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NORNIR:未来の糸  作者: renten
7/22

Chapter 05 ─Latter Part

〈メイン・ド・フェール〉艦内の作戦室は薄暗く、緊張感に包まれていた。

下層デッキには六名のオペレーターがコンソールに向かい、それぞれ高度、信号の変化、偵察テレメトリを冷静かつ正確に追跡していた。

中央の戦術卓は南太平洋を中心に表示し、五つの赤いマーカーが脈打つように点滅していた。


その上段、指揮プラットフォームに立つのはユン・ミンジ司令。

両腕を組んだまま身を乗り出し、視線を鋭くして最後の二つの識別信号が船へ帰還していく軌道を見つめていた。

その隣にはコーネリアが片足を柵にかけて立ち、さらに後方ではヴェレナが静かにタブレットを操作していた。

画面にはロジスティクス関連の数値が淡々と流れている。


フロア左右の端には、二人の将校が端末を操作していた。

白い制服に青い縁取りが特徴的なフィデラ・モリスは、ドローンの映像と地形マッピングを交互に注視している。

一方、技術作業服を身にまとったカリーネ・アヴァキャンは、すでに端末周囲に散らばるダイアグノスティクスのログを処理しながら、素早くキーを叩いていた。


通信が割り込んだ。


『ストライク5よりメイン・ド・フェール。グリッド掃討完了、帰還する』


レナールの声は安定していた。


『ストライク2も同様。戻るわ』

メイの声は、いつもの鋭さが少しだけ削れたような、任務後の疲労がにじむ。


コーネリアが耳元の通信器に指を当てた。


「ストライク2、ストライク5。高度を同期、ドッキングパターンはシエラ・デルタ・スリー。着艦後はハンガーでのデブリーフィングに向かって」


『了解』


『ラジャーラジャー。冷たい飲み物2本、冷蔵庫に頼んどいてね〜』


「温いお茶で我慢しなさい」


コーネリアは肩をすくめ、微かに笑った。


下層からカリーネが顔を上げずに声を上げる。


「追跡信号確認。両機安定、ハンガースタッフ待機完了」


続けて端末に操作を加えながら言う。


「偵察データ、回収完了。ヴィジュアルと装備ID、中央表示に転送します」


中央スクリーンが明滅しながら切り替わり、武装種別、タレット数、防衛網、モバイルユニットの一覧がスクロールしていく。


「識別率フル。全部タグ済み。ヴァンガードの旧装備に、コアリションの民間軍事技術、あと私より年上の防衛モジュールが2つ」


その隣、フィデラがコマンド入力を終えると、戦術卓上に別のホロレイヤーが浮かび上がる。

オセアニア圏に点在する四つの島がマークされ、建築構造と電磁波パターンが重なって表示される。


「ユン司令、偵察完了しました。これより攻撃分析に移れます」


「了解」


ユンが一つだけ頷き、視線を脇に立つジャンへ向けた。

彼はほとんど動かず、ただ地図投影をじっと見つめている。


「全偵察ユニット帰還完了。エリア全域の情報取得済み。敵火力の確認完了。準備は整っています、是正者(コレクター)殿」


ジャンは沈黙のまま、回転する南太平洋のマップを見つめる。

その指先が静かに上がり──一つ目の赤いマーカーを指した。


戦術卓が即座に反応し、該当地形の起伏が鮮明に浮かび上がる。

ヒートマップとレーダーオーバーレイが重なり、戦場の全容が姿を現した。


モリス中尉がコンソールを叩く。声は簡潔で抑揚もない。


「ターゲット・アルファ。中規模の港湾施設を備えた沿岸の島。中心部は物資デポ、周囲は簡易な防衛構造。西側からの接近を警戒するようにパトロールが配置されている。〈BOX〉2機が12時間交代制で稼働、同時運用はされていません」


