7歳編・第76話:世界の影 ― ヴァルトア始原部隊の影
夜の空気は冷たく、森の葉が風に揺れて細い音を立てていた。
村の中心では、緊急で開かれた大人たちの集会が続いている。
リオンは家の外に出ることを許されず、静かに窓辺に座って耳を澄ませた。
(ぼくのせいで……村が不安になってる)
胸が痛む。
昨日の魔力暴走。
今日の賢者グレアの来訪。
そして、聞き捨てならない“ヴァルトア始原部隊”の存在。
リオンはまだ理解しきれていない。
だが――本能だけは警告していた。
あれは、来てはいけない存在だ、と。
■
家の外では、エルネストとメイラがバルター団長と話していた。
「団長……そのヴァルトアという国は、本当に……そんなに危険なのですか?」
メイラの声は震えている。
バルターは重い溜息をついた。
「言いにくいが……あそこは“魔法のためなら何でもやる国”だ。
神の遺物や魔獣の核を求めて戦争も仕掛けたし、
生体実験も平然と行っている」
メイラが手で口を押さえた。
「そんな国が……リオンを……?」
「昨夜の光柱を見た者は、北の国境全域にいたはずだ。
魔力では説明できない『神性波動』など、
ヴァルトアにとっては宝の山だ。必ず動く」
エルネストが拳を握り締める。
「どうすればいい……? 私たちが村から逃げたほうが……」
「いや、逃げても追ってくる可能性が高い。
連中にとって“価値ある対象”は国境を越えてでも確保する」
バルターは静かに続けた。
「……しかし希望もある」
「希望?」
「あの賢者グレアが言っていた。
“今回は興味本位で来ただけだ”とな」
エルネストが目を細める。
「それが……どう希望になる?」
「奴は敵にも味方にもならないが、
“面白いものを壊されたくはない”という変な矜持がある。
リオンの命に危険が迫れば……動く可能性がある」
メイラの表情は複雑だった。
(あの人が……味方になる……?)
希望ではある。
しかし、同時に怖さもある。
彼は敵でも味方でもない。
そして、世界から浮いた存在。
人間の常識で測ることはできない。
■
一方そのころ――
国境から遠く離れた北大陸。
氷雪の大地の上、黒い影がいくつも連なり進んでいた。
鎧をまとった兵士ではない。
黒い外套、黒い仮面。
胸にはヴァルトア王紋の“蒼い三角”が刻まれている。
ヴァルトア始原部隊――
魔法の禁忌領域を専門に扱う、最悪の部隊。
その先頭を歩く男が、低く呟く。
「……この魔力痕、間違いない。
“魔力”ではない。“神性反応”だ」
無造作に地面へ手を伸ばし、土を掬う。
白い土に微かに残る残滓が光を帯びた。
「これほどの波動……王国の記録にも残らぬ異常値。
対象:『特異点』として扱う」
後ろの兵が問う。
「確保指令はどうしますか?
捕獲優先ですか、それとも――」
「生死は問わぬ。
しかし“核”だけは無傷で持ち帰るようにと指示があった」
兵士たちは静かに頷く。
彼らにとって命令は絶対。
暴走した魔物でも、生物でも、人間でも――
必要なのは“素材”だけ。
隊長が歩みを止め、遠くの南空を見た。
「光柱の位置……
距離からして、この速度なら――」
蒼い仮面がわずかに傾く。
「到着は、およそ十日後だ」
雪煙が舞い、始原部隊は再び歩を進めた。
■
そのころリオンは、静かな部屋の中で膝を抱えていた。
(ぼくの中に……
“神性波動”なんてものがあるなんて……)
誰よりも本人が信じられない。
ぼくは、ただの農家の子なのに。
ただ家族と……普通に暮らしたかっただけなのに。
胸の奥がじわりと熱くなる。
ドアが開き、メイラが入ってきた。
「リオン……入ってもいい?」
「……うん」
母はそっと隣に座り、優しく肩を抱いた。
「怖いのよね。
お母さんも……怖いわ」
リオンの目が揺れた。
「え……お母さんも?」
「当然よ。
だってあなたは、私の大切な息子なんだから」
メイラは続ける。
「でもね――
あなたはあなた。
どんな力を持っていても、
どんな存在だと言われても、
リオンは私たちの家族よ」
リオンの胸に、ようやく少しだけ温かさが戻った。
(そうだ……ぼくは……リオン・レインフォードなんだ)
「ありがとう……お母さん」
メイラが微笑んだ。
「だからね、リオン。
もし怖いことがあったら、すぐに言って。
ひとりで抱えないで」
リオンは頷いた。
そして――
胸の奥の光が、少しだけ静かになった気がした。
(扉が……閉じたわけじゃない。
でも……ぼくはひとりじゃない)
そう思えた。
■
翌朝。
朝日が昇る前から、騎士団は村の周りで防衛線を敷き始めた。
バルター団長がエルネストとメイラを呼び出す。
「村を守るための準備を始める。
しばらくの間、家族全員が村の中央に集まってくれ」
「……わかりました」
「リオンには負担をかけるが、あの光を見た者は多い。
今後、別の者が訪れる可能性が高い。
警戒を解除するまで、外出を控えてくれ」
その言葉で、リオンの胸が強く脈打った。
(来る……誰かが……)
昨日の賢者グレアではない。
もっと冷たい、鋭く刺すような気配。
――その影は、確実に village へ向かっている。
そしてリオンは知らなかった。
その“影”はすでに、
遠い北の大地から静かに歩き出していることを。
迫る脅威と、少年の成長。
世界が動く音が、確実に近づいていた。
『封鎖された村 ― 見えない影と不穏な朝』
村は完全な警戒態勢に入り、
外からの訪問者はすべて騎士団の監視下に置かれる。
しかし、その目をかいくぐり“何か”が動き始める。
迫りくる足音。
少年の胸に灯る小さな光。
物語は次の局面へ――。




