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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ごんぎつね 超絶キル集

作者: ぬるで

100万回死んだごん

昔々、山あいの小さな里に、一株の古い大欅おおくすのきの木がございました。

その木の根本には、小さな沢が流れ、鳥の鳴き声だけがこだまするひっそりとした空間がありました。

その一角に、一匹の子ぎつねがおりました。

名を「ごん」と申すその狐は、いつも一人ぼっちで、深いシダの茂る森の中に穴を掘って住んでおりました。

雨上がりの空気には甘い土の匂いが漂い、梢にかかった霧は朝日にきらきらと輝いて見えました。


ごんは以前、いたずら盛りのやんちゃ者でした。

畑の根菜を掘り返したり、村人の作物を荒らしたりと、毎夜のように悪さばかりして暴れ回っていました。

ある日のこと、兵十ひょうじゅうの魚籠にかかった大きなうなぎを見つけたごんは、つい魔が差してそれを盗んでしまったのです。

その後、兵十の母親の葬式を見たごんは、「兵十のおっかあは今際の際にうなぎを食べたがっていたに違いない」と激しく後悔しました。

自らの罪を償おうと、ごんは考えを巡らせます。

そしてそれからというもの、毎日のように山の幸を集めては、そっと兵十の家に届けるようになりました。


ある日の早朝、淡い朝霧が棚引く山道を、ごんは慎重に進んで行きます。

ごんは布袋に栗をたくさん詰めこみ、両前足でしっかりと抱えていました。

一粒一粒の栗に、これまでのいたずらを詫びる気持ちが込められていたのです。

どこからともなく、百舌鳥もずの澄んだ声が響き、山里はまだ眠りの中にありました。

頭上には、朝陽に照らされて鱗雲が朱色に染まっていました。

木々の合間から差し込む光が、ごんの毛皮を暖かく撫でます。

肌を撫でるそよ風が、ほんの少しだけごんの胸中の憂いを和らげてくれたようでした。


兵十の家は里の外れ、田畑に囲まれた一角に建っています。

裏口は庭の蔦に隠れるようにあり、柔らかな朝の日差しが差し込んでいました。

ごんは落ち葉を踏む足音が響かないよう、息を潜めながら裏口へと忍び寄りました。

振り返っても道には人気はありません。

ごんは中を覗き込み、裏口の戸を開けようと前足をかけました。

ガタリ、と音を立てたその瞬間。


突如、激しい閃光と耳をつんざくような銃声が裏口を満たしました。


ごんは目を見開きました。

理解が追いつかぬまま、世界がスローモーションになったかのように見えます。

燃えたぎる稲妻のように光る鉄砲の銃身と、そこから放たれた丸い鉛玉――ごんの目はそれらを、まばたきもせず捉えていました。

銃口から立ち昇った熱気と硝煙の臭いが、ごんの鼻先を突き刺します。

唐突すぎる出来事に、ごんの頭は真っ白になっていました。

ただ栗を置きに来ただけだというのに、なぜ――。

そんな疑問が浮かびかけた瞬間には、苦い鉄の味と血の生温かさがごんの口いっぱいに広がっていました。


遅れて、胸に激震が走ります。

黒く丸い鉛の玉が胸板を貫き、肋骨と臓腑を容易く突き破りました。

黒い鉛玉はまるで怒涛の波のように押し寄せて胸板を貫き、肋骨と臓腑を瞬時に突き破りました。

「バキッ!」という鈍い破裂音とともに衝撃が走り、胸の奥で何か大切なものが粉々になるのが、鮮明な感覚で伝わってきます。

赤黒い血がごんの胸から噴き出し、鮮烈な血飛沫となって前脚や周囲の地面を染め上げます。

ごんは麻痺した手足を震わせながら地面に顔を落としました。

衝撃で世界は歪み、意識は暗闇へと引きずり込まれていきます。


ごんは麻痺していく手足を震わせながら、その場に崩れ落ちました。

衝撃で世界は歪み、意識は暗闇へと引きずり込まれていきます。

