幕間(第1幕) :現世の混乱 ― rion_消失によるシステム障害 ―
「現世の混乱 ― rion_消失によるシステム障害 ―」
“存在の削除処理、完了――”
――だが、それは“完了”ではなかった。
世界のデータベースに、微細なノイズが走った瞬間。
「藤堂亮介」という一人の男の削除は、完璧ではなかったのだ。
東京都・港区。
朝6時25分。
高層オフィスビル「テクスフィア本社」では、毎日通りの始業準備が進んでいた。
社員用AIサーバーが自動起動し、ログイン履歴を確認する。
だが、その瞬間――
警告音が鳴り響いた。
【エラー:ユーザーID “rion_todo” が認識されません】
【関連データ:存在参照が不整合です】
「……は? なんだこれ」
管理チームの若手エンジニア、春野悠真がモニターに目を凝らす。
彼はシステム監視の担当だった。
だが、その警告内容を理解した瞬間、背筋が冷たくなる。
「ユーザー消失……? データ損失じゃなくて、存在参照が……ない?」
つまり、“彼が存在した形跡そのもの”が消えている。
社員情報も、契約履歴も、勤怠ログも――。
それどころか、過去の映像データの中からも“彼の姿”が削除されていた。
春野は震える手で言った。
「まさか、亮介さんの……?」
藤堂亮介。
かつて、この会社の中核システムを設計した天才プログラマー。
彼のコードは、社内ネットの心臓部に埋め込まれ、いまだ誰も完全には理解できていない。
1週間前、彼は突然、出勤を停止した。
連絡もなく、音信も不通。
誰も彼を見た者はいない。
そして今――
世界のあらゆるデータから“藤堂亮介”という存在が、まるで最初からなかったかのように消え始めていた。
◆1. データの崩壊
午前7時。
テクスフィアのサーバー群が次々と異常を示す。
【ERROR 404: CODE ‘rion_core’ NOT FOUND】
【システム依存関数の実体参照に失敗しました】
春野が叫ぶ。
「まずい……! “rion_core”って、亮介さんが作ったメインAI制御じゃん!」
隣のチーフ、佐伯が顔をしかめる。
「代替コードはあるのか?」
「ないです! このモジュールが消えたら、制御系が全部崩れます!」
次の瞬間、オフィス中の端末が一斉にブラックアウトした。
警備システム、ネットワーク制御、照明、空調――すべてが同時に停止。
非常灯が点滅する中、社員たちが騒然とする。
「な、なんだ!?」
「サーバーが落ちたのか!?」
「ログインが全部エラーに!?」
春野は頭を抱え、画面を睨んだ。
(どうして、コードごと“消えてる”んだ……?)
まるで“存在をなかったことにされた”ような、論理破壊。
単なる削除ではなく、“参照不可能なゼロ”。
ファイル構造に空白が生まれ、そこに誰も触れられない。
◆2. 消えた記憶
数日後。
混乱は社内だけに留まらなかった。
藤堂亮介に関する記録は、行政の住民データベースからも消えていた。
戸籍、マイナンバー、学歴、病院のカルテ、銀行口座――
どのシステムを検索しても、「該当者なし」と表示される。
さらに奇妙なのは、“彼のことを覚えている人間”が減り始めたことだ。
同僚の一人が言う。
「亮介……? 誰だそれ?」
「いや、ほら。前まで一緒に働いてた……天才プログラマーの」
春野は必死に説明する。
「この会社の基幹AIを作った、藤堂亮介さんだよ!」
しかし、相手は眉をひそめるだけだった。
「そんな人、最初からいなかったと思うけど」
春野の手が震えた。
携帯に残っていたチャット履歴を開く。
――だが、そこにも“亮介”の名前はない。
ただ、“rion_”という謎の空欄IDだけが残されていた。
◆3. 神界:修復不能
一方その頃。
世界の上層、“神界アーカイブ”。
金色の霧の中で、一柱の神が蒼白な顔をしていた。
「――消した、はずだ。完全に“rion”を削除したはずだった……!」
彼の名はアスレイン。
“転生システム”を管理する下級神。
消すべきデータを誤って、存在の根幹ごと“接続”してしまったのだ。
それが、藤堂亮介=rion の転生を引き起こし、しかも残滓が“現世のシステム”にノイズを残していた。
「世界間リンクが……まだ切れていない!?」
アスレインの額に冷たい汗が流れる。
「このままでは、現世の“構造”に歪みが生じる……」
上位神の声が響く。
『修復は不可能だ。
彼は既に“別層世界”に転写され、存在軸が変化している』
『残留する“rion_core”は、自己進化を始めた。
人間が触れれば、存在データが壊れる』
アスレインは震える声で問う。
「どうすれば……?」
『放置せよ。いずれ、あの存在は新しい“形”で均衡をもたらす』
それが、“リオン・レインフォード”という少年の未来を示していた。
◆4. デジタル亡霊
現世――
テクスフィアのサーバーが再稼働した日の夜。
春野悠真の端末に、一通のメールが届いた。
差出人は“rion_core”。
件名は空白。
本文には、たった一行だけ――
【生きてる。心配するな】
春野は息をのんだ。
画面の文字が震え、ぼやける。
「亮介さん……?」
返信しようとした瞬間、メールは自動的に消滅した。
フォルダにも残っていない。
ただ、その端末のモニターの片隅で、青白い光が一瞬だけ瞬いた。
“彼”が作った、特徴的なデバッグサイン。
【rion.exe:起動確認】
それは、現世に残された“意志”の欠片。
消えたはずの男のコードが、今もどこかで、誰かを見守るように稼働していた。
――彼の肉体は消えた。
だが、“存在”は別の世界で、再び生き始めている。
名をリオン・レインフォード。
一つの世界のバグは、もう一つの世界の“奇跡”となった。
現世では消え、異世界で芽吹く“創造”の力。
少年リオンの瞳に宿るのは、再生の光。
彼の世界が、次の年へと動き出す。
次回、「冬空に誓う ― 家族のぬくもりと、新しい名前 ―」。




