7歳編・第74話:神性の余波 ― 村に訪れる二つの影
夜が明け、村は静かすぎる朝を迎えた。
昨日の“光の爆ぜ”は、村の誰もが一生忘れないだろう。
しかし外面だけ見れば、村はほとんど無傷だった。
家も畑も木々も、まるで大きな風が吹いただけのように少し乱れただけ。
村人たちは胸を撫でおろしながらも、
恐怖と驚きに揺れる目でレインフォード家の方を見ていた。
■
家の中では、リオンが布団に座り込み、
まだ眠るリリィを見つめていた。
(……昨日の光。
あれは結局、なんだったんだろう)
暴走ではなく、制御された“何か”。
でも自分でやった覚えはほとんどない。
ただ、胸の奥で、別の何かがゆっくり呼吸しているような――
そんな感覚がまだ残っていた。
それが不安だった。
「リオン、起きてる?」
振り向くと、メイラが薄い笑みを浮かべていた。
「うん……お母さん」
「苦しくない? まだ怖くない?」
リオンは首を横に振った。
「ぼく、大丈夫。
……でも、またあんな光が出たらどうしようって……」
メイラは優しく頭を撫でた。
「大丈夫よ。
あなたは怖がっていたけど、誰も傷つかなかった。
あれはリオンのせいじゃない。
あの光は誰かを守ろうとして、そうなっただけ」
「……守ろうとした?」
「リリィを抱きしめていたでしょう?
その時の気持ちが、魔力に伝わったんだと思うわ」
リオンは胸に手を当てた。
確かに、あの時はただ必死で――
“守りたい”と思っていた。
でも、それだけでこんな現象が起こるのなら……
(ぼく、やっぱり普通じゃないんだ……)
そう思った瞬間。
――コン、コン。
家の玄関を控えめに叩く音がした。
エルネストの声が聞こえる。
「リオン、メイラ。
客だ」
■
玄関へ向かうと、すでに父が扉を開けていた。
そこには、白金騎士団の団長バルターが立っていた。
昨日とは違い、完全武装ではなく簡易装備だが、
その存在感はやはり鋭い。
「おはようございます、レインフォード氏」
「……どうぞ、中へ」
エルネストが苦い表情で招き入れると、
バルターはリオンを見るなり、膝をついて深く頭を下げた。
「リオン殿。
昨夜の件について、正式な報告と謝罪があります」
リオンは驚いて、一歩下がった。
「ど……どうして謝るの?」
「我々の動きが遅れ、
あなたを危険に晒してしまった。
本来なら、光導派も蒼天の塔も、近付く前に排除すべきだった」
エルネストが苛立ったように口を開く。
「そんなことより――
息子をどうするつもりだ?」
バルターは真っ直ぐに父を見た。
「王国から正式な命令が下りた。
この村の外周に、白金騎士団の部隊を常駐させる。
光導派も塔も簡単には近付けん」
エルネストは黙り込んだ。
メイラは不安そうに尋ねる。
「それは……
リオンを連れて行かない、ということでしょうか?」
「ああ。
少なくとも――
“八歳の誕生日までは絶対に家族から離さない”
というのが国王陛下の直々の決定だ」
リオンは胸を撫で下ろした。
(……よかった。
しばらくは、家族といられる……)
だがバルターは言葉を続けた。
「しかし問題はもう一つある。
――昨夜の光は、王国だけでなく周辺国にも観測されてしまった」
家族全員の表情が固まる。
「な……なんだと?」
「遠隔魔導観測塔が光の柱を捉えた。
国境付近でも異常エネルギーとして記録されている。
つまり――」
バルターは深刻な声で告げた。
「リオン殿は今や、“国際的な重要対象”となった」
リオンは息を飲んだ。
メイラは震える声を出す。
「ま、待って……それって……
他国がリオンを狙うかもしれないってこと?」
バルターは頷いた。
「はい。
間違いなく、どの国も研究したがる。
だからこそ、我々が守る」
エルネストが拳を握る。
「……だったら、村を出た方がいいのか?」
バルターは首を横に振る。
「どこに行っても危険は変わらない。
むしろ村の方が守りやすい。
外周に我々が防衛線を敷き、
村人を避難させる必要もない」
「……でも」
その時だった。
――ガサッ。
家の裏の方で物音がした。
バルターが即座に剣に手をかける。
「……誰かいる」
エルネストも身構える。
リオンは反射的にリリィを抱き寄せた。
視線が家の裏口へ向けられた瞬間――
「待って、敵じゃない!」
外から飛び込んできたのは、
白金騎士団の若手兵士だった。
息を切らしながら報告する。
「だ、団長! 外周で……!
未確認の人物を捕縛しました!
でも……そいつ……!」
「どうした」
兵士は震える声で叫んだ。
「“空を歩いて”ました!!」
家の中が一気に静まり返った。
空を歩く――
そんなこと、常識ではあり得ない。
バルターは顔色を変えた。
「……まさか、他国の魔導師か……?
いや、空駆けできる人間など限られている」
エルネストがリオンを見る。
「リオン、隠れていろ」
「……うん」
兵士は報告を続ける。
「そいつ……捕縛されても微動だにせず……
ただひとつだけ言ったんです」
バルター「なんと言った」
兵士は青ざめた顔で告げた。
「――“リオンを見に来た”と」
家の空気が凍りつく。
リオンの背筋に、冷たいものが走る。
(ぼくを……? なんで……?)
兵士は絞り出すように続けた。
「それと……団長。
そいつが名乗った名前ですが……」
バルターは険しい顔で促した。
「言え」
兵士は深呼吸を一つし、声を震わせながら告げた。
「“グレア・オルディス”……
と名乗りました」
その瞬間、バルターの表情が凍りついた。
エルネストもメイラも、意味を理解できず目を見開く。
「グレア・オルディス……?」
バルターは重い声で言った。
「その名は――
今世代で最も危険とされる“放浪賢者”だ」
リオンの胸が強く脈打つ。
(放浪賢者……?
ぼくに……何の用があるの……?)
バルターは剣を引き抜いた。
「リオン殿、家族は家の奥へ。
絶対に出てくるな。
これから――
“国が恐れる怪物”との交渉が始まる」
リオンは息を呑んだ。
家族を守るため?
自分のため?
胸の奥の光が、再びゆっくりと目を覚まそうとしていた。
『放浪賢者グレア ― 世界が欲した少年』
空を歩き、国境を越えて現れた謎の賢者。
彼は敵か、味方か。
ただひとつ確かなのは――彼が“リオンの力に興味を持っている”という事実。
村を守る白金騎士団と、圧倒的な実力を持つ賢者。
緊張が走る中、ついにグレアはリオンの前に現れ……