布袋から零れ落ちた栗が四方に散らばり、地面にはらはらと転がりました。

混濁していく意識の中、ごんは最後に薄れゆく視界で家の中の様子をぼんやりと見渡しました。

朝の光に、小さな骨壺がぼんやりと照らされていたように見えました。

その隣に、裏口から銃を構えたまま信じられないものを見るように立ち尽くす兵十の姿がありました。

ごんは静かに瞼を閉じます。

すべてが遠のいていく中で、ただひとつだけ、小さな疑問が胸をよぎりました。

どうして……?自分は償いに来ただけなのに……

そう思いかけたところで、ごんの意識は完全に闇へと沈んでいきました。

世界はゆっくりと暗転していき、ごんの小さな命はそこで一度途切れたのです。


◇◇◇


ごんが目を開けると、そこは兵十の家の裏口でした。

朝の淡い日差しが、色あせた杉の戸を照らしています。

ごんは自分の胸を確かめました。

肌に触れる風はひんやりとしていて、湿った土の匂いが鼻先をくすぐります。

真っ青な空を見上げても、自分に何が起こったのか答えは見つかりそうにありません。


ごんはゆっくりと前足を胸に当て、自分の身体を確かめ始めました。

あの痛みはどこへ行ったのか、体には傷ひとつ見当たりません。

もとあったように薄茶色の毛がなめらかに胸を覆い、皮膚が切り裂かれた跡はありえないほど綺麗なままでした。

半信半疑で胸元を再び掻いてみても、べったりと付いていたはずの赤い血はどこにもなく、痛みもありません。

どくん、と確かな鼓動がまだ胸に残っていることにも気付きました。

痛みの錯覚が消えると同時に、ごんの瞳には再び光が戻りました。

恐る恐る前足を動かし、ひざまずくようにして体を支えると、生きている実感が胸に沸き起こってきます。


身体を起こして眼を周囲に巡らせると、目に映る景色はさっきまで見ていた光景とまったく同じでした。

抱えている布袋の中には、拾い集めた栗がぎっしりと詰められています。

ごんはその包みから、栗のひとつをつまんで匂いを嗅ぎました。

新鮮な栗からは、ほのかに木の実の香りがします。

遠くでは百舌鳥の鳴く声が聞こえます。

この感覚は紛れもなく現実のものです。

ごんは、震えながら深呼吸しました。


まだ状況がよく飲み込めないごんでしたが、それでもゆっくりと立ち上がります。

栗の包みを元に戻しながら、茫然と草を両前足で掻いて足元の感触を確かめました。

ひんやりとした大地の感触と、朝露の冷たさが、徐々に彼の意識を現実へと引き戻してくれます。


「次はちゃんと置かないと……」


胸の内で強く言い聞かせると、ごんは兵十の家へそっと入って行きました。

静まり返った朝の村には、明るい小鳥のさえずりが響いていました。


今度は背戸を開ける時に気を付けたので、ごんは難なく兵十の家に入ることができました。

トコトコと土間を歩き、上がり框に栗を置きます。

それから兵十の母親のことを想って手を合わせました。


(そういえば、兵十はよくいびきをかくのに、今日は静かだな)


ふと考え事をした、その瞬間──


突然、火花が飛び、銃声が土間を震わせました。


「パンッ!」


ごんの耳に届いたのは、耳をつんざく破裂音でした。

ごんの小さな体は、まるで鞠のように跳ね飛びました。

体中を貫く衝撃と同時に、視界の片隅で閃光が走るのをを捉えます。

よく磨かれた柱に反射した閃光が、まるで一瞬の花火のように弾けるのが、ごんには不思議とゆっくりと見えました。

ごんの胸から迸る血潮が、薄明りの中で真紅の弧を描きます。

血しぶきとともに粉砕した骨片が、色あせた畳の目地にぱらぱらと落ちていきました。

いつの間に明け放されたのか、障子戸の向こうに兵十の姿が見えました。

彼はうっすらと煙ののぼるボルトアクション式のライフルを構えています。


(なんだ、あれ)