コーネリアが腕を組んだまま、小さく息を吐く。


「交代制か。」


サブコンソールを操作していたカリーネが顔を上げる。


「〈BOX〉の識別完了。型式はGD4007プレトリアン・カスタム。コアリションの輸出モデル、両肩にオートキャノン装備。輸送車両の迎撃や近距離防衛に特化してるけど、機体そのものは旧式ね」


モリスが続ける。


「重機体の反応なし。固定砲台の設置も未確認。近隣の民間区域には人口希薄。〈BOX〉の巡回は日の出以降、その区域を避ける傾向あり──おそらく、昼間の行動を地元の雑踏に紛れさせる意図かと」


「村の近くに置いてるのも計算ずくってわけね」ユンが静かに言う。「こっちが綺麗に潰せないのを見越してる」


カリーネが小さく頷く。


「サーマルの反応がほぼ無。地下にヒートシンクを埋めて局所的に冷却循環させてる可能性が高い。反体制拠点で以前にも似た例があった。昼間は完全に沈黙、活動は夜間限定」


「潜る手を心得てるってわけか」コーネリアが首をかしげる。


モリスが再びレポートを読み上げる。


「構内の要員は22名。明確な指揮系統は存在せず、補給ルートも途絶。通信はアナログ予備、ハードライン接続なし」


ジャンは何も言わない。ただ、ゆっくりとマップ上の次のエリアに指を滑らせた。


映像が切り替わり、森林地帯の斜面を越えた先──低い丘に囲まれたコンパクトな施設が表示される。


モリスが地形データをスクロールする。


「ターゲット・ブラボー。アルファから南東へ約19キロ。〈BOX〉2機。型式・装備共にアルファと同一」


彼女が上空写真を示す。ざらついた画像には金属屋根が映っている。


「規模はアルファより小さいが、構造は強化されてる。スチール屋根、即応型搬入ベイ設計。進入経路は尾根に囲まれており、防衛に有利」


「港は?」コーネリアが首を傾ける。


モリスが首を振る。


「地上道路もなし。唯一のインフラは北東にある使い古された発着パッド。サイズ的に回転翼機ヘリ想定。〈BOX〉が空輸兼任してる可能性もあり」


ユンの眉が寄る。


「空中補給か」


「その確率が高いです」モリスが即答する。「短時間の熱源反応を確認済み。夜間に限ってVTOL機が着陸してる形跡あり。ビーコン反応は検出なし。着陸タイミングも不規則──意図的にズラしてる」


ユンがデータログを操作し、スキャンをかける。


「じゃあ、マーレ・ヌビウムからの貨物はここで降ろされてたってことね」


カリーネがサブモニターで別のフィードを呼び出す。


「軽AA(対空)兵装を確認。後方に配置された双砲身のオートキャノン。射角は固定。設置位置は旧民間通信塔と思われます」


一拍置いてから言葉を継ぐ。


「信号の変調が規格外。通常通信のふりして電波ジャックしてるか、アナログ帯域のフェイクかも」


コーネリアがゆっくりと息を吐く。


「やるじゃない……軟着陸ってやつね」


ジャンは依然として無言のまま、プロジェクションを見つめていた。


モリスが締めるように言う。


「現地要員13名。周辺民間人なし。〈BOX〉は外周の警戒のみ。掩体や退避壕も見当たらず。設計思想としては、短期滞在・即時退去向け」


ユンが冷静に締めくくる。


「前線向けのストックポイント。必要最低限の足跡。すぐ逃げる前提の拠点ね」


ジャンの手がわずかに動く。マップが再び切り替わり、西側の島域へとシフトする。


表示されたのは、濃密な森林に覆われた孤島。その不規則な海岸線は漂う霧に包まれていた。地形スキャンが脈打つように動き、輪郭が鮮明に浮かび上がる。


モリスの声が落ち着いた調子で響く。


「ターゲット・チャーリー。ブラボーから約三十三キロ、島嶼連鎖の最西端です。〈BOX〉五機を確認。うち四機は〈バスティオン級〉、そのうち三機は火砲支援型。残る一機は対空改修機──後部にキャノン、センサーマスト増設仕様です」


