番外編:ロランド王国の魔石番(4)
(やっぱり好きだなぁ、カーラさん。カーラさんみたいな人が、お兄様の婚約者になってくれたらいいのに)
そう思い、ハッとする。
「そうか。これからは、ずっと一緒よね……」
「エディス?」
エディスの独り言に、ヒューが反応する。
エディスはそれを笑顔で躱し、カーラに言った。
「お相手は、カーラさんの魅力がわからないしょうもない男だったんですね。でも大丈夫! カーラさんの素敵なところをわかってくれる人は、必ず現れますから!」
すると、カーラは頬を染めてはにかむ。
「ありがとうございます、エディスさん。でも領地にいると、なかなか出会いがないんですよね……」
「あら、そんなことないですよ?」
エディスは思わせぶりにエリオットに向かって微笑んだ。それに対し、エリオットがエディスを軽く睨む。
どうやら、エディスの気持ちは正確に伝わったらしい。
(ふふ。お兄様もまんざらじゃないみたい)
これから、魔石番として楽しくも大変な日々が待っている。側で支えてくれる人は必要だ。
「邸からここまで、通うには少し遠い。やはり、森の中で暮らすことになるだろう。エリオット殿、問題はないか?」
ヒューに尋ねられたエリオットは、力強く首肯する。すると、カーラもそれに同意してきた。
「はい! 私も問題ありません!」
「え……」
「自分のことは自分でできますし、自炊もできます!」
「そ、それは素晴らしいな……」
ヒューが呆気に取られている。
「あの、いいんでしょうか?」
こそっとサミュエルに聞いてみると、彼は諦めたように肩を竦めた。
「言い出すと聞かないんですよ。それに……妹がここで生きがいを見つけたなら、それが一番です。きっと、両親もそう言うでしょう」
「そうですか」
やはり、ベイカー家は素敵な家族だ。
「それに……」
「それに?」
サミュエルは、ニッと悪戯っぽく笑った。
「いざとなったら、エリオットにもらってもらいます」
「……ぷっ」
彼もエディスと同じことを考えていたらしい。
お互い顔を見合わせ、声をあげて笑う。
「エディス」
「はいっ」
若干不機嫌な声に、エディスが飛び上がる。
ヒューを見上げると、平然とした中にも拗ねた様子が窺えた。そんな彼の表情に、温かいものが込み上げる。
「お兄様にも、素敵な彼女ができそうって話です」
背伸びをしてそう耳打ちすると、ヒューは一瞬目を見開き、フッと微笑む。
何の話をしていたのか、これでわかっただろう。
「それはよかった」
「はい」
「さて……彼らも大変だが、俺たちも大変だ。とりあえずは、明日から魔石番探しだな」
「……はい」
魔石番を希望する者たちに、魔石獣を引き合わせるのだ。
エリオットに任せてもいいのだが、なりたての彼にはまだ判断が難しい部分もあるだろう。だから、ヒューが判断を下す。エディスはその補佐だ。
それに、事務所を作ったり、エリオットとカーラの住む家も建てなくてはならない。獣舎も必要だ。その辺りはベイカー伯爵夫妻の差配に任せるが、どんな建物にすべきかはレクチャーする必要がある。
また、魔石の収集や管理、運用なども教えていかねばならない。それを、たったひと月でこなせというのだから、エセルバートはなかなかの鬼である。
(とにかく頑張らなきゃ! 早く帰って皆に会いたいしね)
ランディ、ウォルフ、ドロシー、ラータ、イライジャ、そしてメイ一家。皆、エディスとヒューの帰りを首を長くして待っていることだろう。
「頑張りましょう、ヒュー!」
「ああ」
皆の視線が別方向に向いている隙に、ヒューはエディスの眦に口づける。
『きゃあ! あなたたち、ツガイなのね! 素敵! らぶらぶねぇ~!』
人は見ていなかったが、魔石獣が見ていた。
きゃあきゃあとターニャが騒いでいる。言葉がわからないベイカー兄妹はきょとんとしているが、通じているエリオットは苦笑いだ。
「えっと、あの、そのっ!」
あわあわするエディス。
「そうなんだ。だから、見てもそっとしておいてくれ」
『わかったわ! うふふふふ、らぶらぶ~~~っ』
平然としているヒュー。
──対照的である。
「私も言葉がわかればいいのに……」
「俺も……。エリオット、教えてくれ!」
「……複雑だから勘弁してほしい」
三人の会話を聞いて、エディスの頬は真っ赤に染まる。
「あの! そろそろ戻って今後のスケジュールを確認しましょう! さぁ、行きますよ!」
なので、それを誤魔化すためにそそくさと邸に向かって歩き出した。
すると、大慌てでレーヴが追いかけてくる。
『エディスー! オレッチをおいていかないでッス!』
『また来てねーーー!』
振り返ると、ターニャが尻尾を振って見送っている。リックの尻尾も揺れていた。──可愛い。
エリオットは微笑みながら彼らに手を振り、ベイカー兄妹を促している。ヒューはすぐにエディスに追いつき、さりげなく彼女の手を取った。
「ヒュー!」
「俺たちは婚約者同士なんだから、これくらいは普通だろう?」
そう言って、指を絡ませてくる。
エディスの頬は更に熱を増し、今にも火を噴きそうだ。
『……ヒューって、何気に独占欲が強いんスね』
「レーヴ、お前よくわかってるな」
『エディスとサミュが、ちょっと笑いあってたからって……』
サミュエルは、サミュで定着してしまったらしい。
そして、やはりあの時、ヒューは妬いたのだろう。それが少し照れくさくて、嬉しい。
エディスもそっと指を絡め、ヒューを見上げた。
「独占欲なんて、私にだってありますからね」
そう言うと、ヒューはこれ以上なく幸せそうに破顔した。
明日から多忙な日々となるだろう。だが、二人でいれば大丈夫。
それはきっと、これからも──マドック帝国に戻ってからも、ずっと続いていくはずだ。
了
こちらで、番外編完結です!
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