ごんが知るはずもありませんが、その銃はKarabiner 98k──旧式ながら、その鋼の質感は兵十が丹念に手入れしてきたことを物語っています。

銃床はオイルで濡れたように黒ずみ、機関部には冷たい朝露が薄く付着していました。


狙いはごんの胸、距離は数歩にも及びません。

朝の静寂に、わずかな金属音が響きました。

兵十がボルトを引いて薬室を閉塞する「カチリ」という音です。

それは何千もの狩りをくぐり抜けてきた猟師の確信に満ちた動作音でした。


ごんはもつれる脚を何とか抑え込み、逃げようと身じろぎをしますが、次の激痛が右肩を襲いました。

骨が砕ける鈍い音とともに、「キィッ」と短い悲鳴が漏れます。

全身に火のような熱痛が走り、肩口から胴体にかけて、紅の血が勢いよく噴き出しました。

鋭い刃物で深くえぐられたように肉が裂かれ、朝の光に照らされた骨がごんの目にもはっきりと見えています。

噴き出した血潮が土間を染め、てらてらと輝きました。

ごんは顔を傷口のもとに近づけ、流れ落ちる血を舐めようとしました。

しかし視界は次第に霞み、耳元で鈍い鼓動だけが響いています。


(もう…終わりか…)


錯乱した思考が胸をかすめました。

身体は徐々に重力にひきずられ、ぐったりと崩れ落ちます。

もはや逃げる力は残っていませんでした。


遠くで百舌鳥が囀り、その歌声がまるで遥か遠くの夢物語のように響きます。

鼓動は遠ざかり、次第に風の音が大きく聞こえ始めました。


絶え間ない痛みに満ちた体を抱えながら、ごんの意識はゆっくりと遠ざかっていくようです。

ごんは、戸口から次第に差し込んでくる光が散らばった栗を照らすのをぼんやりと眺めていました。

だんだんと、生への執着が自分の中から失せていくのを感じました。

鳴り止まぬ銃声の余韻を残す兵十の横顔が、ふと凍りついたような気がしました。

気のせいかもしれません。

ごんの人生は静かに幕を閉じ、新しい一日がそっと幕を開けていきます。

山里にはただ、いつもと変わらない穏やかな朝が訪れていました。


◇◇◇


ごんは再び、兵十の家の裏口の敷居前で意識を取り戻しました。

秋の朝のひんやりとした空気が頬をくすぐり、栗の小袋の重みが、無事に戻った証のように感じられます。

胸に残る鈍い痛みの残像を振り払い、まだ見ぬ先を思い描くごんの瞳には、強い覚悟が宿っていました。


「あの銃弾を、今度こそ――」


ごんはそっと裏口を押し開け、勢いよく土間へ駆け込みました。

薄暗い室内には、何か作業をしていたのか、積み重ねられた藁がぼんやりと見えます。

その瞬間、ごんはひらめきました。


(──この藁を活用すれば、身代わりを仕掛けられるかもしれない。)


ごんは周囲に散らばる藁を前脚でかき集め始めました。

ぱたぱたと小さな手足が動き、やがて簡素な藁人形が作られます。

栗を土間にこぼして布袋をかぶせると、藁人形はまるで本物のごんが土間の中央でうずくまっているように見えました。

急ごしらえにしては上出来です。

ごんは息をひそめ、藁人形の後ろへ身を沈めて息を殺します。


ほどなく、兵十の起きてくる音がして、「カチリ」という金属音が響きました。

スペンサー連発銃──背面に七発のドラムを備えた最新鋭の連発小銃を構えた兵十が土間の入口に姿を現しました。

兵十はゆっくりと狙いを定めています。


「パンッ!」


乾いた銃声が鳴り響き、一発目の銃弾が藁人形めがけて放たれました。

藁人形の胸が弾け飛び、内部に詰めていた藁くずがぱっと舞い上がります。

ごんはほっとしたと同時に、痛みを感じて後ろへ倒れ込みます。

ごんの肩を弾丸がかすめていたのです。

千切れた藁の欠片が、ぱらりと舞い上がります。


兵十がふたたび狙いを定める「カチッ」という音が、まるで死神の鼓動のように響き渡りました。

ごんは痛みに顔をゆがめましたが、リロードの隙に兵十接近すべく、ふくらはぎに力を籠めます。


(また見慣れない武器を持っているが、次の発射までに時間がかかるはず──そこを逃すわけにはいかない!)


