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NORNIR:未来の糸  作者: renten
8/22

Intermission

レナールはメイの隣を歩いていた。まだパイロットスーツ姿のまま、長時間の偵察飛行の疲労が体に残っている。


「その2本、ほんとに全部飲む気か?」


彼はメイの手にあるソフトドリンクのボトルを見ながら尋ねた。


「バカな質問」メイがにやりと笑う。「今さら1本取らなかったの後悔してるでしょ?」


レナールは小さく鼻を鳴らした。半分は呆れ、半分はこれから始まるブリーフィングへの緊張を隠していた。


会議室は無機質だった。金属の壁、モニターが1枚、テーブルを囲むように並ぶ簡素な椅子。装飾ない。


前方にはコーネリアが立っていた。腕を組み、片手にタブレットを持っている。ジューンはすでに椅子に座り、いつものように落ち着いた様子。エイプリルはさらに奥でタブレットを睨みつけており、眉間にうっすらと皺が寄っていた。


メイが入室すると、コーネリアが眉を上げた。


「本当に2本持ってきたの? 小学生かよ」


「むしろ問題なのは、〈BOX〉のコックピットにミニ冷蔵庫がないことなんだけど」

メイは真剣な顔で言った。


「……」

コーネリアはタブレットを彼女の頭の上に無理やり乗せて渡した。


「うわ、ちょっと待って、落ちるって!」

メイが慌ててバランスを取る。


「えっと……ちょっと、手伝う……」

ジューンが立ち上がり、片方のボトルを受け取る。口元にはかすかな笑み。


「サンキュー。でも頼んでない」

メイは間髪入れずに返す。


「ごめん……」

ジューンはむくれながらも、メイのドリンクを持ち続けていた。


レナールはタブレットを受け取り、席についた。そして何気なくエイプリルに目をやる。彼女は一瞬だけ固まった。顎に力が入り、呼吸が止まる──しかしすぐに何事もなかったように視線をタブレットに戻した。何も言わなかったが、レナールは気づいていた。


コーネリアが画面をタップしながら、乾いた声で言う。


「作戦データは全部タブレットに入ってる。進入経路、展開時刻、支援ポイント。回廊から外れるな。違和感があれば即報告。なければ──質問無用」


室内に沈黙が流れる。皆が各自の画面を見始める。指先だけが静かに動き、ブリーフィング室にスクロール音が広がる。


レナールは自分の任務項目に目を通しながら、眉をひそめた。


……火力差がある。


「キャプテン」彼は口を開いた。「全域で劣勢ですが、チャーリーが最も厳しい状況です。数も機体性能も大きく劣ります。」


コーネリアはまばたきすらしなかった。


「命令は是正者(コレクター)から。圧倒する任務じゃない。排除だ。それも一度にとは限らない。プランを信じろ。コレクターを信じろ。しくじれば、誰もあんたの残骸なんか拾わない。」


そこに怒りも苛立ちもなかった。ただ、揺るぎない確信があるだけだった。


沈黙の中、エイプリルがぽつりと口を開いた。


「気をつけるわ」


タブレットを静かに閉じるその表情は、読み取れなかった。


レナールは迷いながら、彼女の任務区域を開いた。ターゲット・アルファ。民間人の存在が確認されている地域。展開ルートは、居住エリアのすぐそばを通っていた。


彼は何も言わなかった。ただ、視線だけがエイプリルに留まり、胸の奥で不安が膨らんでいた。


コーネリアが立ち上がる。短いブリーフィングの終了を告げる。


「カウントダウンはすでに始まってる。残り11時間。データの確認、食事、仮眠──必要な準備をして。緊急の確認はドローン映像で逐次更新されてる。それ以外は、最終準備でまた会おう」


彼女が一瞥する。


「質問は?」


メイが手を上げる。


「はい。寝坊したらどうなるんですか?」


コーネリアは無表情でレナールの方を見た。


「レナール、質問ある?」


「……ありません」


「ちょ、スルー!? 寝坊したらって聞いてるでしょ!」


「起こすよ」ジューンが無邪気に言った。


「黙れジューン! キャプテンに聞いてんの!」


「ひぃっ、ごめんなさい……!」


「ジューン、もし寝てたら──水攻め」


「えぇ〜!」メイが顔をしかめる。


レナールは思わず笑みを漏らしたが、それもすぐに消えた。視線は静かにエイプリルへと戻る。沈黙のまま、少しだけ考え込むような顔をしていた。


そのとき、コーネリアの声が場を静かに、そして厳かに切り裂いた。


「ひとつの意志に従え」


四人は同時に立ち上がった。


「未来は我らのもの」


レナールも口を揃えた。だが、その声はどこか空虚に響いた。


──「一つ(ワン)の国家(・ネイション)

も、「人類(グローリー)(・オブ)栄光(・マンカインド)!」

もなかった。


唱えられたのは、後半の二行だけだった。それがすべてだった。


彼は周囲を見渡した。


誰も、その違和感に気づいた様子はない。


一人、また一人と部屋を出ていく。


レナールは最後まで残った。


暗く沈むスクリーンを見つめながら──命令の意味だけが、取り残されたように思えた。



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