7歳編・第84話:白聖院・光核診断 ― 少年の中の“もう一つ”
白聖院の内部は、外観以上に“神聖”だった。
天井まで届く白大理石の柱が並び、
壁には光の紋章が浮かぶように刻まれている。
魔力石の灯りは柔らかく、
外の喧騒とは完全に切り離された空間だ。
リオンはその中心を、
レイティアの袖を軽く握りながら歩いていた。
胸の奥の脈動は、
外に比べてここではさらに強く感じる。
ドク……ドクン……
(う……また……)
歩くたび、白聖院全体が
光核の反応に“応えている”ようにも思えた。
レイティアはリオンの様子に気づき、
そっと囁いた。
「怖がらなくていいわ。
あなたの身体を壊すような検査はしません。
すべては“あなたを守るため”です」
「……うん」
しかし、心はまだざわついていた。
■
エルミアスに案内され、
白い扉の前に立つ。
扉には“光核診断室”と刻まれている。
そこに流れる魔力の気配は、
一般的な魔法とはまったく異質だった。
「ここで検査を行う。
恐れることはない。
むしろ……我々としては、
“君に会えてよかった”とさえ思っている」
老人の言葉に、リオンは目を瞬かせた。
「会えて……よかった……?」
エルミアスは静かに頷く。
「君の中にあるものは、
この大陸では数百年ぶりの“兆候”だ。
正しく扱えば――
世界を救う光となる可能性がある」
リオンは胸に手を当てた。
(でも……ぼくは……
光じゃなくて“影”の声を感じてる……)
その不安を察したかのように、
レイティアが肩に手を置く。
「真実を知るところから始めましょう。
リオン、開けるわね」
扉がゆっくりと開く。
■
診断室は円形の広い空間だった。
床には複雑な光の陣が刻まれ、
天井からは透明な水晶の柱が垂れ下がっている。
部屋全体が“呼吸するように”
淡く光っていた。
中央には、小さな白い台座。
エルミアスが言う。
「リオン、あの台座に手を置きなさい。
痛みはない。
ただ……“感じる”だけだ」
リオンはゆっくりと頷き、
台座に歩み寄る。
手を乗せる瞬間――
胸の光核が激しく脈打った。
ドクンッ!!
「……っ!」
「リオン!」
レイティアが急いで支える。
しかしエルミアスは目を見開き、低く呟いた。
「……間違いない。
“光核の覚醒”が始まっておる……!」
老人が手を振ると、
診断陣が一斉に光を放ち、
――リオンの胸の奥へ“触れた”。
「う、あ……!」
世界が揺らぐ。
白い空間の中、
リオンは“自分だけの場所”に落ち込んでいた。
足の下は光。
天井も光。
周囲は静寂。
そこに――
真っ黒な霧が渦を巻いて現れた。
――器……。
――目覚メロ……。
――ソレハ……我ノ……。
霧の中から、
細い手のような影が伸びてくる。
(こいつ……!
ぼくを……!)
引き寄せられそうになる。
その瞬間――
“逆方向”から強い光が走った。
眩しさと温かさを伴う、
優しい光。
――戻りなさい。
その声は、確かに“誰か”の声だった。
母を思わせるような……
懐かしいようで、聞いたことのない声。
黒い影が一瞬たじろぎ、
霧が後退していく。
――器……邪魔……サレタ……。
――マタ会ウ……。
霧はひび割れたように砕け、
光に飲まれるように消えた。
そしてリオンは――
白い診断室に“戻った”。
■
「リオン!」
レイティアが抱きとめる。
神術官たちは慌てて陣を停止させた。
エルミアスは震える手で杖をつき、
呆然と呟いた。
「……とんでもない……。
この子の中には……ふたつある……」
「ふたつ……?」
レイティアが息を呑む。
老人は震える声で続けた。
「ひとつは“光核”――
正統な神性の源。
王国が守るべき祝福だ。
だがもうひとつは……
“古代の影核”……!」
室内が緊張に凍りついた。
リオンは震える声で問う。
「……あの黒い“声”……
あれが……ぼくの中に……?」
エルミアスはゆっくり頷いた。
「君の中には“光”と“影”の
両方が宿っている。
まるで――
何者かが意図して“二つを同時に”
君に埋め込んだかのように」
リオンは顔を伏せた。
(ぼくの中に……
影がある……?
ぼくは……悪いものなの……?)
レイティアがすぐに抱きしめる。
「違う。
あなたが悪いのではないわ。
そのどちらも“あなたの一部”――
それだけのこと」
しかしエルミアスは険しい表情のままだった。
「問題は……
影核は必ず“主”を求める。
いずれ影は君を――
器として乗っ取ろうとするだろう」
リオンの肩が震えた。
レイティアの瞳が鋭く光る。
「――そんなこと、
絶対にさせません」
老人は静かに頷いた。
「ゆえに……急がねばならぬ。
影核が完全に目覚める前に、
君を“光側”に固定する儀式が必要だ」
リオンは唇を噛む。
(ぼくの中の……影。
ぼくを奪おうとしてる……
絶対に……負けない……)
しかしそのとき――
診断室の天井が突然震えた。
壁の光が一瞬だけ暗転する。
神術官が叫ぶ。
「報告! 王都外縁部の結界に異常魔力反応!
影霧の侵入を確認!!」
レイティアの表情が凍りつく。
「影霧……!?
まさか……リオンを追って……?」
エルミアスが震えた声で呟く。
「影核の主が……
ついに動いたか……」
リオンの胸がドクンと鳴る。
影の声が微かに響いた。
――器……迎エニ……キタ。
『王都に広がる影霧 ― 少年を狙う“主”』
影霧が王都に侵入。
影核の“主”がリオンを迎えに来る。
王都は初めて影に触れ、緊急の結界防衛へ――。
レイティアはリオンを守り切れるのか?