ごんは必死に逃れようと、しなやかな動きで反転し、土間へと跳び出そうと試みます。

しかし運悪く、ごんの足は自ら敷いた藁を踏んで滑ってしまいました。


「しまっ――」


心の中で短く悲鳴を上げた刹那、兵十は待っていましたとばかりに引き金を立て続けに引きました。


「バン!」


2発目の銃声が轟き、ごんの左肩を再び衝撃が襲います。

毛皮の下で熱い塊が炸裂したような痛みが走りました。

よろめいたごんの視界に映る藁人形は、自分と同じように無惨に崩れています。


「バンッ!」


三発目の銃声。

ごんは自分の胸を何かが貫通するのを感じました。

炸裂する痛みが全身を支配し、呼吸が詰まります。

ごんの視界は一瞬で引き伸ばされ、時の流れがゆっくりになったように感じられました。

粉砕される肋骨の鈍い響き、真紅の血潮が天井に向かって飛び散り、古びた障子の桟に光る血のしずくが、一滴一滴ゆっくりと落ちていくさま。

栗だけが、現実を思い出させるようにころりと静かに転がりました。


「バンッ!」


「バンッ!」

4発目の銃声が鳴り響き、ごんの右脇腹が抉られました。

ごんは必死に前脚で体勢を立て直そうとしましたが、あまりの痛みに意識がゆっくりと薄れていきます。

痛烈な弾丸の雨をまともに浴びたごんの体は力を失い、兵十の部屋の前の古い板張りの床へドサリと倒れ込みました。

暗闇に沈みゆく意識の中、ごんの視界には、崩れた藁人形と、土間にたたずむ兵十の冷ややかな横顔が映っていました。

兵十は藁人形に気付いたようですが、すぐにそれを蔑むように見下ろすと、「フン」と鼻を鳴らしました。

そして藁人形に唾を吐き捨てると、担いでいた銃をゆっくりと下ろしました。

銃口にはわずかに煙が残り、朝の光がその煙を淡く照らし出しています。

ごんは薄れゆく視界でその様子を見ながら、心の中で思いました。

理不尽なまでに強すぎるこの男は、もはや本当に人間なのだろうか――?