彼女がコンソールを操作すると、半透明の砲撃範囲アークが画面上に広がり、アルファおよびブラボーの位置と交差する。


「両拠点への間接射撃が可能。警戒態勢に入れば、最大射程で九十秒以内に着弾。弾頭は高威力、弾道制御は自動化。〈バスティオン〉は固定砲台とはいえ、即応速度は侮れません」


表示が拡大され、衛星画像が映し出される。樹木ネットが整備棟や仕分けベイ、複数のユニット倉庫を覆い隠していた。


「カモフラージュされた中央ノード。島嶼全体の指揮・供給中枢です。ここから物資が各所へ分配されています。周辺には〈BOX〉十四機──陸戦型と防衛型が駐機中。パトロールは確認されず、森林地帯に動きなし」


ユンが眉をひそめる。「火力を隠してる。電力を節約してるか、こっちの反応を誘ってるのか」


コーネリアが腕を組む。「ここまでHLVの管轄内だと、さすがに誰かがマークしててもおかしくないわね」


ヴェレナは静かに、そして的確に応じた。「仮にそうでも、記録からは私が消しておきます」


カリーネが前のめりになる。「モバイルBOXステーション内に一機、微弱反応あり。電力循環は不規則、外部移動なし。構造は装甲コンテナ型のモジュール。外装は高密度、複合装甲かセンサーメッシュ埋設。スキャン通らず。形式未確定」


コーネリアがモニターへ歩み寄り、目を細める。「試作機か、壊れた機体を最後に動かす気かもね」


モリスが続ける。「人員は五十二名。全員タグ済み。指揮系統あり──兵站、火器管制、戦術指導部。民間人は確認されず」


ジャンの指が再び動く。


マップがさらに移動し、五キロ超の不規則な環礁を表示する。二つのマーカーが点滅する──デルタとエコー、それぞれ東西に位置する。


モリスが冷静に報告する。


「ターゲット・デルタおよびエコー。同一島内、両者の間は約五キロ。民間人口は低め──漁村と小規模農地が散在。遮蔽構造は軽度、統合カバーなし」


画面がデルタにズームイン。メッシュオーバーレイと地形補正が剥がれ、各ノードが鮮明に浮かぶ。


「ターゲット・デルタ。〈BOX〉三機、いずれも〈ヘスティア型〉。全機にECMドーム装備。ヴァンガード標準機体だが、シリアルなし、マーキングなし。視覚情報と電波タグを抑制──現地哨戒隊に偽装してます」


彼女がノードを指差す。


「構造はC2拠点。複数のアップリンク塔、ドローン中継、ハードライン電源網。信号通信は活発──クロスバンド、軍用暗号バーストあり」


カリーネが身を乗り出す。「ECMと偽装タグ──味方の簡易スキャンならすり抜ける。でも、本調査には耐えられない」


コーネリアが鼻で笑う。「うちのネットには通用しないわ。すぐバレる」


ユンが頷く。「ここが指揮中枢ね」


ジャンは無言のまま、表示を見続けている。


モリスが途切れず続ける。


「構造は強化済み。軍標準の防衛設計。人員は七十二名──通信、ドローン管制、技術支援、内勤警備班を含む」


表示が切り替わり、北東のVTOL着陸パッドが映る。表面は焼け焦げ、明らかに使用済み。


「パッドは強化構造。固定翼の痕跡なし。短距離VTOL専用──デルタからのデータ転送や、チャーリーとの機密輸送と見られます」


コーネリアが腕を組む。


「速攻・即撤収か。迎撃は難しい」


マップがさらに西側へとスライドし、環礁の背を越えて、岩場の多い沿岸地帯が表示される。


映像が安定する。


モリスが報告を再開する。


「ターゲット・エコー。島の反対側に位置。施設規模はデルタより小さく、〈BOX〉2機を確認。うち1機は停止中。もう1機はモバイルBOXステーション内でドック状態──大型の陸上運搬車に搭載され、即時展開が可能な設計です」


