7歳編・第86話:光と影の衝突 ― 少年の魂が裂かれるとき
世界が、裂けた。
リオンの胸の奥で激しくうねる“白”と“黒”の魔力。
二つの力は、もはや並び立つことを拒むように激突し、少年の魂そのものを引き裂かんと暴れ狂っていた。
「っ……ぁ……ああああっ……!」
リオンの悲鳴をかき消すほどの轟音が、身体の内側から響く。
白き光は天へ、黒き影は大地へ――それぞれ逆方向へ引っ張られ、リオンの肉体はその狭間で震えた。
ミレーヌが駆け寄ろうとするが――
バチィッ!!
彼女の身体を黒い稲妻が弾く。
「くっ……! リオンに触れられない……!!」
ロウガも吼える。
「クソッ……これはただの魔力暴走じゃねぇ……“魂”が割れてる……!」
リオンの小さな身体は、地面から少し浮いていた。
白と黒。
二つの光が左右から引きちぎるように張り付き、まるで少年を別々の方向へ連れて行こうとしている。
◆
――その時。
森の奥から現れた影が、静かに息を吐いた。
「……幼い器に、よくもまぁこれほど詰め込みおったものだな」
声は低く、重く、それでいて底知れぬ威厳を帯びていた。
ロウガが目を見開く。
「……お前……!」
ミレーヌが叫ぶ。
「どうして……ここに……“黒狼王”……!」
そこに立っていたのは、かつて森を統べた王――
全てを喰らう“影”の化身といわれる魔獣、黒狼王フェンリル。
その巨大な影の眼には、怨嗟も怒りもなく――ただ、リオンを見る冷静な光だけがあった。
フェンリルはゆっくりと歩み寄り、リオンの暴れ狂う魔力を睨み据える。
「白は天を求め、黒は地を求める。
その中心に立つ小童の魂が、持つはずのない“二つの起源”に引き裂かれておる」
ロウガが叫ぶ。
「どういう意味だ!」
フェンリルは一度だけリオンに視線を落としてから言った。
「この子には――“本来ありえぬ二柱の加護”が宿っている」
ミレーヌが息を呑む。
「二柱……?」
「白き神と、影の王。
相反する二つの源が、この小さき魂を奪い合っておるのだ」
◆
リオンの悲鳴が、また空気を裂いた。
「やだ……やだ……やだぁぁっ……!!
どっちも……ひっぱらないで……!!」
目から溢れる涙は白く輝き、床へ落ちると黒い影に変わった。
魂の裏表が剥き出しになり、混ざり合い、砕け散ろうとしている。
ミレーヌは涙をこぼし叫ぶ。
「お願い……! リオンを助けて……!!」
フェンリルは首を振る。
「助ける? 違う。
この戦いは、この子自身が越えねばならぬ」
ロウガが怒鳴る。
「ふざけんなッ! ガキだぞ……! 七歳の子どもに、魂の争奪戦なんて耐えられるかよ!」
「ならば――壊れるだけだ」
その言葉はあまりにも冷たく、あまりにも残酷だった。
ミレーヌは震え、ロウガは歯を食いしばる。
だがフェンリルは、続けた。
「だが……望むならば、道を示すことはできる」
ミレーヌが息を呑む。
「道……?」
「白に身を委ねるか、影に身を染めるか。
あるいは――そのどちらでもない“第三の選択”を、この子が見つけるか」
ロウガが目を見開いた。
「第三の……選択……?」
フェンリルは静かに、リオンの額へ影を伸ばしながら言う。
「小さき王よ。
選べ。“魂を裂かれる前”に」
◆
まるでその声が届いたかのように――
リオンの意識は、真っ白な空間へと落ちていった。
そこに浮かぶ二つの光。
一つは眩しいほどに優しい白。
一つはあまりにも深く、暖かい黒。
どちらもリオンを呼んでいた。
――来い。
――私を選べ。
胸が裂ける。
頭が割れる。
心が千切れる。
「……いやだよ……どっちも、きらいじゃない……」
リオンはただ泣きながら叫んだ。
「ぼくは……ぼくは……“ぼく”がいい……!!」
その瞬間――
世界の底から、もうひとつの声が響いた。
――ならば、手を伸ばせ。
リオン。
“お前の光”をつかめ。
リオンの瞳が見開かれた。
白でも黒でもない。
その狭間にひっそりと灯った、淡い金色の光。
ゆらり、と少年の魂の奥で揺れる。
それは……
リオン自身の、“始まりの力”。
リオンは震える指で、その光へそっと手を伸ばした。