答えの出ない疑問だけを残したまま、ごんの意識はかき消されていきました。


――そして、また。

ごんが次に目を開けたとき、そこには再び裏口の古びた杉戸がありました。

秋の朝の空気と栗の重み、百舌鳥の鳴き声や朝露の冷たさも前回同様で、血も痛みも消え失せていました。

三度の死を越え、ごんは同じ朝を繰り返しているのです。

ごんは前脚を真っ直ぐ踏みしめ、小さく息を吸い込みました。


「今度は…ぜったい、滑らずに……」


四度目の朝、ごんの瞳には、決意の炎が燃え上がっていました。


◇◇◇


四度目の朝、ごんは裏口に立ち、ふーっと深く息を吸い込みました。

秋の冷え込みを帯びた空気が肺を満たし、栗の小袋がずっしりと重みを感じさせます。

これまでの死に戻りで培った経験──動体視力、弾道の予測、リロードの間合いの読みなど──が自信となり、背中を押していました。


ごんはそっと裏口を押し開け、素早く土間へ足を踏み入れます。

入った途端、聞き覚えのある金属音が耳に飛び込んできました。

そちらに目を向けると、薄暗い土間の向こうに黒光りする鉄砲を構えた兵十が立っています。


兵十の武器はイサカM37。ポンプアクション式の名銃で、近距離の威力も高い散弾銃です。

フレームは黒光りし、左右両サイドに伸びるツインチューブマガジンには計8発の散弾が装填されています。

ポンプを前後に操作するたびに、次弾がスムーズに薬室へ送られる仕組みです。

兵十は静かに銃を肩に密着させ、軽くポンプを引いて「カチッ」と薬室を整えました。

朝露を含んだ冷たい空気がピンと張りつめます。


ごんは身を低くし、銃身のわずかな揺れを見逃しません。

何度も死線を潜り抜けた経験から、銃口の向きや弾の拡散パターンが体に染み付いていたのです。

距離は二歩ほど──しかし、これまでに得た知識を総動員すれば、一瞬の隙で逆転できるはずでした。


「パンッ!」


轟音とともに火花が散り、一発目の散弾が放たれました。

ごんは紙一重で身をひねり、致命傷だけは避けましたが、左肩に数粒の鉛玉を受けてしまいました。

毛皮の下で熱い痛みが弾け、ごんは思わず体をくの字に折り曲げます。

それでも次の瞬間には、全身のバネを使って一直線に兵十へ飛び込みました。


「ガシャンッ!」


渾身の力で前脚を振り抜き、兵十の持つ銃の銃身を下方へ叩き落とします。

タイミングは完璧でした。

次弾は勢いを失い、天井へ向かってかすかに散らばるだけです。

桟には小さな傷が残り、木屑がハラハラと舞い落ちます。


「やっと近づけた……!」


ごんの胸に歓喜が湧き上がります。

ついに銃を使わせない間合いまで踏み込んだのです。

銃さえ封じてしまえばこちらのもの――ごんは内心ほくそ笑みました。

残弾がパンマガジンから零れ落ち、床をコロコロと転がります。


「これで終わりだ…!」


ごんはそのまま前脚を伸ばし、兵十の肩めがけて飛びつきました。

二人(?)は土間の中央でもつれ合い、ついに銃無しの真正面からの肉弾戦に突入します。

ごんの瞳には希望の光が浮かんでいました。

しかし、その直後──


「ゴツン!」


兵十は反射的に銃床をつかみ直し、ごんのこめかみに向けてそれを思い切り叩き込みました。

鈍い衝撃がごんの脳髄を揺さぶり、視界は一瞬にして真っ赤な影に染まりました。

小さな体が後方へ吹き飛ばされ、石畳の上に仰向けに叩きつけられます。

ごんの意識の灯火は大きく揺らめきました。


「……ぐっ……」


ごんは微かな呻き声を漏らし、そのまま力なく仰向けに倒れ伏しました。

視界の端にはイサカM37の黒い銃床と、冷ややかな兵十の横顔が映っています。

断片的な意識の中、頭の芯から静かな暗闇が広がり始めました。


――そして、再び裏口前。


朝の光、秋の風、栗の袋──何もかもがまた元通りになっています。

痛みも衝撃も、まるで夢を見ていたかのようです。

ごんは震える前脚を固め、深く息を吸い込みました。


「肉弾戦……これなら、勝機がある!」


四度目の朝、ごんの瞳には新たな希望と覚悟が確かに宿っていました。

次こそ、戦いの先にある答えを掴むために――。


◇◇◇


十回目の朝、ごんは恐怖というものを感じていませんでした。

何度となく死を経験したことで、死そのものが日常の一部と化してしまったのです。

むしろ兵十の武器が回を重ねるごとに異様な進化を遂げていくことに、一種の興味すら抱いていました。

最初は火縄銃だったものが、今では見たこともない奇怪な銃器にまでグレードアップしている……。

そして今朝、ごんが裏口から家の中をそっと窺うと、兵十の手には巨大な回転式の銃身を持つ化け物のような武器がありました。


ごんには知る由もありませんが、それは南北戦争で使用されたガトリング砲の改良型でした。

複数の銃身が円形に配置され、ハンドルを回すことで連続発射が可能な、破格の火力を誇る兵器です。

兵十は土間にどっしりと三脚を立て、そこにガトリング砲を据え付けていました。

