7歳編・第94話:村の上に落ちる影 ― 初めての対峙
『村の上に落ちる影 ― 初めての対峙』**
森の奥に揺らめく黒い靄は、やがて形を持ち始めた。
枝が折れる音、草が焼ける匂い。
大地が鳴る。
ゆっくり、だが確実に――“それ”は近づいてくる。
リオンの胸の奥で、冷たい脈動が広がった。
(……来る)
ロウガが木剣を背に回し、
腰の短剣に手を伸ばした。
「リオン。あれは……どうやらお前の“影”に関係してるみてぇだな」
リオンは小さくうなずいた。
「うん。たぶん、あれ……僕の魔力暴走のあとに残った“抜け殻”」
黒い霧は、まるで苦しげにのたうちながら、森をかき分け前へ進む。
――ずるずる……
――ぎ、っ、ぎぃ……
耳鳴りのような音がつねにまとわりつき、空気を歪ませる。
(この感じ……胸の奥が“溶ける”みたいだ……)
ロウガが低い声で言う。
「リオン、距離を取れ。あれは普通じゃねえ……魔物というより、呪いの塊だ」
「ううん、僕が前に出る」
リオンはロウガの前へ一歩進む。
胸の中心が、熱と冷気がまざったようにチリチリと痛む。
(逃げられない。これだけは……)
森の入口で、影は形を成した。
黒い霧が凝縮し、人の形に似た“何か”へと収束していく。
その中心――
かつてリオンの中にあった「影核」を模した黒い穴が、
ぽっかりと胸に空いていた。
『……リ……オン……』
か細い、壊れた声。
リオンの目が見開かれる。
(……覚えてる。この声……僕の中で暴れてた“影”だ……)
影の霧が震え、ぐらり、とこちらへ向く。
ロウガが身構える。
「来るぞ!」
地面を抉るほどの勢いで、
影はリオンに向かって飛びかかった。
黒い破片が風を裂く。
ロウガが横へ飛び、リオンを庇うように剣を振るう――
しかし刃は影を裂かない。
霧のように分散し、すぐに形に戻った。
「くそっ、効かねぇ!」
影が再び跳ね、リオンの首へ伸びるように襲いかかる。
リオンは反射的に手を伸ばした。
「やめて……!」
手のひらから黄金の光があふれた。
――ガッ!
影の霧の輪郭が焼ける。
黒い姿がのけ反り、耳障りな悲鳴が響く。
『……ギィィアァァ……!』
ロウガが驚愕する。
「おい……お前、光魔法なんか使えるのかよ!?」
「わかんない! でも――」
リオンの胸が強く脈打つ。
黄金と白の混ざった魔力が、まるで勝手に反応している。
影は焼かれながら、苦しげに身をよじった。
その声は――泣いているようにすら聞こえた。
『……かえ……セ……』
「……返せ?」
胸がざわつく。
(僕の影核を……返せって、言ってる?)
影の胸に空いた黒い穴。
そこには“何もない”。
リオンの内部で暴走した影核は砕け、散って消滅した。
もう返すものなどない。
「ごめん……返せないんだ。
だって、もう……僕の影核は壊れちゃった」
影の姿が揺れる。
『……ナゼ……ナゼ……』
濁った声がリオンの脳に響く。
『ナゼ……壊シタ……ナゼ……逃ゲタ……
ナゼ……棄テル……!』
怒りとも悲哀ともつかない声。
影は腕のような形を伸ばし、リオンの胸へ触れようとする。
ロウガが立ちはだかる。
「触らせんな、リオン!」
「だいじょ――」
言おうとした瞬間だった。
影が、震える手でリオンの胸に触れた。
――ドクン!
リオンの視界が一瞬で暗転する。
世界の音が遠ざかる。
胸の内側が引き裂かれるような感覚。
(……あ……だめ……)
影の声が耳元で囁く。
『……返セ……返セ……返セ……』
リオンは両手で胸を押さえる。
ロウガが叫ぶ。
「リオン! しっかりしろ!」
黒い霧がリオンの身体に絡みつき、
影の核の“空っぽの穴”が、
リオンの胸の上を狙って重なるように迫ってくる。
(吸われる……!?
僕の魔力が――僕の心が……引っ張られてる……!)
自分の内側が破かれていくような、
ぞっとする痛みと寒気。
ロウガが短剣を抜き、霧の束に斬りつける。
「離れろッ!」
その一撃で影は大きく吹き飛んだ。
リオンは膝をつき、荒い息を吐く。
「ハァ……は……っ……ロウガ……」
ロウガは肩で息をしながらリオンを抱え起こした。
「大丈夫か……!」
「……うん……なんとか……」
影は森の入口でよろめきながら再びこちらを向いた。
ボロボロに崩れながらも、
その瞳に似た“黒い穴”は、リオンだけを見つめている。
(……あれ、僕の“影”の……残った想い?)
影はふらふらと立ち上がり、また歩き始める。
『……リオン……』
その声は、もう怒りでも呪いでもなく――
失われた“居場所”を求める声だった。
(ごめん……でも、戻れない。
僕は……あの影と一緒には、もう……)
影がリオンへ伸びる。
ロウガが前に立つ。
リオンは、胸の奥の光を握りしめた。
「ロウガ、手伝って……
これ、終わらせる」
ロウガは歯を食いしばり、うなずく。
「おう……相棒」
影と光――
二つの“核”が、初めて真正面から向き合った。
そしてその対峙は、
リオンの運命を変える最初の分岐となる。
黄金の光が、リオンの手からあふれた。
影が、最後の叫びとともに飛びかかる。
――光と影がぶつかり合った瞬間、
訓練場の周囲の空気が震動し、
世界が軋んだ。
二つの核が交差し、衝撃は村中へ響き渡った。
その爆音と光は、
これから始まる“本当の物語”の幕開けだった。
影は単なる敵ではなく、
リオンの欠片であり、彼の弱さでもあり、彼が抱える“もうひとつの可能性”でもあります。
だからこそ、影の叫びや苦しみは、
じつはリオン自身の心の形でもあります。
次回から、影との衝突はクライマックスへ。
ロウガとの絆、リオンの光魔力の真相、
影が求めていたもの――
すべてが明らかになっていきます。
あなたが「続き」と言ってくれるたびに、
リオンの物語は前に進みます。
また次も、書かせてください。




