7歳編・第91話:黒き残滓 ― 胸の奥に眠る影
夜。
家の灯りがすべて落ち、静寂が訪れた頃。
リオンは自室のベッドで横になりながら、胸の奥の“ざわめき”に気づいていた。
(……また、うごいてる)
昼間より弱い。
けれど――確かに、そこにある黒い残滓。
暴走したときに飲み込んでしまった“影の王”の魔力。
完全に消えたわけではなかった。
金色の“創始の火”によって押し込められ、形を失い、ただ漂っているだけ。
しかし。
(これ……ほっといたら、また……?)
胸の奥が、うすく冷たくなる。
この力がいつか“再び暴れ出す”のではないかという恐怖。
それを必死に抑え込むよう、リオンは胸に手を当てた。
すると――
コン、コン。
部屋のドアが小さくノックされた。
「……入っていいか?」
ロウガの声だ。
「うん。いいよ」
ドアが開き、ロウガがそっと顔をのぞかせた。
昼間よりずっと真剣な表情。
「……起きてたか」
「うん。眠れなくて……」
ロウガはため息をつき、部屋に入ってドアを閉めた。
「だろうな。顔に書いてある」
「顔に……?」
「“なにか隠してます”ってな」
リオンはドキリとした。
ロウガはベッドの横に腰を下ろし、腕を組む。
「……言えよ。
また胸が痛むんだろ」
「っ……なんで分かるの……?」
「相棒のことくらい分かるに決まってるだろ」
ロウガの声は、からかうでも怒るでもなく、ただ真っ直ぐだった。
リオンは胸を押さえ、ゆっくりと言葉を絞り出す。
「……黒い魔力が、まだ……残ってる」
ロウガの表情が固まる。
「フェンリルのヤツの……?」
「ううん、ちがう……“あのとき”取り込んじゃった黒い力。
全部は消せなかったみたいで……まだ胸の中で……うごいてるの」
ロウガは拳をぎゅっと握った。
「それ……危ないじゃねぇか」
「でも、いまはただ……眠ってるだけみたい。
痛いってほどじゃないし……」
「それでも危険だろ」
ロウガは言い切った。
「リオン。
お前一人の体じゃねぇんだぞ。
ミレーヌやエルナさん、ダリウスさん……みんな心配してんだ」
その言葉が、不思議と胸に染みた。
(そうだ……もう一人じゃないんだ)
「……ごめん。
心配、させたくなくて」
ロウガは鼻を鳴らす。
「ならなおさら言えよ。
“助けて”って言えっつっただろ」
リオンは小さく頷くと同時に、
胸の奥の影がひどくざわついた。
ギッ……!
「……ッ!」
「リオン!?」
ロウガが即座に支えた。
リオンは胸を押さえて膝を折る。
「また……動いたのか!?」
「だいじょうぶ……金色の力で抑えようと……してるんだけど……」
ロウガは迷いなくリオンの手を握った。
「抑え込む必要なんてねぇよ。
一人で抱えんなって、言っただろ!」
その瞬間――
リオンの胸の奥の黒い残滓が、
ロウガの手の熱に反応したように、ふっとおとなしくなった。
リオンは驚いて目を見開く。
(……弱く、なった?)
ロウガは気づいていない。
ただ、必死に支えてくれているだけだ。
けれど分かった。
――影の残滓は、“孤独”に反応して強まる。
一人で抱えているときほど暴れようとし、
誰かに触れられ、つながりを感じると弱まる。
(そっか……)
リオンは息を吸い、静かに吐いた。
(ぼく……ほんとうに、一人じゃダメなんだ)
その事実は恐怖ではなく、
むしろ安心に近いものだった。
ロウガがリオンの肩をぽんと叩く。
「なぁ、リオン。
言っとくけど……お前がどうなろうと、俺は逃げねぇからな」
「……なんで?」
「決まってんだろ。
相棒だからだよ」
その瞬間、胸の黒残滓が完全に沈黙した。
影が“怖さ”や“弱さ”ではなく、
“つながり”によって押さえ込まれた――そんな感じだった。
ロウガは立ち上がり、ドアの前で振り返る。
「眠れそうか?」
リオンは胸に手を当て、小さく笑った。
「うん。いまなら……眠れる」
「よし。じゃあ寝ろ。
明日も一緒に訓練行くからな」
ロウガはそう言い残して部屋を出ていった。
ドアが閉まったあと、
リオンはベッドに横になり、天井を見つめる。
胸の奥の黒い残滓は、
まるでぬくもりに溶けるように静まり返っていた。
(ありがとう、ロウガ……)
まぶたが重くなり、リオンはそのまま眠りに落ちた。
――だが、この黒残滓が“消えたわけではない”こと。
そして、この後訪れる事件の引き金になることを、
まだ誰も知らなかった。