朝の光が鈍く光る金属の表面を照らし、機械的な美しさと恐ろしさを併せ持つその姿は、まるで悪魔のようでした。


「チャキ、チャキ、チャキ……」


ハンドルを回す音が静寂を破り、不気味な予感を漂わせます。

ごんは深いため息をつきました。


「まあ、今度も死ぬんだろうな」


諦観にも似た心境でぽつりと独りごちると、ごんは裏口の前にゆっくり歩み出ました。

ただ、この回では少し違うアプローチを試してみることにしました。


土間に入る前に、ごんは大きく息を吸い込み、思い切り声を張り上げました。


「兵十! おれだ、ごんだ! 話を聞いてくれ!」


一瞬、ガトリング砲の回転音が止まります。

薄暗い土間の中で、ごんは全身を震わせながら続けました。


「あのうなぎのことで謝りたいんだ! おっかあの病気の時に、おれが……」

「ダダダダダダダダダ!」


問答無用と言わんばかりに、ガトリング砲が容赦なく火を噴きました。

毎分600発という驚異的な連射速度で放たれる鉛の嵐が、裏口の戸板ごとごんの小さな体を木端微塵に粉砕します。

ごんの体は文字通り蜂の巣になり、原形を留めることすらできませんでした。

最後に朦朧とした視界に映ったのは、硝煙に煙る兵十の顔と、まるで工場の機械のように正確に回転し続けるガトリング砲の砲身だけでした。


◇◇◇


十五回目の朝。

ごんは学習していました。

今度は裏口からではなく、屋根から様子を窺ってみることにしたのです。

瓦を一枚ずらし、そこから土間の中を覗き見ると──兵十は見たこともない長大な銃を構えていました。

望遠鏡のような照準器が取り付けられ、銃身は驚くほど長い。

後にドイツ軍が使用することになるモーゼルKar98kの狙撃仕様でした。


ごんが思わず「あ…」と小さく声を漏らした瞬間、兵十の視線がピタリとこちらに向きました。

スコープ越しに真っ直ぐ見据えられたごんは、心臓が凍りつくのを感じました。


「パン!」


一発の銃声。

たった一発で勝負は終わりました。

ごんの頭部は木っ端みじんに吹き飛び、意識は闇に沈みました。


◇◇◇


二十回目の朝、ごんは遠く山の上から兵十の家を観察していました。

双眼鏡があれば使いたいところでしたが、そんな便利なものは山の中にはありません。

代わりに目を細めて兵十の家を見つめると、とんでもないものが視界に飛び込んできました。

庭先に、巨大な砲身を備えた対戦車ライフルが据え付けられているのです。


「あの野郎、どこからそんな武器を……」


ごんが感嘆していると、次の瞬間、山の向こうから砲弾が唸りを上げて飛んできました。


「ズキューン!」


着弾と同時に、ごんのいた山の一角が完全に消し飛びます。

視界は火と土煙に包まれました。


「鬼でも討ち取る気か!」


それがごんの最後の言葉でした。


◇◇◇


三十回目の朝。

今回は土間に入ってみると、兵十が奇怪な装置を背負っているのが目に入りました。

大きなタンクのような背嚢から伸びるホースの先端には、竜の口のような噴射ノズル。


「今度は何だ?」


ごんが眉間にしわを寄せた瞬間、灼熱の炎がごんを包み込みました。

火炎放射器でした。


「うわあああああ!」


ごんの悲鳴が山里に響き渡りましたが、すぐに倒れて来た柱の下敷きになってかき消されました。


◇◇◇


五十回目の朝、ごんはもはや何も感じていませんでした。

感情が麻痺し、死が日常となっていたのです。

さすがにここまで来るとうんざりするほど死に慣れてしまい、兵十の繰り出す新手の武器にも驚きはありません。

今日の武器は肩に担ぐ筒状のもの。

ロケット推進擲弾(RPG-7)でした。


「ま、今日も死ぬか」


ごんの呟く声が秋の空に溶けると同時に、トリガーが引かれ、ロケット弾が発射されました。

爆発と共に、兵十の家もごんも、そして周囲の家屋も全て吹き飛びました。


◇◇◇


百回目の朝。

濃霧が白い絹のように地面を這い、野辺の露が蜘蛛の巣に小さな珠を並べています。


「……また朝か」


ごんはゆっくりと目を覚まし、乾いた調子でつぶやきます。

もはや焦燥感も緊張感もありません。

幾度となく死んでは甦るうちに、心は擦り切れて麻痺しきってしまったのです。

このままでは百万回でも死ぬことになるのではないか──そんな途方もない考えさえ頭をよぎります。


ごんは、裏口の敷居に爪先をかける前にふと立ち止まりました。

ごんは深く息を吸い込み、今度こそ最後の戦いに挑むことを決意しました。

ごんは薄茶色の尾を揺らしながら敷居へ爪先を掛けます。

その瞳にはもはや狂気も恐怖もなく、ただ、形容しがたい透明な静謐が宿っていました。

ごんは考えました。


「百回目、か……」


それは節目か、記念日か、それともただの通過点か。

自分でもわかりません。


そして、もっと不可解なのは――兵十の武器の変遷でした。

最初は火縄銃。

そこから始まり、ボルトアクション、連発銃、ショットガン、ガトリング、果ては火炎放射器にRPG。


「兵十は、なぜあんなにも銃を進歩させるんだ?

