05-2.魔石番(2)
「……驚かせたな」
「いえ……でも、あの……はい」
心底驚いた。目覚めてすぐに、獅子のドアップで驚かない者はいないだろう。
「あぁ、これで拭け」
「え?」
「顔。べたべたしないか? ランディが何度も舐めていたからな」
「舐め……っ!」
何やらべとべとすると思っていたが、原因は獅子の唾液だったらしい。エディスは脱力しながらヘインズ子爵からタオルを受け取り、顔をぬぐった。
「……ありがとうございます」
「いや……。で、さっきのお前の質問に答えるとだ」
「はい」
ヘインズ子爵は、嚙み砕くようにゆっくりと説明を始める。
「ここは、魔石番の寮だ。寮と言っても戸建てだな。俺の寮の予備部屋だ。ランディが飛びかかったせいで、お前は圧し潰され、そのまま気を失った。で、俺がここへ運んできた」
「それは……とんだご迷惑を……」
「で、他の新人たちは大パニックになった。いきなり猛獣が現れたんだからな。叫び声にあいつが怯え、お前と引き離そうとしても離れない。ランディも興奮状態になって危険だったから、他の新人たちは速攻で文官棟に帰した」
「そうでしたか」
「で」
ヘインズ子爵は器用にも片側だけ口角を上げ、エディスにこう問うてきた。
「覚悟はあるか?」
「覚悟、ですか?」
(何の?)
エディスが首を傾げると、ヘインズ子爵はポケットから封書を取り出し、中の用紙を広げて見せてきた。
そこに書かれていたのは、
<エディス=クルーズを魔石番に任命する>
という内容である。
「ええええええっ!?」
「ランディは魔石獣だ。お前はランディ……魔石獣に気に入られた。よって、お前の働く部署は強制的に決まった」
「それが……魔石番、ですか」
「そのとおり」
ヘインズ子爵がニッと意地悪く笑う。そんな笑みも様になるのだから、美形は得だ。いらつくどころか、降参状態である。
エディスのどこが気に入られたのかわからないが、滅多に人に懐かないと言われる魔石獣に気に入られたのだから、ある意味光栄なことだ。
(それに、私は他の皆みたいに、嫌ってわけでもないし)
同僚たちは、魔石番は地位は高いがハズレ職のように言っていた。ハズレだから、地位と賃金を高くしないとなり手がない、とも。
魔石番になるには、魔石獣に側にいることを許されなければならない。選ぶのは人間ではなく、魔石獣の方だ。だから、彼らの言は本当は正しくない。
(選ばれし者の職場だから、高い地位も給金も当然のこと。それでも、帝都からかなり離れた森で暮らすなんて、都会育ちの貴族たちには耐えられないことよね。お金に困ってなきゃ、ハズレかもしれないわ)
「で、どうだ?」
再度、ヘインズ子爵に尋ねられる。
エディスは彼を見上げ、しっかりとした口調で答えた。
「謹んで拝受いたします」
「知っているとは思うが、住まいは帝都から遠いここだ」
「はい」
「帝都に住む奴らのように、休みには買い物や観劇、食事に出かけるなんてこともほぼできない」
「はい」
「休みはあるが、魔石獣たちに何かあれば潰れることもある。代休を与えるが、難しいこともある。文官のように規則正しい休みはないと思ってほしい。……それでも構わないか?」
生き物の世話をするのだから、それも致し方ないだろう。それに、規則正しい休みがあったからとて、普通の娘のように過ごすことはおそらくない。
(これまでだって似たようなものだったわ。掃除に洗濯、食事の用意、隙間時間に猛勉強、お兄様からの剣と武術の指南、夜には冒険者活動……それに比べたら、休みがあるだけ天国よね)
都会を離れ、田舎でのんびりスローライフもいいかもしれない。
それに、ランディは可愛かった。魔石獣が彼だけなのかはわからないが、他にもいるなら会いたい。
エディスは、改めてヘインズ子爵に向き直り、一礼した。
「大丈夫です! 魔石番として頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします!」
その言葉に、ヘインズ子爵が破顔する。
(うわ! こんな顔するんだ!)
屈託のないその笑顔に、エディスの心臓がドクンと音を立てる。
ヘインズ子爵は腕を伸ばし、エディスの手を取った。
「こちらこそよろしく頼む。あぁ、俺のことはヒューでいい」
「わかりました、ヒュー様。私のこともエディスと。クルーズの名は、帝国の戸籍を得た際に捨てました」
「……わかった。あと、様はいらない」
「でも……」
「いらない」
「……わかりました」
ヒューはまだ若いながらもすでに子爵であり、敬称なしで呼ぶなどおこがましいと思えど、本人がいいと言っているのだから、それに従うのが筋だろう。
エディスはヒューの手を握り返し、笑みを向けた。
「ヒューの部下として役に立てるよう、精進いたします」
「期待している」
こうして、エディスは魔石番としての日々をスタートさせたのだった。