が広がり、空気が澄んでいく。
「う……ぁ……」
ダリウスが苦しそうに咳をして、やがて安らかな寝息に変わった。
頬に少しずつ赤みが戻る。
「……よかった」
リオンは涙を拭い、装置の光を見つめた。
◆4.森の中の影
翌日、森の偵察に出る決意をした。
「リオン、どこへ行くつもりだ?」
「ちょっと、霧の様子を見てくる」
ダリウスは止めようとしたが、リオンの真剣な目を見て言葉を飲み込んだ。
「気をつけろよ……」
リオンはピィとともに森の入り口へ向かった。
霧は濃く、空気は重たい。
足元の草が枯れ、鳥の鳴き声がしない。
「……ぴぃ、何か感じる?」
「ぴぃ(うん。魔獣じゃない……何か、“人”の魔力)」
その瞬間――
ガサッ。
霧の中から、黒いローブの影が現れた。
その手には、不気味な杖。
「……子供?」
「あなた、誰?」
ローブの人物は笑った。
「ふふ、なるほど。ここが“消された村”か」
リオンの胸がざわつく。
(消された……? なにを言ってる?)
「この土地には、“存在を消された者”の残滓が残っている。
我々はそれを集めて、世界の“空白”を埋める」
ピィが鋭く鳴く。
「ぴぃっ!(リオン、逃げて!)」
杖の先が光り、黒い霧が渦を巻く。
その中心から――“人の形をした影”が浮かび上がった。
◆5.影との対峙
「創造パネル起動!」
リオンの前に青い光が広がる。
【設計:風圧反転結界】
【出力:最大】
「創造魔法!」
轟音と共に風の壁が形成され、黒い霧が弾かれる。
だが影は怯まない。
霧の手を伸ばし、リオンの腕を掴もうとする。
「うわっ!」
ピィが前に飛び出す。
「ぴぃぃぃ!!(風撃波!)」
突風が炸裂し、影は霧散した。
だがその余波でリオンは転倒し、石に頭をぶつけた。
視界が揺れる。
遠くで、誰かの声が聞こえる。
『……また……“創造者”が干渉を始めたか』
『放っておけ。やがて、すべては均される』
その声は、神でも人でもなかった。
ただ、冷たく機械的な響き。
◆6.霧の消失
次に目を開けた時、朝日が差し込んでいた。
ピィが心配そうに覗き込む。
「……リオン、生きてる?」
「うん……あれ、影は?」
「ぴぃ(消えた。霧も全部、風に流された)」
リオンは上体を起こし、森を見渡した。
あの濃い霧は跡形もなく、ただ朝露の匂いが残るだけ。
(……守れた、のかな)
彼は小さく息をつき、村へ戻る。
父も母も元気を取り戻していた。
妹のリリィが笑いながら駆け寄る。
「おにいちゃーん! おかえり!」
その声に、リオンは心の底から笑顔を返した。
◆7.夜、再び創造パネルが光る
その夜。
眠りにつこうとした瞬間、リオンの創造パネルがひとりでに開いた。
【エラー:外部干渉を検知】
【削除データ:rion_core_02】
「……りおん、こあ?」
ピィが小さく鳴く。
「ぴぃ、それ……あんたの“前世のプログラム名”じゃない?」
リオンの背筋が凍る。
(まさか……前の世界で、何かが消えてる?)
霧の影――あの人物が言っていた「消された村」。
それはもしかして、前世の“消去された存在”と関係があるのか。
「……ぼくの存在を、探してる?」
風が鳴り、パネルの光が静かに消えた。
少年はまだ知らない。
その小さな村での異変が、二つの世界の歯車を再び噛み合わせたことを。
霧の一件を経て、リオンは初めて「自分を狙う何か」の存在に気づく。
それでも日々は続き、村では冬支度が始まった。
雪とともに訪れる“新しい命”――
次回、「リリィの笑顔と、冬の初雪」。
家族の温もりが、少年の創造を照らす。