まるで…おれを殺すために、時代を超越してでも武器を手に入れているような…」


それなのに何故か。

杉戸を押し開けた瞬間、ごんの鼻腔を刺したのは懐かしい硝煙でした。

そこに取り付かれたのは最新兵器でも重火器でもありません。

燻んだ銃身に煤がこびりつき、彫金がわずかに欠けた元の火縄銃でした。


戸の隙間から見えた兵十は、正座していました。

うっすら煤けた火縄銃を膝に乗せて、微動だにしません。

まるで、仏像。

おそらく、本人にそんな自覚はないのでしょう。

しかし、ごんにはそこに「終わり」を予感させる異様な静けさが見えました。


まるで兵十が「最初からやり直す」ために火縄銃に戻ったようにさえ思えます。

あるいは、ループの果てに彼も壊れかけているのかもしれません。

そして、ごんもまた――心が、擦り切れていました。

戦う意味も、勝つ意義も、もはやわからない。

ただひとつだけ、確かなのは、これ以上、続けたくないということ。


だからごんは、動きました。

今までよりも静かに、速く、迷いなく。

足音一つ立てず、ぬるりとした霧のように土間へ侵入します。

兵十の正面、わずかに開いた空間。

ごんは一気に踏み込み、首筋へと牙を突き立てました。


「ガシャンッ」


兵十の身体がわずかに震え、火縄銃が膝から滑り落ちます。

木と金属の鈍い音が、妙に大きく響きました。

ごんはそのまま力をこめ、喉笛を塞ぎます。

湿った破裂音と、血のにおいが混じります。

もう何十回も味わったはずなのに、この瞬間だけは毎回慣れません。

数秒の後、兵十の身体が崩れ落ちるように傾き、音もなく倒れました。

ごんはようやく口を離しました。

呼吸は荒れず、鼓動も静かでした。

ただ、自分の中の何かが、ひとつ消えていく音を感じました。


土間に差し込む朝日が、二人分の影を長く引き伸ばしています。

苦悶に歪む兵十の顔を、もう一度見下ろすとき、ごんの胸は鎮魂の静けさに満たされていました。

銃撃と死の連鎖を、ついに止めたのです。

天井の桁から差し込む朝光が、その瞳をかすかに煌めかせます。

ふと、倒れた兵十の顔を覗き込みます。

苦悶というより、困惑に近い表情でした。

まるで最期まで、状況が理解できていなかったかのように。


――ここまで何度死んできたのか。

――この男は一体、何の罪を犯したというのだろう。


ごんの胸に、焦燥と混乱が去来します。

思えば、善意で栗を届けようとしたごんを誤って撃ち殺したのは、他でもない兵十でした。

それがごんをこの果てしないループへと突き落としたのです。

しかし今、自分が同じ過ちを犯しました。

ごんは、戦いの中で我を忘れ、肉体的にも精神的にも暴走してしまったのです。


ごんはそっと兵十の手から火縄銃を取り上げました。

銃口から青い煙がたゆたいます。

それはまるで、天へ昇る兵十の魂のようでした。


ごんは遠い記憶をたどるように、小さく呟きます。


「……何がしたかったんだっけ」


土間の隅には、栗がきちんと固めて置いてありました。

ごんはその栗を静かに抱え、言いようのない哀しみに胸を締め付けられました。


ごんは思い出します。

構ってほしくて、たくさんいたずらをしたこと。

うなぎを盗んだこと。

兵十のおっかあが病気だったこと。

反省して、何かしたくて、それで……栗を。

それだけだった。

ほんの、ちょっとの、つぐない。

なのに。

いつの間にか戦いになって、殺し合いになって、バトルが始まって、武器が強くなって、命の奪い合いになって……。

だけど本当は。


仲直りしたかったんだ。


「……ごめん、兵十」


誰にも届かない謝罪を、土間の朝光がそっと包みます。

栗を抱きしめ、ごんは静かに泣きました。

狐の顔には不釣り合いなほどの、大粒の涙が、土間に落ちていきます。

それは、いつまでも、止まりませんでした。


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