Intermission
レナールはメイの隣を歩いていた。まだパイロットスーツ姿のまま、長時間の偵察飛行の疲労が体に残っている。
「その2本、ほんとに全部飲む気か?」
彼はメイの手にあるソフトドリンクのボトルを見ながら尋ねた。
「バカな質問」メイがにやりと笑う。「今さら1本取らなかったの後悔してるでしょ?」
レナールは小さく鼻を鳴らした。半分は呆れ、半分はこれから始まるブリーフィングへの緊張を隠していた。
会議室は無機質だった。金属の壁、モニターが1枚、テーブルを囲むように並ぶ簡素な椅子。装飾ない。
前方にはコーネリアが立っていた。腕を組み、片手にタブレットを持っている。ジューンはすでに椅子に座り、いつものように落ち着いた様子。エイプリルはさらに奥でタブレットを睨みつけており、眉間にうっすらと皺が寄っていた。
メイが入室すると、コーネリアが眉を上げた。
「本当に2本持ってきたの? 小学生かよ」
「むしろ問題なのは、〈BOX〉のコックピットにミニ冷蔵庫がないことなんだけど」
メイは真剣な顔で言った。
「……」
コーネリアはタブレットを彼女の頭の上に無理やり乗せて渡した。
「うわ、ちょっと待って、落ちるって!」
メイが慌ててバランスを取る。
「えっと……ちょっと、手伝う……」
ジューンが立ち上がり、片方のボトルを受け取る。口元にはかすかな笑み。
「サンキュー。でも頼んでない」
メイは間髪入れずに返す。
「ごめん……」
ジューンはむくれながらも、メイのドリンクを持ち続けていた。
レナールはタブレットを受け取り、席についた。そして何気なくエイプリルに目をやる。彼女は一瞬だけ固まった。顎に力が入り、呼吸が止まる──しかしすぐに何事もなかったように視線をタブレットに戻した。何も言わなかったが、レナールは気づいていた。
コーネリアが画面をタップしながら、乾いた声で言う。
「作戦データは全部タブレットに入ってる。進入経路、展開時刻、支援ポイント。回廊から外れるな。違和感があれば即報告。なければ──質問無用」
室内に沈黙が流れる。皆が各自の画面を見始める。指先だけが静かに動き、ブリーフィング室にスクロール音が広がる。
レナールは自分の任務項目に目を通しながら、眉をひそめた。
……火力差がある。
「キャプテン」彼は口を開いた。「全域で劣勢ですが、チャーリーが最も厳しい状況です。数も機体性能も大きく劣ります。」
コーネリアはまばたきすらしなかった。
「命令は是正者から。圧倒する任務じゃない。排除だ。それも一度にとは限らない。プランを信じろ。コレクターを信じろ。しくじれば、誰もあんたの残骸なんか拾わない。」
そこに怒りも苛立ちもなかった。ただ、揺るぎない確信があるだけだった。
沈黙の中、エイプリルがぽつりと口を開いた。
「気をつけるわ」
タブレットを静かに閉じるその表情は、読み取れなかった。
レナールは迷いながら、彼女の任務区域を開いた。ターゲット・アルファ。民間人の存在が確認されている地域。展開ルートは、居住エリアのすぐそばを通っていた。
彼は何も言わなかった。ただ、視線だけがエイプリルに留まり、胸の奥で不安が膨らんでいた。
コーネリアが立ち上がる。短いブリーフィングの終了を告げる。
「カウントダウンはすでに始まってる。残り11時間。データの確認、食事、仮眠──必要な準備をして。緊急の確認はドローン映像で逐次更新されてる。それ以外は、最終準備でまた会おう」
彼女が一瞥する。
「質問は?」
メイが手を上げる。
「はい。寝坊したらどうなるんですか?」
コーネリアは無表情でレナールの方を見た。
「レナール、質問ある?」
「……ありません」
「ちょ、スルー!? 寝坊したらって聞いてるでしょ!」
「起こすよ」ジューンが無邪気に言った。
「黙れジューン! キャプテンに聞いてんの!」
「ひぃっ、ごめんなさい……!」
「ジューン、もし寝てたら──水攻め」
「えぇ〜!」メイが顔をしかめる。
レナールは思わず笑みを漏らしたが、それもすぐに消えた。視線は静かにエイプリルへと戻る。沈黙のまま、少しだけ考え込むような顔をしていた。
そのとき、コーネリアの声が場を静かに、そして厳かに切り裂いた。
「ひとつの意志に従え」
四人は同時に立ち上がった。
「未来は我らのもの」
レナールも口を揃えた。だが、その声はどこか空虚に響いた。
──「一つの国家」
も、「人類の栄光!」
もなかった。
唱えられたのは、後半の二行だけだった。それがすべてだった。
彼は周囲を見渡した。
誰も、その違和感に気づいた様子はない。
一人、また一人と部屋を出ていく。
レナールは最後まで残った。
暗く沈むスクリーンを見つめながら──命令の意味だけが、取り残されたように思えた。