別視点集・その3 『少年を見つめる、それぞれの世界』
**【リオンの母視点】
—— “あの子は、時々遠くを見る”**
リオンが帰ってきた夜。
家の扉が静かに開いたとき、私は胸がほっと温かくなった。
「ただいま……母さん」
その声はいつも通りなのに、
何かが違っていた。
ぎゅっと抱きしめると、背中が震えている。
怖かったのか……痛かったのか……
それとも別の何かなのか。
(リオン……あなた、また何か抱えてきたのね)
私は気づいている。
あの子は幼い頃から、ときどきふっと遠くを見る。
私では届かない“どこか”に焦点を合わせている。
その場所は——光でも影でもない、何か深い場所。
そして今日、その“遠さ”がいつもより強かった。
「大丈夫よ、リオン。
帰ってきてくれただけで、母さんは嬉しいわ」
そう言うと、
リオンは泣きそうな笑みで「うん」と頷いた。
——だけどその目は、ほんの少しだけ怯えていた。
まるで、自分の中にある何かを
“知られたくない”とでもいうように。
(あなたの影に気づかないとでも思ったの?
母親を甘く見ちゃダメよ、リオン)
胸の奥で、言葉にならない心配が膨らむ。
(あなたの背中に……暗い手が伸びている気がする。
もしその手が、あなたを連れて行こうとするなら——)
私は、どんな存在であろうと、引きはがしてみせる。
(だって、あなたは私の子なんだから)
**【研究者視点】
—— “観測史上、最も危険な魔力波形”**
機密資料。
許可の降りないデータを私は開いてしまった。
——リオン・エストレア。
まだ七歳の少年。
暴走時の魔力波形は、常識の外側にあった。
「……二重波動……いや、違う……これは……」
普通の魔族や人族が持つ魔力とは明らかに異なる。
波形が“重なっている”のではない。
完全に別系統の魔力が同時に存在している。
そして信じられないことに、
一方は“光”として分類され、
もう一方は——魔力でありながら“負の概念”に近い。
「これは……災害指定を超えている……」
だが、同時にこうも思った。
(見てみたい……!
この子が完全に覚醒したとき、魔力はどんな姿を示すのか……!)
研究者としての好奇心が疼く。
しかし私は同時に理解していた。
このデータが本部に提出されれば——
少年は“観察対象”を超えて、“拘束対象”になる。
「……提出はできない。
あの子は……まだ幼い子供だ」
それでも震えは止まらない。
(もし、あの黒い波動が完全に育ってしまったら……
王都どころか、この大陸が消えるかもしれない)
この矛盾した恐怖と興奮は、誰にも言えない。
**【街の人々視点】
—— “あの夜、空が割れた気がした”**
「あんた見たか? あの光……!」
「見たも何も……家が揺れたよ」
住民たちは、不安げに噂していた。
空の端が白く裂けたかと思えば、
次の瞬間には黒い煙が逆流した。
まるで世界が怒っているみたいだった。
「誰がやらかしたんだ? 魔族の仕業か?」
「いや……違う。
あれは“子供”の魔力だったらしい」
「子供……? 嘘だろ……」
「本当だよ。細っこい金髪の少年さ。
あの子が暴走したって、兵士が話してた」
どよめきが走る。
「危ねえ……!」
「あんなのが街に住んでるなんて……」
「でもよ、あの女の子が止めたんだろ?
泣きながら抱きしめてさ」
「ああ……あれ見た奴、
“まるで物語の勇者みたいだった”って言ってたな」
人々の視線には、
畏れと尊敬が入り混じっていた。
(だけど……またあんなことが起きたら……)
その不安は、街の空気にしばらく残ることになる。