カリーネが前のめりになる。


「モバイルBOXステーションの冷却系が稼働中。アイドル状態ではない。電力スパイクが90秒ごとに発生してる。保守運転じゃない──内部で何か動いてる」


コーネリアが目を細める。


「チャーリーのと似てる?」


カリーネが頷く。


「基本構造は同一。でも、こっちの方が“熱い”」


ジャンが微かに頷く。


モリスが別のオーバーレイを表示する。赤外線スキャンと地形解析が、細い入り江周辺に集中している。


「エコーは密港も兼ねている。登録なし、商業信号もなし。ドックは自然の岩場に組み込まれ、カモフラージュ済み。物資の秘匿搬入に使われてる形跡あり」


彼女は一拍置いて、マップ上にルートをハイライトした。


「ここが物資輸送網の最終ノード。チャーリーからデルタを経由して、密かにこの港へ流れてくる。そしてエコーで積み替えられ、未登録の船舶で運ばれる。恐らくブラックルート──非正規流通網に流れていく」


その声がわずかに硬くなる。


「……ただ、不可解な点がある。この重要度で〈BOX〉2機は手薄すぎる。隠蔽性に自信があるのか、それとも──」


モリスの視線が、ジャンへと向けられる。


次いで、他の面々も次々と彼を見る。


沈黙を貫いていたヴェレナでさえ、タブレットから顔を上げた。


ジャンはまだ投影画面を見つめていたが、室内が静まり返ったことに気づくと──


ゆっくりと顔を上げる。無表情のまま、ただ一言。


「……何だ」


その無機質な返答に、コーネリアが慎重な声で言う。


「ボス……まさかとは思うけど」


カリーネが眉をひそめ、頭を掻きながらぼそりと呟く。


「……あー、やっと分かった。なんでエンバーが、あんなにマーレ・ヌビウムの報告に食らいついてたのかって……」


彼女の声が少しだけ沈む。


「……旦那のことだったのね」


ユンがゆっくりと息を吐き、腕を組み直す。その表情に、微かな笑みのようなものが浮かんでいた。


「まあ、ダーリンのことだし。どうせ全部分かってて動いてるわよ。」


彼女はコーネリアに視線を向け、場を引き締めた。


「作戦を立てる。コーネリア、指揮を頼む」


コーネリアが背筋を伸ばし、手元のタブレットに新たなオペレーション画面を呼び出すと、静かにジャンへ向き直った。


「作戦案、提案します」


ジャンは無言で頷き、続けるよう促す。


コーネリアはすぐにモリスに視線を向け、冷静かつ明瞭な口調で命じた。


「モリス。全ターゲットに短距離ECM網を展開して。ドローンを使って死角を潰す──樹冠、尾根、地中通信ライン。あっちが“聞こえない”と気づく前に、音を消しなさい」


「了解」

モリスは即座に頷くと、手元のパネルに指を滑らせる。数秒の沈黙の後、微かに眉を動かしながら言った。

「ECMドローンの散布パターン、計算完了。展開準備、整いました」


次にコーネリアはユン司令へ向き直る。ただし、その声はしっかりとジャンにも届くように。


「ユン司令。〈メイン・ド・フェール〉を中継に使って、二層構成の迎撃リレーを張ります。上層帯域はチョーク、下層は遅延フィードバック。まずは受動的捕捉、次にアクティブなゴースト追跡。地球軌道に信号が届く前に潰して」


「了解」

ユンは素早く端末に入力しながら頷く。数秒の計算の後、確認するようにディスプレイを一瞥し、言葉を継いだ。

「迎撃リレー、プロトコル準備完了。実行待機中」


続いてコーネリアはカリーネに視線を向ける。


「カリーネ。〈BOX〉のロードアウト、各ターゲットに完全一致させて。アルファにはヘスティア突撃型。ブラボーはスナイパー仕様。チャーリーは重突撃構成。デルタはECMサポート型、エコーは近接戦仕様のフレンジー構成。」


