6歳編・第6話:訪問者 ― 村に来た男
収穫祭から数日後。
村の朝は、いつになくざわめいていた。
「ダリウスさん、村に見知らぬ人が!」
「馬車だ! しかも立派なやつだぞ!」
その声に、リオンは玄関の外へ飛び出した。
朝の光の中、土道をゆっくり進む馬車が見える。
車体には見慣れない紋章――王都の商業ギルドの印だ。
父ダリウスが眉をひそめる。
「こんな辺鄙な村にギルド関係者が来るなんてな……」
やがて馬車が止まり、中から男が降り立った。
背の高い壮年の男。きっちりとした服装に、深い笑みをたたえている。
「初めまして。私は商業ギルド西支部の代理人、カイン・ローデンと申します」
その声は落ち着いていたが、どこか探るような響きを含んでいた。
◆1.「リオン畑」の噂
カインは村長と挨拶を交わし、すぐに本題を切り出した。
「お噂は王都まで届いております。“枯れた畑を甦らせた奇跡の少年”がいるとか」
その言葉に、村人たちはざわめいた。
リオンは顔を真っ赤にして首を振る。
「ぼ、ぼくはそんな……ただ少し、魔法を使えただけで!」
カインは穏やかに笑う。
「いやいや、謙遜なさらず。
あなたの“マナビーンズ”はこの地方の土壌汚染を浄化し、作物を甦らせた。
それはもはや神の奇跡に等しいことですよ」
(……神、か)
リオンの脳裏に、前世で出会った“神”の姿が一瞬よぎる。
すべてを消し、そして新しい命を与えてくれた存在。
だが同時に――現世では、それが“大混乱”を招いているとも知らずに。
カインはゆっくりと続けた。
「その豆を、王都で栽培・販売できれば、多くの飢えを救えます。
どうでしょう、少年。王都で研究してみる気は?」
父ダリウスが一歩前に出た。
「息子はまだ六つの子どもだ。王都に行かせるわけにはいかねぇ」
カインはにっこりと笑ったが、その目の奥は冷たかった。
「もちろん、強制ではありません。ただし……」
彼は腰のポーチから、銀貨を何枚も取り出した。
「この豆の種を少し分けていただくだけで、これだけお支払いします」
銀貨の輝きに、周囲の大人たちは息をのむ。
貧しい村にとって、それは夢のような金額だった。
◆2.子どもの直感
「父さん、だめだ」
リオンは静かに言った。
「この人……豆のことを“研究”じゃなくて、“利用”したいだけだ」
「ほう?」
カインの眉がわずかに動く。
「魔力の扱いを知らない人がマナビーンズを栽培したら、暴走する。
村の畑みたいにね。命を奪うかもしれない」
沈黙が落ちる。
リオンの声には怒りでも恐怖でもなく、“確信”があった。
それは前世で数多のシステムを設計した彼の“職業的勘”でもあった。
「……子どものくせに、なかなか勘が鋭いね」
カインは笑いを引っ込め、冷ややかに言った。
「まぁいいさ。王都はいつでも君を歓迎する。考えが変わったら、知らせてほしい」
そう言い残して、男は馬車に戻り、村を去っていった。
◆3.残された疑念と静かな嵐
その夜。
村ではカインの話題でもちきりだった。
「リオン坊、せっかくのチャンスを断ったのか?」
「銀貨をもらえれば冬を越せたのに……」
人々の不満は、少しずつリオンに向かい始める。
ダリウスは息子をかばいながらも、苦しい表情をしていた。
「すまないな、リオン。お前の判断は正しいと思う。でも……」
リオンは首を振った。
「いいよ、父さん。ぼくが蒔いた豆で、誰かが苦しむなんて嫌だ」
夜風が冷たく吹き抜ける。
リリィが眠る隣で、リオンは空を見上げた。
(……“作る”って、難しいな)
前世では“成果物”さえ作ればよかった。
でも今は、“誰かを幸せにするために作る”ことが目的だ。
それは同時に、“誰かを不幸にしない責任”でもあった。
ピィが頭の上で鳴く。
「ぴぃ……(むずかしい顔)」
「うん。でも、がんばる。ぼくが作る世界は、誰も泣かせない」
その決意を聞くように、空の星が一つ、流れ落ちた。
◆4.王都への波紋
数日後。
王都では、商業ギルドの報告書が上層部に届いた。
『農村に未知の“魔法豆”を確認。
創造魔法による生産との噂あり。
少年・リオン・レインフォード、要監視対象。』
その報告を見た一人の貴族が、不敵に笑う。
「創造魔法……そんな力が存在するとは。
面白い。少し、“調べて”みるか」
リオンの知らぬところで、運命の歯車が静かに回り始めていた。
王都の目が村に向けられた。
一方で、リオンは妹リリィと“最初の発明”に挑む。
木を削り、金属を叩き、手作りの“風車”を作る――。
しかしその試みは、またもや大騒動を巻き起こす。
次回、「風を呼ぶドジ少年」。
風は未来への最初の歯車を回し始める――。