カリーネは即座に画面へ目を走らせ、冷静に答える。


「ディバイサルプレートの展開は進行中。全ユニット、指定の地上戦構成に移行中です。弾薬と補助装備は私が直接確認します」


最後に、コーネリアはヴェレナへと目を向けた。その声はわずかに低くなるが、揺るがない。


「ヴェレナ。作戦後の処理を頼む。この攻撃は派手になる。爆音、火災、民間からの通報もあるはず。即時対応できるよう、隠蔽プロトコルを準備して」


ヴェレナはタブレットから顔を上げ、静かな口調で答える。


「標準の事故対応シナリオを展開予定。軍事演習、航法ミス、技術不具合。民間報告は埋もれさせます」


そして、コーネリアはジャンへと向き直り、明確に言い切った。


「五地点、同時強襲でいきます。誤差ゼロ。どこか一箇所でも通報が通れば、チャーリーからの砲撃でアルファとブラボーは即座に更地になります」


ジャンは何も言わず、ただその的確な指揮を静かに受け入れるように見つめていた。


コーネリアは最後に一拍置き、言葉に鋭さを込める。


「ボス。今回は“綺麗事”では済みません。手術的であるべきですが、静かにはできない。初撃後に残ったものは……すべて排除対象です」


ジャンがごく僅かに頷く──が、コーネリアの視線は、彼の注意がわずかに別の方向へ逸れていることに気づく。


ジャンは制服のポケットを探るような動きをしている。何かを忘れていたらしい。


その様子を察知したヴェレナが素早く反応する。迷いなくポケットから板チョコを取り出し、それをユンへ手渡す。


ユンは急いでジャンの隣に歩み寄り、急に柔らかい声を出す。


「ダーリン、これ。忘れてたでしょ?」


素早く包装を剥き、そっと差し出す。


ジャンは言葉もなくチョコを受け取り、そのままひとかじり。咀嚼しながら、遠くを見るような目をして──

この部屋の喧騒とはまったく別の場所を見つめていた。


コーネリアは一息に説明を続けた。指示を出す声はぶれず明快で、要点を押さえつつ、時おり視線だけはジャンの様子を確認するようにそっと向けていた。


ターゲット・アルファ:


「補給デポはエイプリルが担当。〈ヘスティア突撃型〉に〈グラウンドストライク・アサルトライフル〉、〈サーモバリック・ランサー〉。近くに村があるから、射線管理は徹底させる」


ターゲット・ブラボー:


「囲まれた倉庫地帯にはジューン。〈スナイパー仕様BOX〉で、炸薬サボット弾を使用。精密かつ外科的な一撃限定で」


ターゲット・チャーリー:


「私が出る。重突撃装備、炸薬と〈コンカッション・ブレード〉を併用。砲台とBOX格納架を最優先で潰す」


ターゲット・デルタ:


「カサマツが指揮中枢を担当。ECM防衛と地下構造あり。硬化区画にはサーモバリック・グレネード使用。全域にドローン監視網を展開」


ターゲット・エコー:


「エコーはメイ。近接特化の〈フレンジー仕様〉、港湾部に〈オクタナイトロキュベイン〉炸薬を仕掛けさせる。民間航路への影響は厳禁」


全指示を滑らかに終えたコーネリアは、はっきりとジャンの方へ向き直り、公式に確認を求めた。


「ボス、最終承認をお願いします」


ジャンはすぐには答えなかった。


チョコレートを噛みながら、虚空を見つめたままの視線はぼんやりと遠く、彼の思考がまだ別の場所にあることを示していた。室内には奇妙な静寂が広がった。


コーネリア、ユン、モリス、カリーネ──さらには下層デッキのオペレーターたちまでもが、無意識に耳を傾け、ジャンの口から漏れる言葉を待った。


そしてようやく、ジャンはゆっくりと口を開いた。低く、しかし明瞭な声だった。


「……カリーネ。メイの〈BOX〉、高熱・粒子エネルギー対応のディバイサルプレートに差し替えて。熱レーザーも想定して。あと――厚くしとけ。いや、本気で“分厚く”な。内部プレートは運動・爆発対応型に戻していいけど……頼むから動きがカタツムリにならない程度にな」


カリーネはすぐさまタブレットに操作を入れた。


「了解。外装のオーバーホールと拡張プレート構成、指示通り進めます」


ジャンの言葉は続く。まだ思考の底からゆっくりと引き上げるように。


「ヒートシンクも見直して。閾値、少し下げろ」


カリーネが少しだけ眉を上げて尋ねた。


「熱刃の方も含めますか?」


「……うん、それもだ」ジャンは小さく頷いた。「自動シャットダウン、十八から二十%くらいのとこで設定しといて」


「了解。……ほかに特別な指示は?」


カリーネが確認しようとしたその時、ジャンが柔らかく言葉をかぶせた。


「──ああ、それと……この設定、メイには伝えるな」


その一言に、作戦室が再び沈黙した。


誰も理由を尋ねなかった。ジャンの指示であれば、それが全てだった。オペレーターたちすらも、わずかに首を傾けて息を潜めていた。


やがて、ジャンはゆっくりと息を吐き、残ったチョコレートを飲み込んだ。


そして、静かに呟く。


「……以上だ。進めてくれ」


場の緊張がすっと解けた。

オペレーターたちは何事もなかったかのようにコンソールへ戻り、任務用語が自然と飛び交いはじめる。


コーネリアが再び姿勢を正し、淡々と声を張る。


「全チーム、直ちに出撃準備を開始せよ。作戦タイマー、今から起動。出撃時刻は12時間後だ。」


部屋の中の人々が一斉に動き出す中、ジャンが不意にヴェレナの方を向いた。

声は静かだが、明確で、完全に「是正者」としての調子に戻っていた。


「ヴェレナ。エイプリルが喜びそうな差し入れや、元気づけられるような贈り物は?」


ヴェレナが答える前に、コーネリアが横から軽く口を挟んだ。


「ボス、あいつ特に好きなスナックはないけど──マティーニ渡せば喜ぶわよ」


ジャンは少しだけ首を傾げ、考え込むように言った。


「そうか。手配して。任務終了後、彼女の私室に直接届けさせろ」


一部のオペレーターが一瞬手を止める。

別の者は、ちらりとジャンの方へ視線を向けた後、すぐに画面に目を戻す。


誰も何も言わないが──

その一瞬の「間」で、察していた。


こういうジャンの“個人的な気遣い”は、滅多にない。

まったく無いわけじゃない。でも、目を引く程度には珍しい。


ヴェレナは即座に頷き、端末を操作し始めた。


「了解。指定時間に届けさせます。……メッセージカードなど、お付けしますか?」


ジャンは軽く首を横に振る。


「いや、不要だ」


その瞬間、ユンがヴェレナに身を寄せ、からかうような目つきで囁いた。


「じゃあ、紙に小さなハートでも描いて添えてあげて〜?」


ヴェレナは眉をひそめ、露骨に戸惑った表情で応じる。


「……司令、それはさすがに……」


「いいからやって」

ユンは小声だが強めに押し切る。


視線で最終確認を求めるようにジャンを見るヴェレナ。

だが、ジャンはただ無関心そうに肩をすくめた。


「……っ」

ヴェレナは軽くため息をつきながらも、渋々入力を終えた。


ジャンの視線は再び宙を漂う。

一瞬だけ──その目に、何か陰を落とす。


誰も読み取れない、しかし確かな「遠い予感」。


マティーニは、ただの気まぐれな差し入れではない。

それは、彼にしか見えていない嵐に備えての、静かな布石だった。

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